「炊飯時間をずらすだけで命が救える」東日本大震災後に広まった“ヤシマ作戦”の舞台裏…石巻出身の20歳青年に「エヴァ」公式が賛同したワケ
文春オンライン 川口 穣 2022/03/24 06:10 出稿
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2022年1月時点でダウンロード数206万回を誇る防災アプリ「特務機関NERV(ネルフ)」。今や“最強の災害情報インフラ”として知られる存在になった。アプリを開発したのは石巻市出身のホワイトハッカー、石森大貴氏だ。
ここでは、ノンフィクションライターの川口穣氏が「特務機関NERV」の開発秘話を綴った著書『 防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年 』(平凡社)から一部を抜粋。東日本大震災発生後、石森氏が立ち上げたツイッターアカウント「特務機関NERV」によって、節電作戦“ヤシマ作戦”が広まった背景を紹介する。
節電時に自然発生的に使われ始めた言葉
このころ、東京には電力危機が迫っていた(編集部注:2011年3月12日)。
震災直後から、東北電力管内では最大約466万戸、東京電力管内では約405万戸の停電が発生していた。東京電力管内では12日になって少しずつ復旧していたが、今度は電力の需給が逼迫したのだ。
東京電力が持つ発電施設は、地震と津波で全電源を喪失し「原子力緊急事態」が宣言される福島第一原発・第二原発に加え、12日4時時点で火力5発電所10機、水力24発電所が停止。流通設備にも甚大な被害が出ていた。
この時点での東京電力の供給力は、他地域から融通を受けた分を含めても3500万キロワットだったとされる。震災前の7割弱にまで落ち込んでいた。一方、この時期のピーク時の想定需要量は4100万キロワットにのぼる。工場など大口顧客への節電要請によって需要を圧縮したが、それでも電気の使用がピークを迎える18時〜19時には3800万キロワットの需要が予想された。300万キロワット不足する計算だ。電力の需給バランスが崩れると、管内で大規模停電が発生する恐れがある。
その後、水力発電所の復旧が進み供給力は3700万キロワットまで回復したが、東京電力は停電の可能性に言及、不要な照明や電気機器の使用を控えるよう求めた。
そんななかで自然発生的に使われ始めた言葉がある。
ヤシマ作戦──。
ヤシマ作戦とは?
アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』のテレビアニメ版(1995〜96年放送)第6話、および映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』(2007年公開)に登場する作戦名だ。
主人公・碇シンジが乗るエヴァンゲリオン初号機が敵である第五使徒「ラミエル」(新劇場版では第六使徒)を超長距離から攻撃する。そのために必要な大量の電力を、日本中を停電させることでエヴァンゲリオンの陽電子砲に集中させた。
電力不足の可能性や節電の呼びかけを見て、この言葉を思い出したファンは多かった。やがて「必要な場所へ電力を届ける」ことから転じて、節電や電力使用の時間帯をずらす「ピークシフト」への協力を呼びかけるキーワードとしてヤシマ作戦が使われるようになった。
〈節電に協力しよう!みんなの電力を必要な場所へ!ヤシマ作戦のごとく!〉
〈思えば東京電力から節電願いがでてるんだった。ヤシマ作戦を思いながら布団でガタガタ震えてるわ。寝る〉
〈ヤシマ作戦に協力してるつもりになって、さぁ電気を消すんだ!本当に必要な人々のために!〉
ツイッターにはそんな投稿が並んだ。
大のエヴァンゲリオンファンだった石森もヤシマ作戦を思い浮かべていたひとりだ。そして、石森にはひとつの「武器」があった。ツイッターアカウント「特務機関NERV」だ。
『新世紀エヴァンゲリオン』に登場する国連直属の非公開組織・特務機関NERVは、作中で敵・使徒のせん滅を主要任務とする。ヤシマ作戦を発動したのもNERVだ。
石森は2010年2月、この特務機関NERVを名乗るツイッターアカウントを立ち上げていた。エヴァンゲリオンファンが「遊び」で始めたなりきりアカウント。現実の台風や津波を使徒になぞらえ、作中のNERVが使徒襲来の警報を発するかのように地震情報や気象警報をツイートする。
