我々は通常
起きて実際に物や人が動いている世界を
「現実」として
この「現実」のみを
「事実」として
最重視して生きている。
けれども
人は皆だれでも
一生の間の
3分の1(1日24時間の内の8時間前後)は
寝て過ごしている。
一生が90年としたら30年
一生が60年としたら20年
は
眠っている時間。
その中で
夢を見ている時間(LEM睡眠の時間)は
寝ている時間の4分の1くらいだ
専門家は言う。
8時間寝た場合は2時間くらいらしい。
上記リンクの専門家によると
「精神的に健康な人、心が健康な人は、ほとんど夢の自覚がないもの」らしい。
「自分の心の内面が変動している人、心配事があるといった人が
夢をよく見て、その自覚が強く残」るらしい。
私は「自分の心の内面が変動している」とは思わないし
(なぜなら生まれてこの方、終始一貫しているからだ)
「心配事がある」とも思わない
(なぜなら表面的には心配事を口にするが
本心では一切心配していないからだ)
のだが
夢をよく見るし
見た夢を(快・不快にかかわらず)覚えていたいと思うし
実際、これまでに見た夢を
何度も反芻して
記憶を固定しようとして
そのおかげで
いくつかの夢は
起きている時でも
映像として蘇らせることができる。
つまり
「記憶」化している。
「夢」は
上記の専門家は気づいていないが
心を「浄化」しているのではないだろうか。
現実の世界で思い通りにならないストレスを
夢の世界は発散してくれているのではないだろうか。
眠りが
体の疲れを癒すように
夢は
心の疲れを癒す「意味」が
あるのではないだろうか。
眠らなければ
体がもたないように
夢を見なければ
心がもたないのではないだろうか。
夢は
実現を待つ
心の意志だ。
夢の世界は
現実化されることを
待っている。
けれども夢は
それを強要しない。
なぜなら夢は
夢の世界で
完結しているからだ。
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