〔写真 や
URL情報 は
おいおい追加するとして
まずは
「今日の日記」
として
投稿します。〕
結婚して
〔平成7(1995)年11月19日〕
最初
東岡山レークタウンの
妻の実家に
居候してて
〔平成7(1995)年11月19日〜平成8(1996)年8月末頃まで〕
その頃は
妻の実家に
動物はいなかった。
一度
サンジャイン上道
という
JR 上道駅前の
マンションに住んで
〔平成8(1996)年9月初旬から9月下旬まで。305号室。〕
それから
蒜山高原の別荘へ移住して
〔平成8(1996)年10月初旬から平成9(1997)年3月下旬まで〕
それから
大阪の旧実家に戻り
〔平成9(1997)年4月初旬から〕
平成9(1997)年の7月から
駿台予備学校大阪校〔北大阪急行「緑地公園」駅スグ〕
の
夏期講習会に参加して
夏休み明けか
平成10(1998)年4月からか
駿台予備学校大阪校の
京大文系コース
に
入校して
受験勉強を再開して
それから
代々木ゼミナールの大阪校の
京大コースや
河合塾大阪校や
河合塾神戸校の
「センター試験倫理」を単科で受講したりしながら
平成14(2002)年3月の
京大入試(後期)で
京大に受かって(教育学部)
平成14(2002)年4月から
京大に通い始め
しばらくは
下宿していたのだけれども
平成17(2005)年11月1日に
京都市左京区下鴨宮崎町に
敷地面積25坪
建蔽率60%
容積率100%
の狭い家を建てて
そこで
夫婦で住むようになってから
動物の想い出が
始まった。
一番最初は
或る日
皆既日食の日に
曇っていたので
なかなか写真を撮るチャンスに恵まれず
Pentax の
「世界最小・最軽量」が謳い文句の
フィルムカメラ
〔Pentax Optio S4i:2004年3月中旬発売〕
で
晴れ間が出るのを
ベランダで
手すりを背もたれにして
ずっとシャッターチャンスを狙いながら
じっとしていると
首元に
大きなコウモリのような生き物が
飛来して
なんだか
ごそごそしているのだけれども
こっちは
日食を撮るために
太陽が雲間から出るのを
待っている最中なので
「早くおうちにお帰(かえ)り」
と言いながら
そのままシャッターチャンスを待っているのだけど
一向に
飛び立ってしまう様子がなかった。
そうこうしているうちに
妻が
1階の美容室から
ベランダに上がってきたので
妻に
「首元に何か居ないか?」
と尋ねたところ
「カナリア や〜!」
と
叫んだ。
首元で
僕の耳たぶを
しきりに啄(ついば)むので
そのままそっと
ベランダから家の中に入っても
中まで付いてきた。
お水をあげると
ずっと飲むので
「お腹が減ってるのかな?」
と思って
京大近くの
当時はまだあった
(今はもう無い)
百万遍の交差点北側の
小鳥屋さんへ行って
聞いてみると
「小鳥は飛ぶために
胃袋が小さいので
1日中何も食べないだけでも
空腹で死んでしまうので
すぐに餌をあげたほうがいい。
カナリアかもしれないけれども
小桜インコの可能性もあるので
どちらでも食べられる餌を
調合しておきますね」
と
教えてくれたので
それをあげると
めちゃめちゃ長いこと
食べてたので
限界ギリギリだったのだろう。
下鴨中通北側の
派出所に
小鳥を保護していることを
伝えておいたら
ほどなくして
連絡があって
最初の人は
「違う」
と帰っていったけれども
次に連絡があった人
は
飼っている方が
90歳以上のおばあさんで
豆腐屋さんがきたときに
玄関を開けたら
飛び出してしまって
それ以来帰っていない
と心配されておられて
来てもらって
お見せしたら
「きぃちゃん!!」
と
喜んでおられて
そのまま
鳥籠に入れたまま
高齢のおばあさんのお家まで行って
お返しした。
カナリアだと
妻が思ったのは
小桜インコで
その間
1週間ほど
小桜インコと
一緒に暮らしていた。
それで
妻は
小桜インコが
飼いたくなって
百万遍の小鳥屋さんに
小桜インコを
見に行ったんだけれども
小桜インコは
雛(ひな)の時から
飼わないと懐(なつ)かない
ということで
雛の小桜インコが
生まれるのは
9月〜11月頃
だということで
最初に
私の首元に
飛来したのが
平成21(2009)年7月22日
で
小桜インコの雛が
小鳥屋さんに来るまでは
まだしばらくかかるので
お店に居た
「金華鳥(きんかちょう:錦花鳥)
やったら
2500円くらいで買えるで」
と提案したけど
妻は
「9月まで待てない」
と言い
しかも
お客さんが