当初は手動でツイートしていたが、10年7月に気象庁のサイトを巡回して情報を取得し、警報の発表と解除を自動でつぶやくプログラムを開発した。
「特務機関NERV」を名乗って節電を呼びかけ
実は、このNERVアカウントは11年1月でいったん投稿をやめている。全国各地に発表される警報とその解除を延々とつぶやく。投稿は一日数百件に上ることもあるが、反応はほとんどない。
「このままボットで警報だけつぶやいててもな……」
そんな思いがあったという。
だが今回は、そのアカウントが役立つかもしれない。
「これは、ヤシマ作戦だ」
計画停電の可能性、節電の呼びかけをみて石森はそう思った。医療機関など、絶対的に電力を必要とする場所がある。さらに、全国で節電が進めばいまだ連絡が取れない被災地に電力を送れるかもしれないとの思いもあった。
実際には関西や九州で節電して余剰電力が生まれても、関東や東北に送電できるのは一部だ。当初情報が錯綜し、「節電した分被災地の電気がつく」と考えたものも多かったが、それは誤解だ。
それでも送電による電力融通をスムーズにするために、あるいは意識の啓発や今後の需給逼迫の可能性を考えると、全国的な節電にも必ず意味はあるだろう。
節電をするのは簡単だ。家の電気を消し、家電のコンセントを抜けばいい。誰にでもできる。
一方で、ひとりでやっても意味がない。ヤシマ作戦になぞらえた節電の呼びかけを「特務機関NERV」を名乗るアカウントでつぶやけば、何人かの人には届くかもしれない。
3月12日15時11分、石森はNERVアカウントのその後を大きく変える投稿をする。
〈【ヤシマ作戦】午後6時から電力が著しく不足します。(中略)店に並ぶ機器類の電源を止めてください。需要は午後6時〜7時がピークだとか。特にその時間帯には、極力電力の消費を避けて下さい。炊飯時間をずらすだけでも、救える命があります。〉
続けて、15時15分。
〈ヤシマ作戦は本日18時より発動いたします。節電にご協力ください。〉
そして、16時38分には節電の呼びかけとプロジェクトの概要を記した「公式」ホームページまで開設した。
〈【ヤシマ作戦】ヤシマ作戦を正式通達します。
http://nerv.evangelion.ne.jp/〉
「いいね」や「リツイート」を知らせるツイッターの通知が止まらなくなった。経験したことのない拡散のされ方だった。フォロワーわずか300人ほどのアカウントが発した3つのツイートは合わせて1万5000回以上リツイートされ、この発信がきっかけとなって「ヤシマ作戦」に言及したツイートが爆発的に増えていく。その数は、1週間で60万回とも言われる。
「ちょっと、まずいかな……」
何人かの人に届けばとつぶやいた内容が思わぬ広がり方をするのを見て、石森は不安になった。
アカウント名も、アイコンに使っている特務機関NERVのロゴ画像も、石森が勝手に使用しているだけで公式とは何の関係もないし許可も得ていない。いわば著作権者の版権を侵したものだ。普段、ファンが仲間内で楽しむパロディに権利者が口出しすることはあまりなく、多くは黙認される。
だが、これだけ広まれば公式の耳にも届くだろうし、「ふざけている」と批判が集まるかもしれない。大好きなエヴァンゲリオンに迷惑をかけることになる。
案の定、疑問視する声も集まり始めた。
〈公式かと思った〉
〈著作権はどうなっている?〉
それでも石森は投稿をやめなかった。今は少しでも節電を広めるべきときだった。
批判は自分が受ける。版権元には後で誠心誠意謝るしかない。
寄せられた疑問に対し、個人のアカウントでこう発信した。
〈著作権とかそういう責任は後々自分で何とかできますが、電力不足は僕だけではどうにも出来ないので。この行動が正しいことを願っています。〉
依然、母とも妹とも連絡が取れなかった。生きているのか、食事ができているのかわからない。石巻に向かった父とも、「福島県に入る」というメールを最後に連絡が付かなくなっている。
一方自分は東京にいてテレビもインターネットも使うことができ、暖かいご飯を食べられる。そんな状況に自己嫌悪した。それでも、自分ができることをやる。それは石巻へ向かう父を見送り、東京に残ることを決めたときに誓ったことだ。
