シェリングの
『啓示の哲学』第35講、第36講から
読み取ることが出来る内容を
纏めておきたい。
人類が
異教の暗闇的�躙�威のなかで
「意識が従属していた緊張」
(「我々がいかなる経験ももはや持たない実在的な感覚」SW, XIV, 290)
は
「聖霊(heiliger Geist)」をして
人類の意識へ
「神話的�輊従檗廚鳰據覆發燭蕁砲�
媒介物となる。
この
「意識の神話的緊張」
は
旧約聖書において
「〈神の顕現〉(SW, XIV, 291)」
として
神をして
人類の意識に
「神性の現実的現象」(同上)を
(意識にのみ齎されるのだとしたら幻影または幻覚だが、
使徒の表現からは
客観的な実体として神性が現実に現象したとされている)
与え(生じ)せしめる
媒介物たる(媒介物として働く)
〈後に中断し喪失した、意識の状態〉(同上)
と「同一の�蹈櫂謄鵐帖廚任△襦�
けれども
「異教」だけでなく
「キリスト教」もまた
「完全なもの」
即ち
「まったく自由で完全に自覚した人間の認識」
ではなく
「完全なもの(まったく自由で完全に自覚した人間の認識)」
が
到来した時には
「異教の中で人類の意識が従属していた神話的緊張」
が
「やむ(廃(すた)れる)」
だけでなく
「キリスト教的なものが想定した超自然的なもの」
も
「やむ(廃(すた)れる)」
と言う(同上)。
ここで
シェリングが指摘している
「まったく自由で完全に自覚した、人間の認識」(強調は私)
は
使徒パウロが
「霊的授かり物」
について語る場所で暗示している言葉
(『コリントの信徒への手紙1』13章8節以下
「預言は廃(すた)れ、異言はやみ、知識は廃れよう、
私達の知識は一部分、預言も一部分だから。
完全なものが来た時には、
部分的なものは廃れよう。」強調は私)
を承(う)けて
「意識の部分的状態にのみ基く
グノーシス [知識] が
廃(すた)れるであろう時点を告知する」
とシェリングが捉えたことからの
シェリングの(演繹的)推論である。
『啓示の哲学』第36講で
シェリングは
「束の間のもの、
従属的なもの
そしてせいぜい手段
として
承認すべきもの
と、
使徒がはっきりと意見を述べる
ekstatische Zustände(忘我的状態)
は
それ
(束の間のもの、従属的なもの、手段として承認すべきもの=忘我的状態)
自身、
キリスト教原理
に対する
戦いにおいて
宇宙論的�躙�威が惹(ひ)き起す
緊張に
基づいていた。」
(SW, XIV, 295
弘前大学人文学部発行『人文社会論叢(人文科学篇)』第19号、2008年、55頁。
強調はシェリング)
と言っているが
「宇宙論的�躙�威」とは
何を指しているのだろうか。
「異教の暗闇的�躙�威」(SW, XIV, 294)
と
「宇宙論的�躙�威」(SW, XIV, 295)
は
同じものを
指しているのだろうか。
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最終更新
令和3(2021)年11月7日 0時31分
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