DNA が
個人に固有であることは
今となっては誰も
否定しないし
否定出来ない。
だったら
自分自身の種(たね)であり
自分自身の内在超越者(内在的に超越するもの)であるところの
DNA にインプットされている
情報(潜勢可能性)が
開花し
実ることを
邪魔しないようにして
生きてゆくことが出来る人は
幸せだ。
みんな
自分自身の種(たね=DNA=内在超越者)の
開花と結実
とは
無関係な
地位や名声や
世間の評価や
世間の常識に
惑わされて
自分自身の
種(たね=DNA=内在超越者)から
自然に出て来る筈の
花を開き
実を結ぶ
こととは
無関係な行為ばかりに
毎日を追い立てられて
気がつけば
本来咲く筈だった
自分自身の花も咲かせず
自分自身の実も結べずに
枯れてゆく(死んでゆく)人の
どれだけ多いことか。
自分自身の
固有の種(たね=DNA=内在超越者)が
何であるかは
どうでもよいことだ。
いやむしろ
自分自身に固有な種(たね=DNA=内在超越者)が
何であるかが
問題だ。
自分自身に固有な種(たね=DNA=内在超越者)が
何であり
自分自身に固有な種(たね=DNA=内在超越者)が
どんな花を咲こうとしているか
どんな実を結ぼうとしているか
を自覚し
その花と実が
どのような花であれ
どのような実であれ
それをそのまま
それ本来の花と実を
実現することにこそ
その人の幸せがかかっており
それ以外の
何ものでもない
ということに
気付いた人は
幸せだ。
もっと言えば
そのことに気付いて
そのことを行為している人は
幸せだ。
その結果が
どのような反応を世間で起こしているか
どのような生活に自分が成っているかが
大事なのではない。
自分自身に固有な種が
芽吹いて開花して結実するということが
大事なのだ。
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最終更新
令和3(2021)年11月24日 18時49分
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