(冒頭の写真は
1枚目(左)は妻が「鳥の羽が散らばってるとこがあるねん」と言って
案内してくれた場所。山鳩か何かが襲われた形跡のように思った。
2枚目(中央)はこれも妻が「倒れそうな家があるねん」と言って
案内してくれた場所付近。この家の左奥(北東側)には雪でか元々か判明しないが
屋根が壊れて穴が空いている茅葺きの家があった。
3枚目は自宅の古民家も写っている画像だが、木の枝で見えにくい。
ちょうど中央の小屋の奥の木の枝に隠れているが赤い屋根の古民家が終の住処。)
今日も
今から夕飯なので
日記枠確保。
タイトル予定は
「久しぶりに妻と犬の散歩」
くらいか。
現在時刻
17時43分。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
今日(2022.2.27)は
久しぶりに妻と犬(黒ペキニーズ雌:しおん)の
散歩に出かけたので
その時の写真などを出そうかと思う。
(妻が「鳥の羽が散らばってるとこがあんねん」と案内してくれた場所。
真庭市蒜山振興局の井川を挟んで北東側。山鳩が獣に襲われたのかと思ったが、
羽の色は茶色なので食われたのは雌(メス)の雉(キジ)かもしれない。
肉片が残っているようにも思える。野生は弱肉強食の世界だ。)
(妻が「倒れそうな家があんねん。それでも住んではるみたいやねん。」と
案内してくれたお家(うち)↓は確かにかなり傷(いた)んでいるが)
(少なくともトラクターや除雪機などの収納庫としては現役のようだった。
さすがに手前の除雪機↓は退役しているようだが。)
(それよりも奥の家の方が屋根に大きな穴↓が空いていて倒壊寸前だ。
真庭市ではこのような空き家が多く残っていて
市では「空家活用推進補助金(購入に最高80万円、改修に最高80万円)」を
制度化して空き家状態で放置されている家を少しでも無くそうとしている。)
(新しい市道上中井川線(中央)と旧市道上中井川線(左)。
奥は蒜山三座(左から上蒜山(1202m)、中蒜山(1122m)、下蒜山1100m)。)
(新上中井川線の右(東側)を井川が流れている。
その東側には岡山県立 勝山高等学校 蒜山校地↓がある。)
( 新市道上中井川線を歩いていると
我々夫婦が終の住処とした古民家↑が見えてくる。)
(この古民家↓↑は
岡山県または真庭市の地方文化財として登録できそうなくらいに歴史がある。
地元の人の話だと、
90歳を越える女性の方でも「生まれた時から建っている」と言われ、
70歳を越える男性の方は「この家がこの集落の最初に建った」と言われるし、
60歳代と思われる男性の方は「江戸時代から建っている」とも言う。
この集落の蔵に保存されていた家系図の巻物(漢籍)や
『美作名門集』(中村 旭川著、1910)の記述を総合すると
そもそも毛利氏に滅ぼされた尼子氏もしくは南条氏の生き残りの子孫が
氏姓を隠して師範等をしながら、代々
庄屋(荘屋=しょうや=関西での呼称。関東では名主(なぬし)、
北陸・東北では肝煎(きもいり)と呼ばれる)
を勤めていたようだ。
この家系の人々は今でもこの集落を中心に生活している。)
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最終更新
令和4(2022)年2月28日 12時53分
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