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2026年09月18日06:05

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「ルックバック」のストーリーは不自然で矛盾している

(ネタバレあり)

藤本タツキ先生のコミック「ルックバック」は、劇場版アニメ化され、さらに是枝裕和監督により実写化され、現在劇場公開中。絶賛する声が多い。

しかし、個人的に、ストーリーには矛盾があると思う。

(以下、あらすじ)

藤野は、マンガを描くのが好きな小学生女子。ある日、引きこもりで不登校の同級生の、やはりマンガを描くのが好きな京本と偶然の切っ掛けで親しくなる。2人は親友となって互いに切磋琢磨しつつ、その後もマンガを描き続ける。京本は藤野との出会いにより引きこもりを克服できた。

そして2人は共同作品で高校生にして大手出版社からマンガ作家デビュー。人気も出て出版社からは連載作品も提案される。

藤野はこれからも京本と2人でマンガを描き続けるつもりでいたが、京本は「もっと画が上手くなりたい」と言って、藤野とのマンガ共同執筆の道を捨てて美術大学に進学するという。
藤野は「大学なんかに行くよりも私と一緒に描いていた方が絶対に上手くいくよ」と言って、京本の進学に直接に反対意見するが、京本の進学の意思は固かった。

その後、藤野は単独のマンガ作家としてますます順調。
京本も無事に美術大学に合格し、画力向上に励む日々。

しかし、そんなある日、悲劇が起きる。
京本の美術大学に、異常者が侵入して無差別殺傷事件を起こし、京本もその犠牲者となってしまう。

京本の葬儀に出席した藤野は、「(小学生の時に)マンガを描くことで京本を部屋から出した(引きこもりの克服をさせた)私のせい」と思い、自分を責める。

泣き崩れる藤野だったが…そこから、藤野と京本が小学生時代に出会わなかった仮想現実の世界が展開される。

(あらすじ、終了)


ストーリー的に不自然と思うのは…
美術大学で殺されてしまった京本に対して、藤野が、
「小学生の時に2人が出会わず、京本が引きこもりのままだったら、今も生きて居られた。京本を外の世界に出した私の責任」
と自分を責める点。

藤野は、悲しみのあまり思考が混乱しているのかもしれないが、京本が殺されてしまったのは、ストーリーの流れ的に「京本が、藤野の忠告に従わずに、大学進学したから」である。

そして、藤野の立場からの自然な発想としては、
「私が言ったとおりに、大学進学しないで、私と一緒にマンガを描き続けていたら、今も生きていられたはずなのに」
である。

藤野が「2人が出会っていなかったら生きていられた」と自分を責める発想は、あまりに論理が飛躍している。

そして、藤野と京本が小学生の頃に出会っていなかった仮想現実の世界での展開は、
「美術大学で京本が異常者に襲われそうになった時、たまたま近くにいた藤野が異常者を撃退し、そこで初めて2人は直接的に出会う」
という設定だが…

結局、この仮想現実の世界でも、小学生時代に藤野と京本が出会っていなくても、京本は引きこもりを克服して美術大学に進学したことになる。

この点でも、藤野の「小学生の頃に出会っていなければ」という発想は否定されている。



原作コミック及び劇場版アニメに比較して、是枝監督の今回の実写映画版では、藤野が「小学生の頃に出会っていなければ」と自分を責める直接的な表現は抑えられてますが、是枝監督としては、このストーリーの不自然さに気が付き、微修整を試みたのではないか、と想像してます。

(完)




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