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2021年10月02日23:19

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赫(かがや)く為に(その2)

iMac 27 inch 初代(2017年12月製造)より。

私は
妻の健康の為に
赫(かがや)く。

この赫(かがや)きは
自律性無底としての
内在超越(内在的超越者)の
賦活化であるから

私の悟性の輝きでも
私の感性の輝きでもなく
(つまり私の理性の輝きではなく)
私の意志の輝きでもなく
(つまり私の霊性の輝きでもなく)
それら総(すべ)ての
さらに奥の
自律性無底の赫(かがや)きである。

だからこそ
輝きでも
耀きでもなく
赫きなのである。

私は世間に信頼される為に
京大へ行った。

そして
学者(研究者)の信頼を得る為に
京大大学院の修士課程から
博士後期課程へ進み
学位(博士号)の取得を目指して
京大と京大大学院に
2002年4月1日から
2021年3月31日まで在籍した。
(途中2015年4月1日から2018年3月31日まで休学)

けれども
学位は取得出来ず
京都大学大学院 教育学研究科
教育科学専攻 教育学講座(教育哲学)
博士後期課程を
2021年3月31日に
研究指導認定退学した。

学位の取得は
(課程博士号であれ論文博士号であれ)
これからも「宿題(課題)」として
追求するつもりではあるが

学位取得よりも
優先すべき事柄として
妻の健康状態の悪化問題
があり

それは
「私が赫(かがや)くこと」で
「解決する」と
洞察した。

なので
私は赫(かがや)くことにした。

この「赫(かがや)き」は
私が私の「自律性無底」に従って
「哲学を無限に創造すること」で
生じる。

それは
地位の為でも
名誉の為でも
財産の為でも無い。

それは純粋に
自律性無底(純粋存在者=絶対無)を客体として
存在可能者である主体が産む表現としての
中動態系言語で
哲学的宗教を書物として
この世の中に残してゆくだけの事である。

その書物が
全国の大学や公立の図書館に所蔵されて
永続的に保存されれば
それに越した事は無いけれども

そうなるためには
私が学位(博士号)を取得して
学位論文として出版した書物を
出発点として
学位(教育学博士であれ文学博士であれ)を持つ者の書物として
正規の出版社からの出版物として
出版される事が理想であるけれども

その道を辿ろうとして
結局私は
父や母の命が尽きるまでに
成し遂げる事が出来なかった。

いったい
「信頼」とは
何であろうか。

「信頼」は
父母の「命」に
優る価値を有するものなのだろうか。

父の死(平成8=1996年1月26日寂)迄には
大阪府立北野高等学校合格(昭和50=1975年3月)と
大阪市立大学 商学部 商学科 生産管理論専攻 卒業(昭和59=1984年3月)と
塾講師としての就職(昭和59=1984年4月〜6月)と
関西大学大学院 文学研究科 哲学専攻 倫理学及宗教学専修 修士課程修了
(文学修士号取得=1994年3月)と
結婚(平成7=1995年11月19日)は
間に合ったが

京大合格(平成14=2002年3月)は
間に合わなかった。

母の死(平成31=2019年2月25日寂)迄には
京大合格と
京大大学院 修士課程合格(平成21=2009年3月)と
京大大学院 博士後期課程進学(平成24=2012年3月)は
間に合ったが

学位(博士号)の取得や
京都の大学への先生(常任講師など)としての就職は
間に合わなかった。
(母は
 私が京大で博士号を取得して
 京都の大学に先生として就職出来るように
 京都に家を建ててくれた(平成17=2005年11月1日)のに
 その「期待」に応(こた)える事が出来なかったのである。)

そして今度は
妻の健康状態の悪化
である。

私は
これに対処する為に
母からの遺産である
京都の土地と家を売却して
転地療養の為
蒜山高原に古民家を買って
リフォームして住む事にした。

古民家のリフォーム代で
母の遺産は
消えてなくなってしまった。
(開眼供養も出来ない状態に陥ったので
 開眼供養を自分たちですることにしたら
 妹が大反対した。

 しかし今
 開眼供養をすれば
 我々は破産するだろうから
 少なくとも今は出来ない状態で居るが

 閉眼供養を令和3(2021)年2月8日に済ませているので
 出来るだけ早い段階で開眼供養をしたいので
 開眼供養が出来る状態に経済状態が回復するのを待ってられないし
 そもそもお寺に頼るのではなく
 我々だけで祖先の供養をすることは
 むしろ良い事だと思うのだが

 そういうことを妹は理解しようともしないで
 お寺に開眼供養をしてもらう事を強要してきたので
 妹を絶縁した。)

しかし
蒜山高原に来れば
それで治ると思っていた
妻の症状は
悪化の一途(いっと)を辿(たど)るばかりで
一向に改善しなかった。

私は
妻に自律性療法を施してみたが
それだけでは
たいした効果が得られず
ますます妻は衰弱した。

困り果てた私は
妻の深層心理を探る事にした。

その過程で
私が発狂しかけた時
(私は令和3(2021)年9月2日から
 おそらくはB型インフルエンザと思われる
 (なぜならA型のインフルエンザに去年の12月8日頃に罹患しているから)
 高熱(39度3分以上)が続き
 9月4日の午後8時過ぎに
 とうとう意識障害を起こして倒れてしまった。
 その時の症状が
 ほとんど発狂状態であった。)
妻が私を看病する過程で
言ってくれた一言が
(妻は忘れてしまったようだが)
「私に輝いて欲しい」
という願いであったことを
洞察出来た。

そして
そのことを伝えると
妻の病状は
回復の傾向を見せ始めた。

妻にとって
私の「かがやき」が
一番の「夢」であり「希望」なのだ。

フォト
        (中学三年生の時の妻(右)と私(左)の寄せ書き)

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最終更新
令和3(2021)年10月3日 1時25分
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