今日は
久しぶりに
塩釜の冷泉に
水を汲みに行ってきた
(仮に設置してもっらっている給湯器の水質が疑問のため)
けど
「京大への道」ノートの
タイトルおよび筆名の調査が
途中なので
その続きを書きます。
タイトルの変遷に限って纏(まと)めると
「学習ノート」(1〜35冊目:1979年4月1日〜1981年3月4日)
「自由ノート」(36〜229冊目:1981年3月31日〜1984年6月2日)
「Free Note」(230〜260冊目:1984年6月3日〜1986年1月12日)
non title(無題)期間(261〜284冊目:1986年2月5日〜1989年4月25日)
(例外は 268冊目。タイトルの英語表記として
「A REALISTIC NOTE FOR LIFE」
日本語表記として
「為生活現実的帳面」。
このノートが2冊あり、もう一つの 268 冊目ノートの方が新しい
ということは
このノートは
これまでの自由ノートとは別に
生活の現実面の為に特化したノートを作ろうとしたが
続かなかったということを示しているのではないか。)
今日は
285冊目以降を扱う。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
285冊目(1989年4月25日頃〜1989年4月26日頃)から
「思考之記録」
をタイトルとしている。
名前は「Satoru・Hamada(ローマ字体)」表記。
ペンネーム表記無し。
このタイトル表記は
287冊目(1989年4月27日以降〜1989年5月16日以前)のみ
「思考の記録」と表記。
名前も「Satolu - Hamada」と表記。
288冊目(1989年5月17日以降〜1989年7月8日以降)では
再びタイトル表記を
「思考之記録」に戻し
名前表記を日本語簡易表記
「浜田 覚」
としている。
289冊目(1989年6月9日〜1989年10月6日)では
261〜284冊目期間(1986年2月5日〜1989年4月25日)に続いて
2回目の non title となるが
(そして289冊目には名前表記も無い。
けれども筆跡は確かに私のものだ。)
括弧の中に
「高校 物理 問題の次元解析による
最効率解法の研究」
と書いている。
290冊目(1989年7月11日〜1989年7月15日以降)で再び
「思考之記録」をタイトルとし
名前表記にも再び
「Satolu・Hamada」を用いている。
290冊目ではわざわざ
<「ル」は lu であって、Ru ではない。>
と名前に矢印をつけて補注している。
291冊目(1989年8月27日頃〜1989年10月6日頃)では再び
タイトルが無くなり
名前表記も「Satoru=Hamada(ローマ字体)」に戻る。
(このノートに「生熊 中3」とあるので、この時
中学3年生の頃の生熊君を家庭教師していたようだ。)
292冊目(1989年10月7日〜1989年10月15日以降)では
タイトルが
「Thinking Note」
名前表記が
「Satoru Hamada(ローマ字体)」。
293冊目(1989年10月19日以前〜1989年10月20日以降)では
タイトル「Thinking Memory」
名前表記「Satoru = Hamada(ローマ字体)」。
294冊目(1989年10月21日〜1989年10月23日以降)では
タイトル「Image Thinking Note」
名前表記「Satoru = Hamada(ローマ字体)」。
295〜296冊目(1989年10月24日〜1989年11月17日)では
タイトル「Thinking Memory」に戻し
名前表記は「Satoru = Hamada」のまま。
297冊目(1989年11月29日〜1989年12月2日以降)では
タイトル「思考の記録」
名前表記「Satoru = Hamada(ローマ字体)」。
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最終更新
令和4(2022)年2月3日 23時59分
令和4(2022)年2月4日 4時48分
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