ヤシマ作戦に賛同する人々
「特務機関NERV」が発したヤシマ作戦の広がりとともに、協力者も現れた。ヤシマ作戦を説明するポスターを制作する人、節電量の目安を測れる節電メーターアプリを公開する人。
のちに石森が経営する会社「ゲヒルン」の親会社となる「さくらインターネット」は、ホームページ用のVPS(仮想専用サーバー:ウェブサイトを公開するために必要なサーバーで、一般的なレンタルサーバーよりも自由度が高い)の上位プランを無償提供した。
当時、節電を呼びかけるために開設した「ヤシマ作戦」のホームページにはアクセスが集中し、断続的につながりにくい状態になっていた。それを見た社長の田中邦裕がツイッター経由で石森に連絡を取ったのだ。
〈サイトがつながりにくいようですので、帯域制限の拡大や、上位プラン提供などお手伝い致しますので、遠慮なくご連絡下さい〉
このとき提供したプランは、さくらのVPS「8ギガ」プランと「4ギガ」プラン。8ギガプランは当時さくらインターネットが商品化していた最上位プランで、アクセスが集中する人気サイトに使われる。個人サイトでこのレベルのプランが必要なケースは少なく、短時間でいかに多くのアクセスが集まっていたかがわかる。
エヴァンゲリオンの版権元につなぐとの申し出もあった。教えられたのは、『エヴァンゲリオン』シリーズの著作権を管理するグラウンドワークス代表の神村靖宏の電話番号だった。番号を伝えられてすぐ、石森は神村に電話をかけた。
震える手でダイヤルボタンを押す。石森は電話をかけたときの気持ちをこう振り返る。
「版権元には謝らなければいけないし、自分が責められる覚悟はしていました。でも、怒られるのをわかって電話する、それも、大好きなエヴァンゲリオンの権利者に対してです。こんなにイヤな電話はありませんでした」
電話を持つ手から汗がにじみでてくる。柔らかく落ち着いた声で神村は電話に出た。
石森は必死に説明した。自分が特務機関NERVというツイッターアカウントを運営していること。そのアカウントで「ヤシマ作戦」と名付けた節電の呼びかけをしていること。著作権を侵害していること。迷惑をかけていることへの謝罪。そして、緊急期の間だけでも名称とロゴを使わせてほしいこと。
「ご事情はわかりました」
神村は静かに言った。即答はしなかったが、前向きに関係者と協議すると言って電話を切った。
実は、神村自身「ヤシマ作戦」の広がりを把握していたという。
「節電という社会的に意義のあることをやっているし、作品に対する敬意も持ってくれていました。それに、不安を煽るのではなく、抑制的に正しい情報を発信している。ある意味、こちらは『知らんふり』をして使い続けてもらっていいだろうと思っていました」
それでも、石森のもとに懸念の声が寄せられていたように、グラウンドワークス側にも「許諾しているのか」「やらせておいていいのか」といった問い合わせが届いていたという。
「我々が文句を言う必要はないと思いつつ、反響も大きかった。石森さん側がこちらに気をつかって取り組みをやめるようなことがあれば本末転倒です。1度、しっかり話してみたいと思っていました」
知人の仲介で、石森に連絡先を伝えてもらったという。
石森は当時20歳。「そんなに若い人がやっているとは思わなかった」と神村は笑う。だが、情報発信に対する真摯さやバックエンドの技術力を知り、信頼を強くした。実家が被災し、連絡が取れていないこともこのとき聞いた。
『エヴァンゲリオン』公式も賛同
「そうした発信に特務機関NERVの名や『ヤシマ作戦』という言葉を使ってくれるのは光栄だし、石森さんの誠実さもよくわかった。できる限り応援したいと伝えました」
神村は『エヴァンゲリオン』シリーズの新劇場版を制作するカラーなどへも連絡を取ったうえで、対応を決めた。
12日夜、神村から石森へ電話が入る。伝えられたのは、「非公式」という前提で使用を認めるとの内容だった。翌13日には、「新劇場版」の2作目として公開された映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』(2009年公開)の公式ブログがヤシマ作戦に言及した。全文を引用する。
〈 東北の被害、本当に心が痛みます。
