もう一つ日記枠確保。
現在時刻は
18時23分。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
妻が
「哲学と言わずに
さとぼんの失敗の話が
さとぼんの生き方そのものが
さとぼんの哲学があるからこそ
不可能と思われたことが
実現してきたのだから
そういう話で
哲学の意義を伝えたらどう?」
と提案してくれた。
私の生き方は
私が哲学を学んだから
ではなく
私に生来の気質が為せる業(わざ)であり
哲学もまた
学んだから出来ているのではなく
(勿論、学ばなければ今の水準には到達していないのだが)
学ぶ前の素質の時点で
すでに哲人であったわけで
その意味で
サイコパスとは別の意味で
フィロソパス
(Philosopath:「哲人症」。これは私が命名した Philosopath の訳語。
そもそもドイツ語にも英語にもフランス語にもラテン語にもギリシア語にも
サンスクリットにも philosopath という単語は無い。無いけれども
ネットでは既に使われ始めている。意味はいろいろだけれども
私は「哲学を産むために生まれてきた人」という積極的な意味と
「状況に関わらず哲学を生み出すこと以外のことができない人」とういう
病的な意味を併せ持つ単語として捉えている。
天才と狂気は紙一重という表現があるが、そういう意味でも捉えている。
天才は同時に狂人でもある。
狂人でない人は天才ではない。
天才でありながら狂人ではない人は居ない。
勿論、狂人のほとんどが天才ではない。
しかし天才は、もれなく狂人(あるいは少なくとも変人)である。
その意味では Philosopath は
哲学の天才をも意味すると同時に
哲学しか出来ない無能の人をも意味している。
哲学しか出来ない人でなければ哲学の天才ではない、とも言える。
哲学以外のことも出来るのに哲学の天才である人はおそらく居ない。)
なのだと
私は私のことを思う。
で
私が Philosopath として生きてきた中で
フィロソパスだからこそ
そうなったのではないかと思われる
私の失敗を
書く。
その発想は
ホリエモンがゲストとして呼ばれた
第1回「#賛否両論(ヒカル・青汁王子・与沢翼のコラボ新番組)」
で
青汁王子が
「与沢さんの時もそうだったけど
金持ちが転落することをストーリーにしていけば
みんなが喜ぶことに気づいた」
と言っていたことを
ヒントにもしている。
私の日記が
あまり読まれないのは
哲学の話が難しいから
だけではなく
私が自慢する癖があって
何でも話を自慢話として
書いてしまうことにも
起因しているだろう。
自慢癖は
mixi が日記形式で
私は生来のポジティブ気質で
自分自身を鼓舞する目的で
自分の生活を
「うまくいっている人生」として
書きたいからなのだが
読む人の側から見れば
私自身の話ばかりで
面白くないのだと思う。
なので
失敗してる人生を
ストーリーにしてみると
どうなるか
実験的にやってみる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
さとぼんの失敗
その1。
人生で
最初の失敗は
神崎川に落ちて
溺れ死にかけたこと。
7歳の時。
こんな話
面白いかなぁ。
自分は全然
面白くないぞ。
小学2年生の時。
友達と一緒に
おたまじゃくしを
釣ろうと
(釣るというよりも
網で掬(すく)おうとしていた)
神崎川の
船着場に行ったら
おたまじゃくしを入れる
ポリバケツを
川に落としてしまい
船着場の梯子(はしご)を降りて
船からバケツを拾って
また
木の梯子(はしご)を登って
岸壁に上がろうとした時に
先に上がっていた友達が
足を滑(すべ)らせて
僕の頭の上に落ちてきた。
その子は太っていたので
僕は梯子を掴んでいた手が離れて
足のつかない深さの
汚くてゴミがいっぱい浮いている
神崎川へ落ちてしまった。
(7歳の頃、落ちた神崎川の船着場(船泊)付近。
はまった正確な場所は写真では見切れているが、もっと手前。
勿論、その頃は阪神高速道路などは出来ていなかった。
出典:
https://hime8kin.net/2018sankokiroku/0202tukuda.html
上記の出典では「船留まり」と表現されている。正しくは「船泊」または「船泊り」
あるいは「船泊まり」など。
上記のサイトよりも
こちらのサイトの写真の方が、
僕が実際に落ちた場所に近い場所の写真を見ることができる。
上記のサイトでは「大和田漁港」と呼ばれる場所であることを情報提供している。
この写真の一番奥を見れば判(わか)るように
いっぱいゴミが浮いていて汚いことこの上ない。
僕が小学2年生当時、7歳だった1965年頃も汚かった。
今だに汚いのか。)
川の面よりも
1mくらい深いところまで
一気に沈んで
そこから
川の面に
いっぱい浮いているのを
汚い川の水の中で
(その頃は大阪市西淀川区は
公害で川はヘドロだらけで
すごく汚かった)
思いっきり目を開けて
(だって死ぬと思ったから
文字通り「必死」だった)
見た事を
今でも
その光景を
はっきりと覚えている。
そのあと
どのようにして
コンクリートの岸まで上がったかは
夢中だったので
覚えていないのだが
その頃はまだ泳げないので
どうして溺れなかったのか
全くわからないのだけれども
とにかく死ななかった。
そのあと
その子の家まで
神崎川から歩いて行ったけど
ずぶ濡れになった僕の足跡は
その子の家まで
ずっと付いていたくらいに濡れていた。
その話は
両親には言えず
やっと話したのは
10歳(小学4年生)になってからだった。
何でも言ってしまう僕が
3年間も言わずに黙っていたのは
その時が最初で最後だった。
こんな話
面白いかねぇ。
全然面白くないけど。
まあええか(まあいいや)。
こういう失敗を
いくつか今後も書いてみる。
この話が
哲学に結びつくのか?
生き方が
そのまま哲学なのは
どんな時も諦めずに
可能性を探るという気質から
来ているのだけど
この時は
諦めないもなにも
無我夢中で
偶然助かっただけのこと。
死なない様に
神様が助けてくれたのか
先祖が助けてくれたのかも。
しかし
そんな話は
自慢話の系列だから
言わなくてもいいことだ。
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最終更新
令和4(2022)年3月30日 23時51分
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