きのうは今日の朝まで起きていたが
今日は午後4時半頃まで寝ていた。
で
まだ
大阪市大へ入学して(1979.4.1)から
京大に入学する直前(2002.3.31)までの
ノートを
和室「中の間」の「カルテ棚」左側への
移動が終わっていない。
(現在時刻2022年2月1日19時41分)
移動のついでに
「学習 Note 」として1979年4月1日に始められた
大阪市立大学時代のノートの
表紙名変遷を
記録として残しておこうと思う。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
本名の英語表記「Satoru Hamada(筆記体)」で開始された
1〜35冊目「学習 Note」(1979年4月1日〜1981年3月4日)は
36〜229冊目で「自由ノート」(1981年3月31日〜1984年6月2日)と
改称し(続きは☆マーク以降)
230〜260冊目では「Free Note」(1984年6月3日〜1986年1月12日)
表記を主に使うようになっている。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
70冊目(1982年3月9日から)で
筆名「霞(かすみ)一透(いっとう)」を使い始め
本名の英語表記「Satoru Hamada」と併記している
(71冊目=1982年3月13日まで)。
72冊目(1982年3月13日)からは筆名単独表記で、本名は記していない。
このペンネームは
当時テレビでお昼に再放送されていた
萬屋錦之介版「子連れ狼」の
主役「拝(おがみ)一刀(いっとう)」へのオマージュ。
この筆名は
154冊目(1983年2月12日から)と
155冊目(1983年2月18日まで)では使わずに
本名の日本語簡易表記「浜田 覚」に戻しているが
156冊目(1983年2月19日から)と
157冊目(1983年2月22日まで)では
再び「霞 一透」の単独表記を採用し
158冊目(1983年2月22日から)から
168冊目(1983年3月23日まで)では新しい筆名
「霞(かすみ)舷窓(げんそう)」を使っているが
これも
169冊目(1983年3月23日)からは
本名の日本語簡易表記「浜田 覚」に再び戻している。
「自由ノート」表記は
175冊目(1983年5月9日〜1983年5月22日)のみ
「自由 Note」表記となるが
176冊目(1983年5月22日〜1983年5月24日)から
182冊目(1983年6月17日〜1983年6月24日)までは
「自由ノート」再び表記であったが
183冊目(1983年6月24日〜1983年7月1日)は
「Free Note, yes.」と表記され
184冊目(1983年7月1日〜1983年7月7日)では
「FREE NOTE」で名前表記も、これのみ「Satoru - Hamada」表記。
185冊目(1983年7月7日〜1983年7月13日)では
「FREE Note」と「自由ノート」の併記に名前表記は「浜田 覚」。
186冊目(1983年7月13日〜1983年7月16日)で再び
「自由ノート」に戻り、名前も日本語簡易表記「浜田 覚」へ。
この表記は
『学問大全』(大阪市立大学の卒業論文)の
私家版製本完成(1983.10.6)記念ノートである
195冊目(1983年10月4日〜1983年10月15日)まで続き
196冊目(1983年10月15日〜1983年10月22日)では最初の筆名
「霞 一透」が復活し、
タイトルも「Free Note」と変更されている。
この後ペンネームは
(198冊目で ITTOU=KASUMI 表記に変えられたり
200冊目で「霞 閃輝(センキ)」表記が併記されたりした。
ちなみに「霞 閃輝」は持病の「
閃輝暗点(せんきあんてん)」がこの頃出たせいで
そういう特異体質を持つ自分の筆名として選ぼうとしていたのかもしれない)
続けて使用されるが
表紙のタイトルは
197冊目(1983年10月22日〜1983年10月26日)から
199冊目(1983年11月2日〜1983年11月7日)で「自由 NOTE」
200冊目(1983年11月7日〜1983年11月11日)と
201冊目(1983年11月11日〜1983年11月16日)で「自由 Note」
202冊目(1983年11月16日〜1983年11月22日)以降は
229冊目(1984年5月27日〜1984年5月29日)まで一貫して
「自由ノート」表記。
筆名に関してはしかしその後も揺れ動き
205冊目(1983年12月10日〜1983年12月16日)で
「霞(KASUMI)高志(TAKASHI)」を採用し
207冊目(1983年12月23日〜1983年12月28日)では
「霞 高志 foreve」論し、この筆名を
210冊目(1984年1月18日〜1984年1月28日)まで使っている。
211冊目(1984年1月30日〜1984年2月5日)では
「霞 高志」の左側に小さく「霞 一透」と併記され
この211冊目の最終ページでは
「霞 力綱」「霞 優閑」「霞 優然」「霞 優一」「霞 総一」「霞 優紀」「霞 超然」
などが検討されている。
その結果は
212冊目に反映され
「霞 優紀」が「霞 高志」の左側に小さく併記されている。
213冊目(1984年2月13日〜1984年2月23日)で筆名を突然
「北沢 一覚(イッカク)」に変えている。
このペンネームは212冊目最終頁で検討されていたもの。
北村 透谷が好きなので、北村 透谷へのオマージュか?
