iMac Pro 27 inch 初代(2017年12月製造)より。
今日も
本棚への収納を進めた。
今日は
医学関係と
川��幸夫先生関連の
書籍を収納した。
川��幸夫先生は
関西大学大学院の
文学研究科、哲学専攻、倫理学及び宗教学専修の
修士課程で
修士論文の審査をしてくださった時に
エックハルトの
Abgeschiedenheit
という術語を
(通常は「離脱」と訳されるが、
この術語を川崎先生が
私が関大の大学院生であった頃
「どう訳すのが一番良いのだろうか」と
既存の訳のどれにも
(「離在」という訳もあったが、それも動きが出ないので)
気に入ってられなかったので)
私が
「死生(死者として生きる生のあり方)」と訳した箇所に
波線を引いて評価してくださった。
(川崎先生は学位を取得する時に京大に提出された
『エックハルトとゾイゼ — ドイツ神秘主義研究』
というタイトルの1957年から1982年までの
25年間の論文集の中に
「生死の問題とマイスター・エックハルト」
という論題の論文もあり
川崎先生にとって生死の問題は主体的な関心事でもあった。)
川崎先生は
昭和3(1928)年大阪府生まれ
(私の父と同じ年齢)
で
昭和28(1953)年に京都大学文学部哲学科を卒業されて
大阪府立大学講師、奈良女子大学助教授を経て
関西大学教授に成られて
関大を退官(して関西大学名誉教授と成られた)後
私は奇遇にも
相国寺の林光院で
FAS 協会(旧「京都大学 学道 道場」)の
坐禅と久松真一の著作の研究する会
に出席した時に
久松の著作を理解する為に取り組まれていた
『碧巌録』の一節の講義の為に
わざわざ奈良県から来られていた時に
再開した。
川崎先生は
毎週決まった曜日(土曜日だったか)に
相国寺まで来られて
(川崎先生は西谷啓治のお弟子さんのようだ。
著書の監修者が西谷啓治であることが多いし
相国寺は西谷啓治が実地の修行に参禅した
臨済宗相国寺派の総本山だ)
久松真一の著作を読む為に必要な禅書を
解説されていたが
或る時
「創文社との約束
(ドイツ神秘主義叢書第11巻『ジレージウス詩集』の翻訳)
を果たす為に
その作業に専念したいので
今日でお終(しま)いにします」
と突然辞められたが
その後
訃報に接して
川崎先生の自宅に参った時に
川��先生の奥様の許可を得て
川崎先生が残しておられた
アンゲルス・ジレージウスの詩集の翻訳を
処分寸前に救い出して
京都の自宅で保管していたのを
蒜山高原にも大切に持って来ている。
これを私は
川崎先生と共にお仕事をされる事が多かった
上田閑照先生がご存命の時に
京都の西田哲学研究会の休憩時に
川崎先生が亡くなって
ジレージウスの詩集の翻訳(一部)の遺稿を預かっていることを
お伝えすると
「それは非常に残念な事です。
もしも翻訳が出ていれば
彼独特の翻訳が見られたと思われます。」
と仰っておられた。
けれども
関西大学の大学教授達も
京都大学の大学教授達も
誰も
川崎先生の遺稿を
出版しようという動きを始めようとはしなかった。
なのでこれは
預かった私が
私の責任で
世に出して
先生の成果を
皆で学ぶ事が出来る環境を創出しようと思う。
学びとは
強制されて為す事では無く
自らの意志に従って
いかなる制約からも自由に
誰もが享受出来る環境として
存在しているべきことだ。
なので私は
川崎先生が残した
ジレージウスの詩集の訳を
誰もが自由に見る事が出来るような
環境を創出する事に尽力したい。
そうすることはまた
私の学びにも貢献するだろう。
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最終更新
令和3(2021)年9月25日 6時09分
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