ペンネームなんて
要らないのかもしれない。
でも
つけるとすれば
「哲人28号」
だ。
それは
「鉄人28号」
へのオマージュだ。
GUNDAM(1979年)でもなく
聖闘士星矢(1985年)でもなく
また
鉄腕アトム(1952年)でもなく
鉄人28号(1956年)なのだ。
年代的には
ウルトラQ(1966年)世代で
ウルトラQ の中では
ケムール人が好きなのだが
ケムール人ではなく
哲人28号なのだ。
また
マグマ大使(1965年)でもなく
個人的に好きだった
魔神ガロン(1959年)でもない。
その第一の理由は
「哲人」という言葉と
「鉄人」という言葉の
「発音が同じ」
だというだけのことである。
けれども
ガンダムよりも
鉄腕アトムよりも
キャラクターとして好き
だからでもある。
それに
ガンダムのように両親との心の交流の浅薄な関係ではなく
鉄腕アトムのように単なる善人でもない
というキャラクタとのシンパシーも
関係している。
でも
そういうキャラクタ設定は
むしろ邪魔かもしれない。
本名の
「濱田 覚」
で勝負すべきでもある。
奇(き)を衒(てら)うことはないし
人の気をひこうとすることも無用だ。
純粋に哲学を創造し続ける行為にこそ
エネルギーと集中力を注ぐべきだ。
今日は偶々(たまたま)
クリスマス(イエス・キリスト降誕祭)イブだ。
別にキリスト教徒ではないが
シェリングの『啓示の哲学』で
キリスト教の話はたくさん聞いているだけのこと
なので
クリスマス・イブだからといって
何の関係もない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
私の哲学は
シェリングの『啓示の哲学』を出発点としているが
西田幾多郎の哲学や
ホワイトヘッドの哲学も
参考にしている。
私の哲学の原理は
宗教原理(内在超越の発現としての悟りと外在超越の発現としての啓示)であり
宗教原理を
「獲得する方法」として
「自律性療法」を持つし
宗教原理を
「表現する方法」として
「中動態系言語文法」を持つ。
けれども
それらだけでは
宗教原理の獲得以外
新しさや
意義は無く
単に組み合わせの違いがあるのみで
これまでの哲学に何か新しさを加えるものではない。
これまでの哲学では
至れなかった見解や
これまでの哲学では解決できなかった問題を
解決しない限りは
私の哲学に
新しさなり
オリジナリティは
認められない。
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令和3(2021)年12月24日 21時32分
令和3(2021)年12月25日 0時38分
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