令和4(2022)年10月23日午前2時頃
我々の古民家の北隣の
二若久栄さん(昭和7=1932年生まれ。90歳)が
亡くなられた。
八束村元村長の二若弘さんの娘(長女?)さんだ。
これで
今年(令和4(2022)年)の5月(9日早朝)に亡くなられた
二若 好(このむ)さんに続いて
また二若家の一族が亡くなった。
今年2人
二若家親族が減った。
二若家は
戦国時代の
尼子氏もしくは南條氏一族の
末裔だ。
毛利氏に追討されないために
名前を隠して(変えて)
生活していたために
尼子または南條ではなく
「二若」と名乗っているだけで
武家一族だ。
我々が住む古民家は
その二若家の「本家(ほんや)」で
八束村の上井川に最初に建った家だそうだ。
最初は
「師範」であった
二若を名乗り始めた
最初の祖先が
武道や書道や謡道を
教えていたようだが
その後
庄屋(名主)となって
農家から年貢を集めて
上納していたようだ。
しばらくして
雷によって
茅葺の家が全焼して
その後
7代ほど
津山で庄屋を営んでいたらしいが
また
美作国(みまさかのくに)大庭郡(おおにわぐん)県村(あがたむら)
大字(おおあざ)上福田(しもふくだ)字(あざ)上井川(かみいがわ)
へ戻ってきて
それからはずっと
岡山県(おかやまけん)真庭郡(まにわぐん)八束村(やつかそん)
大字(おおあざ)下福田(しもふくだ)字(あざ)上井川(かみいがわ)
175番地
に
茅葺きの家を構えて
住んでおり
現在の住所で
岡山県(おかやまけん)真庭市(まにわし)
蒜山(ひるぜん)下福田(しもふくだ)
175番地 1
の
古民家は
100年どころか
150年前頃から
ずっと建っている
くらいに
歴史のある家
らしい。
この詳細を知ることができる
唯一の資料である
二若家に残る巻物
(何種類かあるらしい。
全部漢文または古文で書かれてある。)
を読み解いて
二若家の歴史の詳細を
二若家の本家に来た者の
「勤め」として
解明しておきたい。
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