幼少期から、母の実家が仙台市にあった関係で、
仙台ー東京を列車で行き来した機会が多かった。
しかしながら、何故か、食堂車を家族で利用した記憶は無い。
車内放送で、「食堂車は*号車です」
「こちら、日本食堂です、皆様のご利用をお待ちしております」
なんて聞かされると、興味津々だったが・・・。
高校生だった頃、一人で利用したかな?
どんな物を頂いたか?記憶に無い。
その後、大学時代には、食堂車が漸減して行ったのでした。
手元に、1971年 10月号の時刻表が残っている。
叔母様の結婚式で、仙台に行った際に購入したモノだ。
改めて捲って観ると、目に付いた、現在との違いは、
急行列車が多数、設定されていた」コト、
特急列車の殆どに「食堂車」が連結、営業していたコト!
結局、記憶に残る、食堂車の本格的利用は、1990 初渡米の時でした。
「アメリカで、こんな美味いモノ食べられるなんて!?
誰だ、味覚の砂漠とか言った輩は!」
後で知ったが、旧サンタフェ鉄道の良き伝統が遺されているからだろう。
http://www.trainweb.org/usarail/usarail/southwestchief_jp.htm
JR化後の「北斗星」『カシオペア」の食堂車も利用し、なかなか良かったのに、北海道新幹線開業で廃止とは残念です。
韓国の「セマウル」の食堂車も、メニューは少なかったが、なかなかよかった。
廃止されて、軽食・ドリンクだけの提供になってしまったのは残念。
結局、最後に食堂車を利用したのは 2007年 5月になってしまいました。
AMTRAK, SOUTHWEST CHIEF
でした。
繰り返しになるが、
「アメリカで、あんな美味いステーキが食べられるなんて!!」
しかしながら、一人旅は気楽で良いが、何となく寂しい。
次回、機会があれば、家族全員で!と行きたいモノですね。
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国鉄時代の食堂車「サシ581」をお披露目 クラウドファンディングで資金募り保存が決定 千葉県いすみ市
(TBS NEWS DIG - 03月31日 19:01)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=7808457
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