私は自然には適応するし
私は私の生理にも適応する。
私が拒絶しているのは
不自然なもの総(すべ)てである。
私は不自然者(不自然なもの)に対して敏感である。
それが何であれ、また、誰であれ
「不自然であるもの(あるいは自然を破壊するもの)」
に対して反発する。
私が社会に不適応であるのは
その社会が「不自然」である場合のみであって
「自然」である場合や
場合によっては「合理的」であると
考えられたり
感じられたりする場合は
私は順応である。
だからむしろ私は
健全な
「自然適応者」
なのである。
不健全(問題)なのは
不自然であるものを
強制してくる
社会のありかたである。
だから私の
「(社会)不適応症」
は
治す必要が無い
どころか
もしも私の
「自然適応力」
を抑圧して
「不自然なものやこと」を
強要するのであれば
それこそ問題だ。
私は私の中の
「自然適応力」
「生理(自律)適応力」
を保持することの方を
社会の不自然なものへの
「気付きと拒絶」の能力を
保護して保持したいと
(「不適応症」を「治療」するという名目で
せっかくの「不自然なもの」に対する
「鋭敏な感受性」を抹殺する行為に
盲従するのではなく)
思う。
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