被害にあわれた方々に心よりお悔やみを申し上げるとともに、被災地の1日も早い復興をお祈りしたいと思います。
私たちも何かできることは無いものか、と、関係者で話し合っています。
皆さんにご協力をお願いすることもあるやもしれません。
“できること”といえば、全国的な節電を呼びかける「ヤシマ作戦」というキャンペーンがツイッターなどで有志の方々に広がっているとのこと。
“全国から力を集める”エヴァ作品中での作戦名が、こんなときの旗印に使ってもらえるなんて、…こんな素晴らしいことはありません。
遠隔の地にいて被災地に何を届けることもできずにいる私たちですが、使う電気を減らすだけでも支援になるんですものね。
原子力発電所の停止や火力発電所の出力減で、電力不足は本当に深刻な問題です。石油を陸揚げできる港が打撃を受けた現在、関西や九州など遠隔の地域での節約であっても、全国レベルでの節電活動は必ず成果のあることだと思います。
私たちも遅まきながら「ヤシマ作戦」に賛同し、参加したいと思います。
皆さんも、個人でできる小さな支援活動、“節電”を、ぜひ!!〉
公式が賛同を表明する。公認ではないが事実上使用を認め、後押しする内容だった。石森は言う。
「勇気づけられた。権利者の方々の後押しがあって、ヤシマ作戦にさらに力を注ぐことができました」
節電呼びかけの効果があってか、12、13日は電力供給が追い付かない事態は回避された。震災翌日、被災地の状況が全くわからない超緊急期。仮に首都・東京が停電していれば、さらなる大混乱は避けられなかっただろう。それを回避できたのは、市民レベルの意識の広がりがあってこそだった。
ただし、12、13日は週末で休業する企業が多く、もともと電力の需要が少ない。東京電力は13日、週が明ける14日から輪番による計画停電を行うと発表した。東京電力管内を5グループに分け、各グループ3時間程度ずつ停電させるという。石森は計画停電が発表されて以降をヤシマ作戦の「フェーズ2」と位置付け、さらなる拡散を図った。
ツイッターではヤシマ作戦のハッシュタグも
ツイッターでは、ヤシマ作戦を広げるためのハッシュタグも作られた。ハッシュタグとはツイートの内容を表すキーワードで、そのタグを検索することで関連のツイートを一覧で確認できる。発信の広まりを示す記号ともいえるだろう。ヤシマ作戦フェーズ2のハッシュタグは「#84MA」と決まった。
情報を収集し、現状をまとめるための「wiki(ウィキ)」もつくった。ウィキとは不特定多数のユーザーが直接コンテンツを編集するウェブサイトのことで、ウィキペディアがその代表格と言える。自分ひとりであらゆる節電情報を集めるのは不可能だ。全国のユーザーがウィキを更新することで、常に最新の情報を把握できるようにする取り組みだった。
石森が必要な作業を「タスクリスト」にまとめ、手を動かせるものがそれを更新していく。郵便番号で輪番停電予定を検索できるシステムも整備した。また、14日からは在日外国人から翻訳の申し出を受け、多言語に対応するための取り組みも始めている。
計画停電は3月14日から28日まで、2週間にわたって続いた。それでも、節電の呼びかけとその広まりは確実に効果を上げており、停電地域に指定されながらも停電が回避されるケースが相次いだ。
ヤシマ作戦による節電の呼びかけは夏の需要増が落ち着くまで、数カ月の間続いた。
混乱期に立ち上がったインターネット上のうねりである「ヤシマ作戦」が、実際にどれだけ節電に貢献したのか明確なデータはない。それでも、ソーシャルメディアが情報の発信と共有を担い、社会的なムーブメントを起こすエポックメイキングな出来事になった。
【 後編へ 】
200万ダウンロード超えの防災アプリ「特務機関NERV」 気象庁職員が「ここまで使えるのはほかにない」と認める“最強の災害情報インフラ”誕生秘話 へ続く
******************ここまで
私は、寡聞にしてこのアプリの事を知らなかったのですが、とても貴重な活動をされた
元々は個人、そしてその輪を広げるに協力した方々の「善意の輪」が成し遂げた奇跡
記録と記憶に残すべきと思いここに留めます。 後編 見逃さずに読めるかな??
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