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2021年08月15日00:19

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神仏に関わる儀式は、神職や司祭(牧師)、住職(僧正=僧侶と尼僧の総称)の専売特許(特権)か

今日も iPad Pro 12.9 inch から。

(冒頭の写真は
 令和3(2021)年8月14日夕の
 岡山県真庭市は蒜山高原の中蒜山山頂を源泉とする井川
 と
 塩釜の冷泉取水場(中蒜山登山口)
 の様子。

 妻の浄水専用吸入器に用いる為
 増水して橋を越えそうな勢いの井川に架かる小橋を
 渡って
 
 塩釜の冷泉水を
 汲(く)みに行ったのだが

 大雨だったにもかかわらず
 取水口からは
 時々水滴が滴(したた)り落ちる程度にしか
 水が出ていなかった。

 しかも
 Amazonで「残り一個」とあったのを
 買ってようやく届いた
 浄水専用吸入器(Omron NE-S19)は

 部品が折れてて使えず
 リコールするにも盆休みで
 2021年8月16日まで問い合わせ自体を待たないといけなくなり

 呼吸が苦しい妻にとっては
 試練の時である。)

神仏と交流するためには
神の啓示を
受ける
か
「空」や「無」や「まこと(ま(真)こと(事・言):真・実・誠)」を
覚(さと:悟)る
という
「実体験」
が無ければ

たとえ

神道学科のある大学を出て
階位(神職資格)
を得ても

4年生(プロテスタント)や
6年生(カトリック)の
神学校を卒業して
その後の
助祭(輔祭)などの
経験を経ても

仏教を専門に学べる大学を出たり
出家して僧門に帰して
僧正(僧侶(男性)または尼僧(女性))と成っても

宗教経験
(神からの啓示を受けたり
 無や空や真(まこと)の覚(悟:さと)りが開ける
 実体験)
を持たない
神職や
司祭(牧師)
(キリスト教の場合、
 「神」からの「あなたは神父になりなさい」という「召命」から
 すべてが始まるので、
 逆に
 神からの召命が無ければ
 神父への道がそもそも始まり得ないので
 司祭や牧師は、何らかの召命経験者であろうから
 宗教体験が無い司祭や牧師は居ないはず)
住職は
「職業宗教家」
ではあっても

本当には
神や
祖先と
会話できない。

むしろ
祖先と対話できる人は
祖先の直径の末裔のみだ。

職業宗教家の
入れる世界ではない。

本当には
神や
祖先と対話できない人に

神事や
法事を
営んでもらう
よりは

神や
仏と
対話できる人が
神棚や
祭壇や
仏壇の前で

祝詞を唱(とな)えたり
祈りを捧(ささ)げたり
お経を称(とな)える
ことのほうが

神仏は
喜んでくれるはずだ。

問題は
啓示を受けたり
悟りを開いたり
出来るのか
ということになるが

それは
出来る場合はできるし
出来ない場合は
出来ず

出来る出来ないは
その時々の
さまざまな事情と
当人の意識状態で
決まる。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

しかし私は
神仏との交流
すなわち
超越神と
それぞれの直径祖先全体との交流は
総(すべ)ての人が
出来るようになるべきだと
考える。

なぜなら
本当の意味での宗教を
知らないから

自分で神と対話できたり
全直径祖先からの情報を得ることが出来れば
間違うことのない判断が出来ずに

洗脳されてしまって
人生を棒に振ったり
人生を潰すことに
なると思われるから。

そして
超越神からの啓示を受けること
と
自分自身の全直径祖先からの生きた情報を
体感的直観的に受け取ることが
総ての人々に
可能な道を
提示することこそ
私の
使命だと体感している。

だからこそ
宗教原理を獲得する方法として
ヨーガや
坐禅や
キリスト教の祈りや
神道の禊(みそぎ)祓(はらえ)
などの
修行法とは
異なり

医療の現場で
(これは漢方医療や
 山本巌流の、西洋医学と東洋医学の統合としての第三医学をも含む)
総合的な医療体制で
行の結果を
観察し
(自律性療法は実際に意識の奥に働きかけるので
 溜まった意識下の異物が
 自律性療法の実施によって吐き出されるが
 その時、抵抗を受ける場合があり
 その場合、治療が停滞したり、前に進めなくなっりする)
対処も出来る
自律性療法(心身医学)を
推奨しているのだ。