ゴールデンレトリバーを買ってられて
「犬はいいわよ」
と勧められ
犬を買う気になり
「お金ないやん」
と言うも
「私が元気に成るから」
と言うので
ペットショップコジマの京都店
〔
令和8(2026)年11月30日(月)で
閉店するそうだ〕
へ
ワンちゃんを見に行った。
妻は
以前(小さい頃)
ペキニーズを(短期間)飼ったことが
あったらしくて
「ペキニーズがおとなしいのでいい」
と言うのだが
私は
短吻種の(鼻が短い)犬を
飼ったことがなく
私の母も
「狆(チン)はいや」
と言っていて
母に疎(うと)まれるのを危惧した私は
ペキニーズとチワワとの
mixi 犬を見つけて
その雑種が
妻に懐(なつ)いていた
ので
その mixi 犬を
お家(うち)に
迎え入れることにして
この犬が
結婚してから
最初に飼った
動物と成った。
名前は
妻が
「ぽろん」
と
決めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ぽろん」
が
来てから
しばらくして
家の西側の小路(こみち)で
子猫が動けなくなっているのを
偶然私が見つけて
妻に
「今朝美和子が言ってた猫ちゃん
と思われる子猫が
この家の西側で
動けなくなっているよ」
と伝えると
妻は慌てて見に行き
結局
その子猫〔雄(オス)猫、ブルー・アイ〕を
保護することになって
それが
今でも蒜山高原の古民家に
我々と一緒に暮らしている
「ちゃめ」。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ぽろん」
は
生まれつき
心臓が弱く
8年ほど
生きたけれども
亡くなってしまい
妻は
ペットロスに
成ってしまった
ので
私は
「ぽろん」が
亡くなった
次の日に
生まれた
黒ペキニーズ雌(メス)を
ペットショップコジマ京都店で
偶然発見し
この犬を
「ぽろんの生まれ変わり」
と思って
妻に勧めて
流石に妻は
「お金ない」
と躊躇したが
ペットロスの妻を
危惧した私の勧めに
妻はしぶしぶ
飼うことになった。
その犬を
妻は
「しおん」
と名付けた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そうこうするうちに
また一匹子猫が
近所の女の子に
「おばちゃん
猫が花壇で
動かないの」
と
以前「ちゃめ」を
保護したときに
家に連れて帰りたがっていたのだけれども
母親に
「うちにはチロ(雄犬)が居るから駄目」
と断られて
残念そうにしていた
のだけれども
その時に
ウチが一匹
子猫を保護したことを知ってて
また保護してもらえると
思ったからか
ウチに助けを求めてきた。
妻が対応して
なかなか帰ってこないので
家の外へ出てみると
妻が子猫を
抱(だ)っこしていて
私が
「その子も
放っておくと
死んじゃうから
保護しよう」
と
保護することになり
その子が
雌(メス)猫〔雑種、グリーン・アイ〕の
「きら」〔命名は妻〕。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
黒ペキニーズ雌(メス)犬
の
「しおん」
は
私たちと一緒に
高天原(たかまがはら=蒜山高原)の
歴史的古民家(戦国大名尼子氏末裔の住居)にまで
付(つ)いて来(き)てくれた
のだけれども
〔令和3(2021)年12月15日早朝〕
子宮蓄膿症に
罹(かか)っていることに
気付けず
死なせてしまった。
可哀想だと思って
避妊手術をしなかったことが
仇(あだ)となってしまった。
「しおん」は
生まれつき
「でべそ〔臍(さい)ヘルニア〕」
なので
「でべそ〔臍(さい)ヘルニア〕」の手術とともに
避妊手術を済ませて
から
蒜山高原に
来れば良かったと
後悔先に立たず
だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ということで
令和8(2026)年9月22日(火=敬老の日と秋分の日に挟まれた国民の休日)
現在
雑種元雄(オス)猫「ちゃめ」(ブルー・アイ)
と
雑種元雌(メス)猫「きら」(グリーン・アイ)
の
2匹が
残って
67歳の
我々夫婦と
一緒に
暮らしている。
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最終更新
令和8(2026)年 9月22日 10時45分
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