214冊目(1984年2月24日〜1984年2月28日)では
「霞 高志」の左側に小さく「霞 一道(イチドウ)」と「北沢 覚」と書いている。
214冊目の最終ページでも筆名をいろいろ検討している。
「霞 一道(イチドウ)」「霞 一覚(イッカク)」
「霞 諒覚」「霞 諒高」「霞 覚道」
「霞 唐欧」「霞 唐高」など。
215冊目(1984年2月29日〜1984年3月5日)では
「霞 高志」のい左に小さく「霞 綺麗(カスミ キレイ)」と書いている。
これは同じ215冊目の最終ページで検討した中でのベスト。
「霞 綺麗(カスミ キレイ)」以外の検討した候補は
「霞 美麗(カスミ ビレイ)」
「霞 秀麗」「霞 麗一」「霞 剛麗」
「霞 水麗」「霞 粋麗」
「霞 優紀」「霞 優一」など。
「霞 優一」と「濱田 覚」を並べて比較している。
そして最終的に「KIREI = KASUMI」の字面も考慮して〈霞 綺麗〉を選んでいる。
216冊目(1984年3月6日〜1984年3月13日)では
「霞 一覚」をメイン・ペンネームとしつつ、その左に丸で囲って
「霞 大然(ダイゼン)」と書いている。
これも216冊目の最終頁で検討した筆名。そこには
「霞 泰然」「上代(ジョウダイ)覚」と並んで
「霞(カスミ)大然(ダイゼン)」が検討されており
丸で囲って「決定!決定!」と書いている。
この「大然(ダイゼン)」という表現には
「大山(ダイセン)」がイメージされているように思える。
(この頃はまだ蒜山高原を知らなかったので、
大山をイメージしていたと判断するには無理があるかもしれない)
217冊目(1984年3月13日〜1984年3月18日)には
メイン筆名「霞 大然」の左に小さく
「霞 大自然(ダイシゼン)」と書いて併記しているが
この「霞 大自然」は気に入ったようで
最初の頁の日付の右側に「I am 霞 大自然」と書いており
ノートの表紙にも裏表紙にも「霞 大自然」と買いている(裏表紙には2箇所)。
この時(24歳と10ヶ月)でも既に大自然が大好きであることが判(わか)る。
「霞(かすみ KASUMI)大自然(だいしぜん DAI SHI ZEN)」という筆名は
227冊目(1984年5月15日〜1984年5月17日)まで続く。
228冊目(1984年5月19日〜1984年5月25日)では筆名を卒業
(と思ったが、このペンネームは少なくとも263冊目まで使われている)して
本名の英語表記「Satoru Hamada」に戻している(「自由ノート」はそのまま)。
229冊目(1984年5月27日〜1984年6月2日)のみ名前表記を
「Who am I, you know?」としている。上にローマ字表記で
「ORE GA DARE DAKA SHITTERU KANE.」
(「俺が誰だか知ってるかね?」)
とあるので
その意味を表す為に上記のローマ字表記を書いたとしたら
(Do you know who I am?」と書くべきではなかっただろうか。
そして「自由ノート」は229冊目で終了し
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
230冊目(1984年6月3日〜1984年6月20日)からは表紙のタイトルは
「Free Note」表記となり、
筆名ではなく本名の英語表記
「Satoru Hamada(筆記体)」を使うように戻った。
しかし
235冊目(1984年10月5日〜1984年10月25日)で突如
「霞 大自然」が復活する。しかも
Satoru Hamada と併記ではなく「霞 大自然」単独表記。
さらに
236冊目(1984年11月1日〜1984年11月17日)と
237冊目(1984年12月21日〜1985年1月5日)では
Free Note 表記も消えて
「霞 大自然」と「Daishizen Kasumi」との併記のみとなる。
238冊目(1985年1月5日〜1985年1月11日)では
Satoru = Hamada 表記のみとなる。
この表記法は
242冊目(1985年6月30日〜1985年7月10日)まで続き
243冊目(1985年7月8日〜1985年7月14日)からは
「霞 大自然」と「Satoru - Hamada」の併記となる。
(244冊目から「Satoru = Hamada」との併記)
そして
245冊目(1985年8月22日〜1985年8月29日)で
「Free Note」表記が復活し
「霞 大自然」と「Satoru = Hamada」との併記に戻る。
248冊目(1985年9月17日〜1985年9月25日)で
筆名は消えて
「Free Note」と「Satoru = Hamada」の併記に
「since 1979.4.1.」のみとなる
(この表記は1冊目から常置。since がドイツ語表記 seit になる時もあるが)。
しかし(この続きは明日の日記へ)
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最終更新
令和4(2022)年2月1日 23時55分
令和4(2022)年2月2日 14時50分
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