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2021年10月29日23:19

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博士号取得を目指すことは「(地位・名誉)欲」か

妻のパニック障害のことを
調べているうちに
なんだか気持が乗らなくなってきていた。

私はそもそも
鬱にはなったことがない楽天家なのだが
鬱には「うつる」という意味の語源としての機能がある
ように思える。

誰かの気が塞(ふさ)がっていると
周りの人の気も塞がってくる傾向がある
ように思える。

そんな中
夢を見た。

博士号を取ることが
自分の塞(ふさ)がりかけている気持を
晴れやかにする機能があることを
告げる夢だった。

それで
「地位も名誉も捨てて
 純粋に自由に哲学することが
 私の使命だ」
と思っていたにも係(かか)わらず
それだけでは塞がる可能性を思い知らせた
今回の事実に対して
(「今回(妻がパニック障害であることの判明)」の
 「事実」
 には
 「鬱が移る事実」
 だけではなく
 「私の哲学
  即ち
  自律性療法と中動態を方法とし
  無底(西田の絶対無、ホワイトヘッドの actual entity を含む)を原理とする
  哲学や宗教思想
  だけでは
  解決出来ない問題が存在している事実」
 も含まれている。
 それは私の哲学を
 さらに前進させなければならないことを
 私に求める事実
 でもある。)

「学力向上を目指す意欲は
 地位欲や名誉欲とは
 区別されなければならないこと」
を教えてくれた。

つまり
「学位取得を目指して努力すること」
それ自体には
名誉欲だとか
地位欲だとか
そういう煩悩とは無関係だ。

私の恩師である
花岡永子先生は
「博士号なんてどうでもいいのですよ」
と私が学籍を持っている間に
博士号を取れなかったことに対して
気を使って言ってくださったけれども

そんな私に対して
「今年は博士号を取得されましたでしょうか」
と心配して直接お電話下さったほど
私の博士号の取得に対して
気にかけてくださっていた
ということは

博士号の取得が
研究者としての
メルクマールの役割を果たしていることを
実証している。

学位は
大学を卒業したら
(所定の単位を取得し、卒業論文が受理されたら)
取得出来る
学士に始まって

大学院の修士課程を修了したら
(所定の単位を取得し、修士論文の審査に合格すれば)
取得出来る
修士号

そして
大学院の博士後期課程で
所定の年限内に博士論文を作成して審査に合格することで取得出来る
「課程博士」と

大学院の博士後期課程を
博士論文の審査に合格しないまま
「研究指導認定退学」などの
大学院ごとの規定に応じた呼称で「退学」し
その後
非常勤講師 → 常勤講師 → 助手 → 准教授 → 教授
など
大学(大学院)を職場とする「研究者」として
奉職しながら
論文を学会誌に投稿・掲載したり
単著を出版しながら
業績を蓄積し

そうした
「研究者としての公職の実績」
「留学の実績」
「学術雑誌への査読論文の実績」
「単著の実績」
などを
「学位審査願」
として
特定の大学に提出し
その大学の審査に合格することで
授与される
「論文博士」
がある。

「課程博士」
は
「研究者としての最低限度の資格」
として機能し

「論文博士」
は
「研究者として熟練の域に達した人である証」
として機能する。

なので
京大の私の指導教官などは
「論文博士の方が格が高いのだから
 論文博士を目指す方が良い」
と勧めてくれる。

しかし
留学経験も無く
大学への就職経験も無い私が
いくら
学術雑誌へ論文を投稿して
査読に合格して掲載する論文の本数を増やし
単著の冊数を増やして
学位取得願を提出しても

「論文博士」の
過去の取得者の実績に照らし合わせるならば
(京都大学には長年(2002.4.1〜2021.3.31)在籍した「実績」があるから
 まだ「配慮」してくれる可能性が無いわけではないかもしれないが
 それ以外の大学なら)
「論文博士」を目指す
という「目的」は
「無謀」
あるいは
「無駄」
な努力に過ぎない
と考えるのが妥当なように思える。

しかし
大阪市立大学で
商学の学士号を取得し(1984年)

関西大学大学院で
文学の修士号を既に取得していた(1994年)
私が

わざわざ
一度卒業した大学へ
再び入学した(京都大学、2002年4月)
のは

京大で博士号(文学)を
取得することを目的として定めていた
からだった。

それは
平成2(1990)年11月5日に体験した
宗教経験を語る為の
最も確実で信頼される学術(技能)を
修得する為であった。

けれども
進学するなら
大阪市立大学の大学院でも良かったし
関西大学大学院の博士後期課程でも良かった
筈であったが

自分自身が
京大や東大の大学院を修了して博士号を
京大や東大から授与されている人しか
信用していなかった
(この考えは勿論間違っているのだが)
ので

最も信頼されるであろう京大または東大に

そして自分は東大よりも
ノーベル賞の受賞者を最も多く輩出していた
(それだけ創造的な研究者を輩出し得る可能性を持つ大学だと思えた)
京大が好きだったので

大学は既に大阪市立大学を出ていたのだが
京大に入り直したのだった。
(本来ならば大学は大阪市立大学を卒業し(商学部)
 大学院の修士課程は関西大学大学院を修了している(文学研究科)のだから
 京大大学院の博士後期課程を受験すれば良いのだが
 同じ文学研究科とはいえ
 京大の大学院博士後期課程を受験して受かる自信が持てなかったので
 とにかく京大に受かる力をまずは試したかったから
 京大を受けたのだった。
 結局文学部ではなく教育学部に受かることになったのだったが。)

そして
京大に入つて
文学研究科の博士後期課程を
学部の2回生の頃から挑戦し始めたが

学部の2回生の11月に
踏み切りの遮断機に自転車で接触転倒して
脳挫傷を被る事故に遭って
ひどいめまいや高次脳機能障害の後遺症が出ることになって
その後遺症は
それから18年経過した今でも
完治したわけではないと思う。

そういう不幸もあって
結局文学研究科には進めずに
教育学研究科の
それも博士後期課程ではなく
修士課程から入学して(2009年)

そのまま教育学研究科の
博士後期課程に進学して(2012年)

令和3(2021)年3月31日に
研究指導認定退学するまで
教育学研究科の博士後期課程に
(途中3年間の休学期間を除いて)
在籍していた。

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

そんなことよりも
学位(博士号)を目指すこと

そして
実際に取得出来ないにしても
「学術」というものの
何たるかを知ることは
無駄ではない。

しかし
19年間京大に居て
研究者が如何なる者であるかを
見てきて思うことは

研究者は
文献を読み漁(あさ)っているだけで
また
語学を学び運用しているだけで
実際の問題を解決する能力を高めることに
第一の関心を持つ
という
一番大切なことを
放棄している
という
大きな欠陥に
気付いた。

学者
あるいは
研究者
とは

目の前で
人が苦しんでいても
そして
その人が死んでゆくのに
何も関心を持たず

ただ
自分が研究している書物の
意味が解明出来れば
それで満足している者
に過ぎないのだ。

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最終更新
令和3(2021)年10月29日 23時45分
令和3(2021)年10月30日  0時45分
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