以前「婦人雑誌の編集」に従事していた知人のブログにこんな内容のものがある。
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某化粧品会社が「もっとも理想的な肌の状態を保っている女性」というのは、どういう(環境にある)人たちだろうか?
というテーマで調査をした結果、それは・・・・・
「キリスト教のシスター達」
だったそうである・・すなわち日常的に『全く化粧をしない』女性たち、ざんすね。
要するに「もっとも理想的な肌の状態を保つ」為に最適な方法とは
「化粧しないスッピン状態」で過ごすこと
なのだ(笑)。
数多ある「女性情報誌」には当然のことながら、「お肌のケア」関連というのは当然の定番項目として毎回様々な情報が掲載されているわけだが、
まずおそらくは、
「もっとも理想的な肌の状態を保つ」為に最適な方法とは
「化粧しないスッピン状態」で過ごすこと
なんて情報は載らないことであろう・・・というのは皆さんご存知の通り、婦人情報誌の最大のスポンサーとは化粧品メーカーであるわけで、そんな「不都合な事実」を載せるわけないざんすからね(爆)
しかし果たして本当にスッピンであることが肌によろしいのか?
・・・ここで恒例の?同居中の弟子の日記をどうぞ!↓
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1667554021&owner_id=17325185
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1667560889&owner_id=17325185
奴の記事にあるように、我々は知らず知らずのうちに「無用な情報の蓄積」に呪縛されてしまっている・・のざんすよん。
ここでちょっと昨年の話に戻るが、クリスマスのTAICHI−KIKAKU身体詩劇公演において、我々プルミエは自分たちが作ってきたモチーフを演じていたのだが、
私だけは演出からそのモチーフが却下されてしまい(笑)、全然違う内容を演ずることになった・・のは以前の日記で紹介したのだが↓
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1609064392&owner_id=1057202
・・・とうわけで?文中に
(私としてもちょっと未練もあるので?いずれそれについても書くことにしよう・・笑)。
とあるが、ようやくそれを書こうという次第、あははは・・・ここまでが「前置き」ざんす、「表現意欲」が減退しているにしては相変わらず無駄に長い内容だねえ(爆)
私が演出のモリムラさんから出されたモチーフ出しの宿題として作ってきたのは、
「More!More!More!」
と名づけた一人芝居であった。
小道具として手製のロールペーパー?を使う。
至福のお神楽もこの時点からあったのだが、登場人物(私)は踊りながらも「パソコン」(を模した黒い箱)から離れることが出来ず、時々踊りを止めてパソコンに向かいキーボードを打ちまくる・・・・
とプリントアウトされた「情報」が、ペーペロペロと打ち出されて来るのだが、そこをロールペーパーを使用してあたかも無限大に紙が吐き出されてくるのだ・・・
そして次第に私は狂気じみてきて、「More!More!More!」
絶叫しながらぱちぱちキーボードを打ちまくり、あたかも「包帯にぐるぐる巻かれたミイラ」のごとくロールペーパーに絡め取られていき、最後は繭のようになってしまう・・・・
というような内容だったのざんすよん。
まあこれは要するに私の表現者としての能力が及ばないこともあって試行錯誤した挙句「全面却下」になってしまったのだが(笑)、もし優秀な演技者がやったとしたらかなりインパクトの強いシーンとなっていたことだろう。
この過剰な情報の洪水に飲み込まれ足掻く・・・というか、情報に翻弄されることで知識どころか実は精神的ストレスの方を蓄積していてしまう・・という悲しさ。
インド宗教には、出家者は「一切無所有」という戒律を遵守する・・という凄い宗派があったりするのだが、これにはある種の憧れすら覚えてしまうざんすねえ!!
まあモノの方はさておき、私たちは得てして「何もしない」ことに耐えられない。
何故かというと私たちは「何かをしている」ことで、「私が私である」事を確認して安心するからなのざんすね。
「私が私である」ことが確認できないと不安なのだ・・・
ただし霊性の道という奴は、その「根源的な不安」そのものを突き放してしまえ!!
なんぞという空恐ろしいことを要求するわけなのだ(爆)
さてさて、では「何かをしていなければ私という存在は成立しないのか?」
あきらかに否である・・・何をしていなくとも(逆説的には「何をしていようとも」)、
私という存在は一切の無条件で私そのもの・・であることに何らの変化も無い・・・のざんすよん!!
ではどうやってその境地に安住するのか?
ということであれやこれやの「スピリチュアルな教え」というのが登場してくるわけなのだが、その中に「バクティ」というものがある。
要するに、「死ぬも生きるも一切合財を神様にお任せしちゃう!!」
という何とも無責任な方法なのだ・・・無責任でいいのだよ、だって責任は神様の方にあるのざんすからね、わはははははは・・・・・!!
「私が私として在る」ということについて、神様の方に全責任を押し付けてしまうのだから、いちいち「私の中身」について、あれこれと心配し迷い悩み捜し求める必要が消失してしまう・・・のざんすね。
ただしひとつだけ条件がある、
「何がどうなっても『一切文句を言わない』こと」
ざんすよん!!
これが「大日本お気楽脳天気教?」の唯一の戒律なのだ(爆)
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