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2015年08月02日12:02

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完全分析独ソ戦史 死闘1416日の全貌

を読んだ。2015年6月26日。山崎雅弘著。学研M文庫。キンドル。
 西部戦線が分かった気になったら(笑)、当然東部戦線も知っておかなければ片手落ちというものである(笑)
この本では先の「西部戦線全史」と同じく、時系列に沿って東部戦線の数々の戦いを地図と分かりやすい文章で解説している。
 ドイツとソ連が死力を尽くして戦う東部戦線の始まりは、皮肉なことに独ソ不可侵条約の締結である。
これによってドイツはソ連から攻められる危険を抑え、きがねなくポーランドに侵攻し、第2次世界大戦が勃発したのだ。
どさくさに紛れてソ連の方もちゃっかりポーランドの東半分を占領し、ここまでは独ソの仲はまさに蜜月という感じなのだが、もちろんすぐに破綻する。
どっちも国土拡張政策真っ盛りで隣接しているのだから仲良くする方が無理というものである。
そしてとうとうドイツ軍がソ連に侵攻。
ところで前々から不思議なのだが、不可侵条約ってなんか意味あるのか?
あっちでもこっちでも不可侵条約を無視したという記述は見かけるが、それによってなんらかのペナルティを負ったという話は聞いたことがない。
それとも不可侵条約が無視された結果は片方の国が滅ぶので、文句を言う人がいなくなるだけ(汗)?
 それはさておき、ソ連に侵攻したドイツ軍は怒濤の進撃を見せる。
実は開戦当時の白ロシア方面軍だけでもドイツ軍よりも遙かに兵力は多かったのだが、スターリンの大粛正の結果有能な軍人の数が減っていたのとスターリンの無茶な命令、それに連絡網の未整備などにより、いいようにドイツ軍に蹂躙され、あっと言う間に白ロシアがドイツの手に落ちるのは前に読んだ「ドイツ中央軍集団」でも述べた。
いろいろな要素があるが、連絡網の差は激しく、ソ連軍は一般回線の電話がせいぜいで、しまいには伝令だったのに対し、ドイツ軍の方は各戦車に通信機を装備し、通信機を積みまくった指揮車両まで準備し、空軍との連携も綿密で、まるで第1次世界大戦の部隊と現代の部隊が戦っているような有様で、これでは手も足も出なかったのも無理はない。
 ドイツ軍中央軍集団はミンスクまでを迅速に占領し、更にモスクワへ続く道の中間目的地であるスモレンスクを手中に収める。
北方軍集団はレニングラード(現サンクトペテルブルグ)の手前まで迫っていた。
苦労していた南方軍集団も、中央軍集団からかけつけたグデーリアン率いる第2装甲集団の加勢もあってキエフの包囲殲滅に成功。
結果ソ連軍は白ロシアで28万人、スモレンスク31万人、ロスラウリで5万人、ウマーニで10万人、キエフで66万人、合計140万人もの兵士がドイツ軍の捕虜となる信じがたいほどの敗北を喫し、ドイツのバルバロッサ作戦はおおむね計画通りの大成功となった。
しかし予想外だったのは、それでもソ連が全然応えた様子が無く、あとからあとから部隊が投入され続けていることだった。
ドイツの計画ではこの時点でソ連軍の戦力と呼べるものは消滅しており、あとは降伏を待つだけのはずだったのだ。
そこで仕方なく開始されたのがタイフーン作戦、モスクワ攻略作戦である。
しかしドイツ軍の意志決定の遅れや開戦当時のユーゴスラビアのクーデターなどで、そもそもの開戦が計画よりも遅れていた影響もあり、タイフーン作戦の真っ最中に冬が訪れる。
しかもドイツ軍部隊には補給部隊の準備不足などから、冬季装備が支給されないままだった。
開始当初こそ圧倒的な進撃を見せるドイツ軍だが、零下30度の環境に冬季装備無しでは敵にやられる前にボロボロになっていき、手の指や足の肉を失う者が続出(汗)
結局自滅する形で攻勢をストップせざるをえなくなる。
それを見たソ連軍はとうとう反撃に転ずる。
ボロボロになって退却するドイツ軍だが、まだまだ当時のソ連軍には荷の重い敵であり、この冬季反攻では大きな戦果を挙げることはできなかった。
1942年春にソ連軍の反攻作戦も一段落すると、今度はドイツがコーサカス地方の油田と、交通の要であるスターリングラード(現ヴォルゴグラード)を制圧する「青作戦」を発動。
またソ連軍も更なる反攻作戦を開始したが、ハリコフでの攻防でドイツ軍の巧みな用兵によってたたきのめされて頓挫した。
「青作戦」の方は、スターリングラードのほとんどの部分の制圧には成功したが、コーサカス地方への進撃は、コーサカス山脈という自然の障害のせいもあり、計画通りに進攻するのは不可能になる。
仕方なくスターリングラードの完全占領を目標にしぼるが、泥沼と化した市街戦はいつ果てることもなく続き、更にはソ連軍の包囲の輪が狭まり、逆にスターリングラード内のドイツ軍が孤立し、補給も絶たれ、絶望的な抵抗の末に降伏する結果に終わる。
ドイツ軍26万人が捕虜となったこの戦いは、独ソ戦初のドイツ軍の戦略的大敗北であり、このあとイニシアチブはソ連軍が握り続けることとなる。
その後のハリコフの攻防によるマンシュタインの「後手の一撃」など、ドイツ軍が大きな戦果を挙げることもあったが、ドイツとソ連の国力の差もはっきりと出てきて、その差は開くばかりとなっていく。
翌年にはクルスク大戦車戦とも呼ばれる「ツィタデレ作戦」が発動されるが、これはソ連軍が広大な防御陣地を構築して今か今かと待ちかまえているところに攻め込むという、初期のドイツ軍には考えられないような硬直思考の作戦で、タイガー戦車の活躍などで進みはしたものの、双方に大きな被害を出しただけに終わる。
その後すっかり大人しくなったスターリン(笑)は有能な部下達に指揮を任せることを覚え、とうとうソ連軍はドイツ軍に並ぶほどの軍隊として成長。
逆にドイツ軍の方はほとんどヒステリー状態のヒトラーがマンシュタイン、ホト、グデーリアンなど有能な部下を片っ端から首にし、暗殺計画未遂事件をきっかけに信頼を置いていたロンメル将軍まで自殺に追い込んでしまい、兵士達の人的損失も重なり、開戦当時には文字通り世界最強の軍隊だったドイツ軍は見る影もなくなり、あとは破滅を待つばかりに。
結局ヒトラーは、少年少女や老人まで駆り出して守備隊にして多数の民間人の被害を加えたあげく、ソ連軍にベルリンに攻め込まれ、官邸の手前まで来られたところで自殺するという最悪の幕引き。

というわけで独ソ戦の大まか流れが分かるのと、「西部戦線全史」と同じく各戦場や作戦の内容が地図付きで詳しく解説されているのが嬉しい本である。
最も興味深かったのは、今までよく知らなかったソ連側の事情で、特にスターリンがなにを考えているのかよく分からないけど、突然すねて別荘に引きこもってしまったり、かっとなったり弱気になったり、とにかく感情豊かで楽しい(笑)
それにしてもまだまだ謎が多く、例えば開戦当初の白ロシアのどうしようのない対応と、同時に開戦翌日には工場の大規模疎開を進めている手際の良さとか、一貫性が無さすぎて全部演技だったのかとさえ思えてくる。
スターリンはもっと調べてみたいキャラだ(笑)
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