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富士山 【心の祭壇】コミュの富士山信仰から産まれた図像

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富士山参詣曼陀羅や「日月冨士」、冨士講のマークなどさまざまな
図像がありますよね。
それらを写真に撮って紹介してください。


まずは、「心冨士」。
これは北口冨士浅間神社の参道入口脇にある、扶桑教道場の入口で国道を通る人に見えるように立っている大きな(2m?)石碑の上部に刻まれています。
心が冨士に溶けこんでいます。
心冨士の下には「福」と「卍」。これはいかなる意味があるのか?
建てたのは群馬のある冨士講で、岩は玄武岩(冨士山の熔岩)、明治17年。
「登岳弐拾参度」の記念のようです。

ほかにも同じ様な心冨士があると思います。
見つけた人は紹介してください。

コメント(7)

花 杵 庵 さん
早速反応してくれてありがとう。

この講の名前は不明ですが、『上吉田の石像物』
(富士吉田市史編纂室編、H3年/市教育委員会発行)では、
「○」中に「山」のマークの講とされています。丸山講?
なぜその講なのかは明記されていません。
この講社は上州(群馬)だけでなく、
武州の大里郡、足立郡、豊島郡、津久井郡などの名もみえます。
現在の埼玉、東京、神奈川まで入っている広範な地域で構成されていたようです。

花 杵 庵  さん紹介の図は、
左は「富士参詣曼陀羅図」(狩野元信印、富士宮市・富士山本宮浅間大社)ですよね。
もちろん神社のお宝ですので、持っていません。
右は「木花咲耶姫」の掛軸ですね。
この掛軸は家にないと思います。

富士参詣曼陀羅図は大好きです。
3度本物をガラス越しに拝みました。
本やハガキではたくさん持っています。
最初にこの図に出会ったのが、
1982年に原宿のラフォーレミュージアムで開かれた
「アジアの宇宙観」展の「<1> コスモス編 ── アジア精神世界全俯瞰 ── メール山から須弥・仙境へ」を見に行った時です。
展示の最期のコーナーが「神仙の秘境、崑崙から富士山へ」で、
その最期にこの図が出てきて展示が終わるのです。
企画・構成はグラフィック・デザイナーで直感民俗学者の杉浦康平さん。大変尊敬する方です。
そのころ富士山を離れ、東京で精神世界専門の書店といわれる本屋を経営していました。それから12年経って富士山に還るのですが、その展覧会で富士参詣曼陀羅図を拝んだのが、帰還へのターニングポイントだったのかもしれません。

展覧会のカタログは、そのまま講談社より
『[アジアの]コスモス┼マンダラ』として発売されました。
もう絶版ですが、古本で手に入れられるならオススメです。

写真は
左と中:「アジアの宇宙観」展のフライヤー
右:  『[アジアの]コスモス┼マンダラ』表紙カバー表面
「心の冨士」シリーズ
東口登山道起点・須走浅間神社(静岡県小山町)境内の石碑編
その1 △△△ 丸山講
丸山講の石碑には
「和歌山県紀伊新宮市」
「登山八百九十九度大願成就」
「冨士山大先達日本第一修行者」
「古屋■之■」
と刻まれている。

DALAさんの故郷ですね!
「心の冨士」シリーズ
東口登山道起点・須走浅間神社(静岡県小山町)境内の石碑編
その2 △△△ 報恩謝徳
「心の冨士」シリーズ
東口登山道起点・須走浅間神社(静岡県小山町)境内の石碑編
その3 △△△ 登山記念碑

心冨士の上部に刻まれた篆書文字、どなたか読んでください
「心の冨士」シリーズ
東口登山道起点・須走浅間神社(静岡県小山町)境内の石碑編
その4 △△△ 丸岩講 登山五十五度

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