自殺したキャプテンにとっては暴力教師でも、他の生徒達にとっては恩師だったのか?
しかしながら、いくら自分達が世話になったとは言え、ヤバいことした者を擁護するのはいかがなものか?
戦後の教育が云々、甘ったれが増えた云々、という意見もあろうが、コレはまた別問題だ。
'12.7/12 に書いた日記で少し触れた、トンデモ教師Y2、
直接の被害者の私とS君の他、級友男女数名は三年生になってから「担任代わって良かった」的な話をしていた。
だが、割と仲の良かったA子は卒業文集にY2の指導に感謝する内容を書いた。
確かに、指導者として"まともな"発言は数多あった。
しかし、私もS君も、事件を目撃したN子(彼女)もT子も、Y2を許すコトは、多分、一生無い!
国家に例えれば"イスラエル!"
光景を思い出してしまうと、ヤケ酒もの!だが、というか、現在、飲めない状況だから書けるのかも!?(怒)
いくら自分達にとって"恩師"だったとしても、
償えないコトをやっていたら?
あるいは、償うべき償いを果たしていなかったら?
いくらプライベートでも、ヤバいことしたら?
「寛大な処分を」なんて、口が裂けても、言えません。
はっきり言って、Y2が左遷で済んだ?なんて、現在ならあり得ない!
ニュース症例、既に余りある"寛大な処分"だと思った・・・。
■桜宮高元顧問の寛大処分求め、1100人嘆願書
(読売新聞 - 02月14日 20:06)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=2324484&media_id=20&from=diary
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