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2022年02月05日15:39

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やっと段ボール片付け開始(8日目)

きのうは
ハスラーの牽引フックと牽引ロープの掛け方
(フロント)
の練習
と
そのことの日記を書いてて
「京大への道」ノートの整理が出来なかったので
本来ならば「9日目」のはずだが
きのうをカウントしないので
「8日目」として
整理の続きをします。

今日は
298冊目以降を扱う。

☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆

298冊目(1989年11月17日〜1989年11月22日)
冊数表記は「No. 298」
タイトル「 Image Thinking(半筆記体(I, g, e, T)、半ローマ字体)」
名前表記「Satoru = Hamada(ローマ字体)」

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299冊目(1989年11月23日〜1989年12月8日)
タイトル「思考之記録」
名前表記「Satolu = Hamada(ローマ字体)」

300冊目(1989年12月8日〜1989年12月19日以降)
タイトル「思考之記録」
名前表記「Satoru = Hamada(ローマ字体)」

301冊目(1989年12月20日〜1989年12月28日以降)
タイトル「思考之記録」
名前表記「Satoru Hamada」
この号は後半9枚には何も書かれていない(ラスト2枚には書かれている)。

この頃は未だに煩悩に支配されていた頃だ。
タイトルも名前表記も一定しない。

今(2022年2月5日)なら
タイトル「哲学的宗教を自由に研究し自由に創造し自由に表現する為のノート」
名前表記「濱田 覚」
で一定なのだが。

302冊目(1989年12月29日〜1990年1月3日以降)
タイトル「思考の記録」
名前表記「浜田 覚」
この号で
東大または京大に(学部は決めず、理想は東大理科三類)
必ず合格することを宣言している。

この年(平成2=1990年)は
11月5日に宗教原理を体験することになる年だ。

303冊目(1990年1月3日〜1990年1月8日以降)
タイトル「思考の記録」
名前表記「Satolu = Hamada」

304冊目(1990年1月5日〜1990年1月17日)
タイトル無し。
名前表記「Satolu = Hamada」

305冊目(1990年1月21日〜1990年1月22日以降)
タイトル「右脳全開 No. 305号だ」
名前表記「Satolu = Hamada(ローマ字体)
      Satoru Hamada(筆記体)
      サトル ハマダ
       覚  浜田」

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306冊目(1990年1月24日〜1990年2月10日)
タイトル「full strotle 右脳全開」
(この strotle は throttle の間違い。)
名前表記「Satoru = Hamada(ローマ字体)」

307冊目(1990年1月27日〜1990年1月30日以降)
タイトル「右脳全開307号」
名前表記「Satoru Hamada(ローマ字体)」

308冊目(1990年2月15日〜1990年4月5日)
タイトル無し。
名前表記「Satoru Hamada(ローマ字体)」

309冊目(1990年2月17日〜1990年2月24日)
タイトル「天才開眼309号」
名前表記「Satoru Hamada(ローマ字表記)」

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この頃は自分の天職を「家庭教師」と考えていたようだ。
今なら
「自分でテーマを自由に選択して自由に研究し
 哲学と宗教を自由に創造して自由に表現し
 自分の納得した内容を自由に残すこと」
を
「天命」
と考えるだろう。

11月5日の宗教体験まで
あと8ヶ月と2週間足らず。

少しずつ「開眼」し始めているのだろうか。
でも
内容的には
全く稚拙で
悟りの気配は微塵も感じられない。

310冊目(1990年2月25日〜1990年6月27日)
タイトル「東大理系第310号」
名前表記「Satoru Hamada(ローマ字体)」    

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311冊目(1990年3月5日〜1990年4月26日以降)
タイトル「Melt! 究極のMelt 311号」
名前表記「Satoru Hamada(ローマ字体)」
(ラスト10枚は最終頁をはぶいて白紙。)

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1990年11月5日の宗教原理体験に向かって
少しづつ
自我(自己中心主義)が
溶解(melt)していってますね。

「仏(ほとけ)の悟り」とは
「解(ほど)ける」ことの「実体験」でもあり
「溶(と)ける」ことの「経験」でもある。

その「解(ほど)け」は
「固執しているエゴ」であり

その「溶(と)け」もまた
「固く閉ざした頑固な我意(がい=意固地=意地)」
である。

エゴが解(ほど)けて
意地が溶(と)ける
と
対立は
対立の意味がナンセンス(無意味)化して
自然消滅する。

☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆

ここから先は
令和4(2022)年2月6日の作業で
実質は
「やっと段ボール片付け開始(9日目)」
の内容。

312冊目(1990年4月10日〜1990年6月15日以降)
消されたタイトル
「学問至上主義的価値より
 現実生活主要、学問副次的価値観への
 移行の過程の記録?
  即ち、生活力とは何か、
     その考察の記録」
このタイトルには大きなバッテンが付けられ
その横に
「なんだよ。
 生活力のあるもんは
 いちいちこんなこと
 考えないっつーの。」
と書いている。

この312号には
「312冊目」
と表記されている。

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この号も
後半8枚を残したまま(最終頁をはぶく)
313号へ移行している。

生活力を
「つけさせる」
ということは
昭和42(1967)年8月12日の
第2回夫婦会議からの
私の両親の「教育」方針であった。

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(フリクションボールの黒色で書いたバッテン付きの下線と補注は私が最近書いたもの。
 赤色の星印も私が最近書いたもの。)

そのことは
大学(大阪市立大学)を出て
就職(塾講師)した(1984年4月)時点では
成功したかに見えたが

3ヶ月も経(た)たないうちに
私の
生活力よりも
哲学創造力(哲学産出能力=哲学創造意志)の強さが
優(まさ)っていることが
実証された。

そのことが実証されたのは
この時が最初
(というよりは
 昭和54(1979)年の神経症への罹患が
 最初
 しかし
 より遡っては
 小学2年生時の
 原因不明の頭痛が
 そのことの実証である始まりだろう。)
だったが

それからも
今まで
変わることなく
永続的(永遠)に
「哲学創造意志の不可避的実行意志力」は
続いている。

私の
「生活力の無さ(マイナス無限大)」は
「創造力の無限さ(プラス無限大)」の帰結
なのだ。

哲学を創造する意欲が強すぎて(プラス無限大で)
生活にその能力を無駄遣いさせられることが
耐えられないのだ。

たとえば
将棋の藤井聡太君に
将棋以外のことを強要するのと
同じで

おそらく藤井君は
将棋以外のことを強要する
いかなる圧力にも
強烈に反抗すると思う。

藤井君のように
「結果」を出せば
誰も文句を言わないだろうけど

私の場合は
「結果」が
「無形」であるために
判(わか)り辛(づら)い。

なので
他人の反対を押し切って
(藤井君の場合も
 高校への進学を強要されて
 高校へ進学したが
 結局、卒業する直前に中退して
 彼の「意志」を示したけれど
 中学中退は
 藤井君にも出来なかったが
 私が「生活しないで哲学する」ということは
 イエスが働かないのと同じように
 「みんな我慢して働いているのに」
 という他人の反感を甘受しなければならないのが
 躊躇させる要因となっている。
 けれども
 そのことで私の「天命」が変わるわけではないので)
敢行する以外に

私が私であることが出来ない
という「生まれ出る悩み」を抱えながら
私は生きている。

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最終更新
令和4(2022)年2月5日 23時46分
令和4(2022)年2月6日 17時07分
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