幼少期、幼稚園に入った以前に、はしかに罹ったコトがあった。
連日、40℃の発熱、両親も大変だった。
それまでも、発熱何ぞ、何度も経験し、その度に母が慌てて近所の小児科標榜医院に私を連れて行ってくれた模様だったが。
それまでの発熱の際と違い、元気が無く、動きが鈍かった。
私は発熱しても、割と元気に動き回っていたコトが多かったそうだが、この時は違った模様だ。
夜中にふと目が覚めた際「死ぬのかな?死ぬって、どういうことだろうか?」
なんて、ヤバイ考えが湧き上がって来た記憶もある。
母が、ずっと後で「あの時はダメかと思った」と言っていた。
だが、生還できた。
後がヤバイと言う後遺症も無く、現在に至っている。
発症前に与えられたビニール製の馬の玩具でよく遊んで、お気に入りだったが、解熱後、しばらくしてから修理不能となって、捨てられてしまった。
あの馬の玩具が身代わりになってくれたのだろうか・・・?
ちなみに、当時住んでいた都内多摩地区の某公団賃貸住宅は、現在もそのまま存在しております。
また、世話になった医院は、小児科標榜を外してしまいました。ちょっと寂しい。
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■はしか急増、自治体に緊急説明会=ワクチン接種呼び掛け―上野厚労相
(時事通信社 - 04月24日 11:01)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=8760960
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