これは
医療であるから
実施は
心療内科医であるが

自律性療法の場合
最終的には
自分自身で
自分自身の身心に働きかけて
無意識からの応答を得る方法を
修得することができるプログラムが用意されている。
(最近では九州大学医学部以外では
 自律性療法を実施することが出来る心療内科医が
 めっきり減ってしまっているのが
 残念無念だ。

 私は1979年の時点で
 自分が入手し得るあらゆる心療内科の専門書を
 詳しく読んで
 自分で自分に自律性療法を施していた。

 ルーテとシュルツによる
 自律性療法の体系的な決定版(英語)が
 ちょうど翻訳が全巻(全6巻)完成した頃だったが
 それはその時の財力では買えず

 京大に
 2002年4月に入学してから
 京大大学院博士後期課程を
 2021年3月に研究指導認定退学するまで
 図書館で(原書も)借りて読むことが出来るようになるまで
 読むことはできなかった。

 けれども
 池見酉次郎先生の著書や監修書を
 熟読することで
 自律性療法を修得していった。

 ただし
 本来はそれでは駄目だと思われる。

 なぜならば専門家のスーパービューがあって
 初めて正しい技法が行使され
 正しい効果も得られるだろうから。

 だから私は
 北野病院の神経・精神科で
 「隠れ癲癇(てんかん)」の
 脳波を測って経過観察に入る前に

 心療内科医に
 自律性療法を
 正式に倣(なら)いたい
 と思ったのだが

 京都で自律性療法を行なっている
 心療内科医は引っ越し日(2021年7月14日)までには
 見つけられなかった。)

自律性療法に依れば
仏教や
キリスト教のように
思想・信条が
無い為
却って
効果だけを増幅することが出来る
利点がある。
(「宗教的修行法の違いが
  結果としての宗教意識を異なったものにする」という
 山折哲雄の発想。)

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

自律性療法に依って
「無意識からの応答」が
修得されたら

「言葉遣い」が
自然に変化する。

「する・される」
という二肢言語文法の世界
から
「な(成・為・生)る」
という中動態系言語文法の世界へ。

他人に対して
「させる」という「他動詞」で
関係する世界
から
他人とか自分が「主体」なのではなく
「超越神」や「自然」が「主体(主役)」であり
「神の元(もと)の対等・平等・公平・自由」あるいは
「自然(生理・深層心理)の元(もと)の対等・平等・公平・自由」
が成立している
自発の「なる(成・為・生)」を中心とした中動態系言語文法の世界
へ
転換する。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

この
「宗教原理(無底)」を
「中動態系言語文法」で話す人々が居る世界は
原始時代には生産力の低い状態でしか実現できていなかった
「癒着的な共依存状態における対等・平等・公平、だからこそ不自由」な世界
とは
打って変わって
「それぞれが独立していながら
 しかも対立したり排除し合ったりする事もないままに
 対等・平等・公平が成立し、しかも
 生産力が十分に発達したからこそ実現された自由」
を
総ての人が享受できる世界。

これをマルクスは
共産制社会と呼んだが

しかし
マルクスの唯物史観には
宗教原理に対する誤解があるので

(でもマルクスは天才なので
 宗教を「麻薬」としか捉えない
 過ちをおかしていたとはいえ

 神の国から追放された人間が
 迷いの世界を放浪しつつ
 救世主が人類の罪を肩替わりしたことで
 人類が再び神の世界へ戻ってゆく
 という神話のストーリーを

 原始共産制から
 階級社会を経て
 再び共産制社会へ、しかし今度は
 十分に増大した生産力のお陰で
 癒着することなく

 それぞれが独立性を保ちつつ
 対等平等で公平な共産制社会を
 労働者階級を救世主とすることによって
 社会それ自身が発展してゆくという
 唯物史観を

 神話のストーリーはそのままに
 語って見せたからこそ
 万人の(特に無産者階級にの)ハートを鷲掴みにしたのだった。)

これを修正し
正しく安全な宗教原理の獲得技法としての
自律性療法で獲得した無底(絶対プリウス・絶対無・actual entity)を
中動態系言語文法で話し合う世界は

「共生社会」

と呼び得るだろう。

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最終更新
令和3(2021)年8月15日 11時52分
令和7(2025)年8月26日 17時43分
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