(ネタバレあり)
横溝正史の名作ミステリー、過去に幾度も映像化されてきた「八つ墓村」が、清水崇監督により再び映画化。時代を現代の令和に設定した、大胆な内容改変!
…ですが、かなり酷評されてます。
本来はミステリーであるものをオカルトホラーにしてしまった点が、まず拒絶反応を受けている上に、純粋にオカルトホラー映画としても陳腐に過ぎるという指摘が。
本作を観て、個人的にまず思ったのは「祟り(呪い)の整合性」、換言すれば、「祟り(呪い)の設計方針」の疑問です。
原作では実際には「八つ墓の祟り」は存在しなかったので、「祟りの整合性」なんてどうでも良かったのですが、今回はオカルトホラー作品になりましたので、そこが大切。
そもそも「八つ墓の祟り」とは…
約400年前、戦に敗れて落ち武者となった尼子義孝(渋川清彦)と七人の家臣は、現在の岡山県のとある山村に身を寄せ、村人とも懇意になるが、金に眼がくらんだ村の有力者の田治見庄左衛門(高嶋政伸)に騙し討ちに遭い、惨殺される。
尼子義孝は死ぬ際に「末代まで祟ってやる」との恨みの言葉を遺し、実際にその祟り(呪い)が…
しかし、今回のリメイクされたオカルトホラーストーリー版では以下の疑問があります。
� 嵋�代まで祟ってやる」
普通、亡者が本当に激怒した場合は、直接の相手を直ちに呪い殺し、その親族も不幸な死を遂げ、血筋は断絶します。
しかし、この田治見家は、村の中でもお金持ちの名家として、令和の現代まで存続しているって、そもそもおかしくないですか?
「祟り(呪い)の設計方針」として、「家(血筋)の存続は許すが、何代にも渡って長く虐めてやる」と云うことかもしれませんが、悠長なことです。
�∈2鵑了慣爐離肇螢�ーはどこ?
過去400年間祟られ続けて来たはずの田治見家ですが、今回、稀に見る惨劇が発生します。
であれば、ストーリー上、そのトリガーが必要と思いますが、それがよく分かりません。
普通はオカルトホラーであれば…例えば「尼子義孝ら8人を供養していた八つ墓の封印が現代人の不注意で破られて、祟りの全パワーが解き放たれた」などのトリガーがあるべきかと。
��「この代で終わらせる」
八つ墓の怨霊が取り憑いた森美也子(堀田真由)は、田治見家の血筋にあたる井川辰弥(奥智哉)を絞め殺そうとする時に「この代で終わらせる」と叫びます。
すなわち、井川辰弥を殺して祟りは終了と云う意味ですが、今まで400年にも渡って延々と強い祟りの精神でやって来たのに、どうして今回で「終わらせる」という心境の変化になったのですか、尼子義孝さん!
なお、呪い殺す場合、呪われた者は「不審な事故死や病死」で死ぬのが一般的で、怨霊が他の人間に取り憑いて直接締め殺しにくるのは珍しいです(もっともJホラーでは普通なのかもしれませんが)。
しかも、その割に、怨霊が取り憑いた森美也子は井川辰弥を殺そうとして、アッサリ失敗してしまい、拍子抜け。
以上、純粋にオカルトホラー作品として観た場合、色々と首を傾げる点でした。
…ただ、エンドロール後の挿入シーン。
八つ墓村での事件が終了し、日常生活に戻った井川辰弥が街中を歩いていると、背後に死んだはずの森美也子の姿が!
この挿入シーンも評判は良くないようですが、却って、この1シーンにより、少しはオカルトホラー作品としての整合性はついたのかもしれません。
すなわち、
「この代で終わらせる」とか「怨霊が取り憑いた美也子が失敗したショボい攻撃」の意味は、祟りの対象の井川辰弥を怖がらせるための単なる“脅し”だったと云う解釈。
つまり、今後も辰弥に付きまとって祟りの恐怖を与え続け、辰弥が結婚して子孫ができたら、辰弥は大量殺人などを引き起こさせて死に追い込む。そして、祟りの対象は辰弥の子孫に移る。
「末代まで祟る」とはそういうことですから。
(完)
ログインしてコメントを確認・投稿する