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2021年10月25日00:00

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蒜山高原の古民家に住む隠遁者だからこそ出来る哲学と宗教

これまでの哲学と宗教が
原理を獲得し表現し実現する行為
で
あり得なかったのは

どの哲学者も宗教家も
地位や名誉や権威の内にあり
行為は
地位や名誉や権威を失うことに繋がるが故に
そのことを危惧して行為し得なかったからである。
(学者や研究者のコミュニティの中に居て
 みずからが学者や研究者であることを維持していこうとするのであれば
 それらのコミュニティの規範を逸脱する行為は許されないから。)

しかるに
今の私は
田舎の隠遁者である。

地位も名誉も権威も持たない。

財産(母の遺産)すら失ってしまった。

私には何も無い。

だからこそ
地位や名誉や権威から
離れて
自由な行為が可能だ。

だから
存在すべき哲学も
存在すべき宗教も
示すことが出来る。

ただし
行為は
現実の世界の中で
結果を生むので

現実の世界の諸悪から
自由なわけではない。

その事情は
昔の人も
今の人でも
そして
何も持たない私も
同じだ。

なので
たとえ
「本来存在すべき哲学が示す行為」
であれ
「本来存在すべき宗教が示す行為」
であれ

この「行為」に対する
外界の反応から
私は自由ではない。

個人情報保護法や
プライバシーの保護が定められているのは
個人の行為を
諸悪から守る為だ。

そういう意味では
「本来行為すべき真実」を含む
「本来の存在すべき哲学」も
「本来の存在すべき宗教」も
隠れていなければならない。

少なくとも
私がこの世に存在している限りは。

(神の「常態」が「隠れていること」であるのは
 (例えば『古事記』冒頭に出て来る、神の「隠身」)
 神でさえ世の中の諸悪から自由ではないからなのかもしれない。

 神なら諸悪を裁くことが出来そうだが
 神が世の中に姿を現したら
 諸悪はよってたかって神を抹殺しにかかるだろうからだ。

 とはいえ神は超越者だから
 被創造物から自由でなければならない。

 しかしそれは
 神が隱れた存在である限りのことであって
 神が神の常態である潜在性を逸脱すれば
 神でさえ諸悪の悪行から自由ではない。

 なぜならサタンは被造物ではないからであり
 サタンは神と同等の力を持っているからだ。

 その意味ではサタンも神だからだ。
 つまり神はサタンでもあるからだ。

 神が純粋な善であると考えるのは理性の限界であり
 神は単に善であるだけではなく悪も行為し得る存在。

 だからこそ
 この世に悪が存在し決して無くならない。

 悪は、悪が悪であることを認識できる為に
 神によって必要な原理として与えられている。

 もしも悪がこの世に存在せず
 善のみであったとしたならば
 この世は全く動かなかった(不動であった)だろうからだ。)

シェリングが
自(みずか)らの著作の公開を
『人間的自由の本質』1809年
(正しいタイトルは
 『人間的自由の本質およびそれと関連する諸対象に関する哲学的諸探求』
 " Philosophische Untersuchungen
  über das Wesen der menschlichen Freiheit
  und die damit zusammenhängenden Gegenstände ")
以降
行わなくなったのは
行為の結果が自らに及ぼす必然性を
危惧していたからだろう。

本当のことを誰も言えないのは
本当のことを言えば
自らに危険が発生することを
皆は怖(おそ)れるからだ。

なので本当は
私が死んでから
私の著作は公開すべきだろう。

本当のことを
生きているうちに言えば
本当のことを開示されると
都合の悪い人々や組織に
抹殺されてしまうかもしれないからだ。

たとえそのことが
本当は正しく善いことであったとしても。

イエスの思想は
今は称賛されているけれども
イエスが生きている時には
死刑に処されているのだから。

ソクラテスだって
同じ運命を辿った。

スピノザも破門だ。

マルクスだって
無産者階級(被支配者階級)の味方に立った思想を表明したら
攻撃の対象としての支配者階級から
総攻撃を受けて
逆に悪人にされている。

宗教家も
哲学者も
世の中の
権力や暴力や権威などの支配機構から
自由ではない。

病からの解放は
病因を解明し
原因を解消すれば
実現する。

しかし
世の中に存在している諸悪

それらは何も
暴力団や圧力団体に限らず
人の迷惑を顧みずに振る舞う人々や
他者を威圧する人々や
果てはいじめっ子
など
だけを意味しているのではない。

それらの中には
公然と認められた権力としての
軍事機構や政治組織や国家体制なども
それが或る個人にとって
「苦しみ」と感じられる限りにおいて
「悪」として機能し得る。

だから
世の中に存在している
あらゆる「力」
それが
「みずからの意志を実現する為に
 邪魔となる総(すべ)てに
 圧力をかけて
 抹殺することも躊躇しない意志」
が「存在」する限り
世の中には
「真実」は
存在し得ない。

「真実」が
「存在」しないのではなく
(実在していないのではなく)
「真実」は
「真実」として
世の中に現実存在すれば
たちどころに
「真実」を「公開」されると
「困る人々や団体や組織」によって
「妨害」されたり「圧力をかけられたり」
場合によっては
「抹殺」されてしまう
のが
「原理(必然・必定)」
なのだ。

このことを知るのが
「君子(賢者)」
であり
「君子は危うきに近寄らず」
ということになる。

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最終更新
令和3(2021)年10月25日  0時46分
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