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コメント(418)
小沢昭一が藤圭子について何か書いていないかと思い、「私は河原乞食・考」を買って読んでみたのだが、何も言及はなかった。もっともこの本が出たのは昭和４４年９月２５日（第一刷）で、藤圭子のデビュー当日なので、この時点では小沢昭一は藤圭子を知らない。書かれていなくて当然なのだが。
いくつか興味深い話が。
「演歌・えんか・艶歌＝ならびにえんか師について＝語り手・桜井敏雄さん」という章がある。
以下、紹介したい。
演歌師が香具師の傘下にあることは、まえにちょっとふれた。当節の艶歌師は唄を売るのであるが、まえは、唄本を売るための「愛敬芸術」として唄をきかせた。
演歌はもと自由民権の壮士たちの演説歌として生まれたわけだが、唄本を売ったことから、演歌師、演歌屋として職業が成立する。街頭の商いであるから、香具師の管轄に入り、縁日などのかたすみで、バイオリン片手にカスリの着物にハカマという書生姿で唄本を売り、レコードなき時代の「流行歌」をひろめた。昭和になってからは、酒場、カフェなど、夜の歓楽街を流すようになり、楽器もバイオリンからギターになって、いつのまにか「演歌」から「艶歌」と変わった。
その間、石田一松は「演歌師」からでて「芸能人」になり、さらに「演歌」本来の政治性を身につけ代議士となる。また、戦後は、艶歌師から続々、歌謡曲のスターが生まれた。民権運動に出発した演歌は、大道愛敬芸術を経て、大衆芸能になったわけである
いくつか興味深い話が。
「演歌・えんか・艶歌＝ならびにえんか師について＝語り手・桜井敏雄さん」という章がある。
以下、紹介したい。
演歌師が香具師の傘下にあることは、まえにちょっとふれた。当節の艶歌師は唄を売るのであるが、まえは、唄本を売るための「愛敬芸術」として唄をきかせた。
演歌はもと自由民権の壮士たちの演説歌として生まれたわけだが、唄本を売ったことから、演歌師、演歌屋として職業が成立する。街頭の商いであるから、香具師の管轄に入り、縁日などのかたすみで、バイオリン片手にカスリの着物にハカマという書生姿で唄本を売り、レコードなき時代の「流行歌」をひろめた。昭和になってからは、酒場、カフェなど、夜の歓楽街を流すようになり、楽器もバイオリンからギターになって、いつのまにか「演歌」から「艶歌」と変わった。
その間、石田一松は「演歌師」からでて「芸能人」になり、さらに「演歌」本来の政治性を身につけ代議士となる。また、戦後は、艶歌師から続々、歌謡曲のスターが生まれた。民権運動に出発した演歌は、大道愛敬芸術を経て、大衆芸能になったわけである
藤圭子の自叙伝には「演歌の星 藤圭子物語」（1971年7月10日発行・ルック社）と新評1970年12月号（新評社）に掲載された「私の十八年」がある。前者は記者の手が加わっているように思うが、後者は彼女自身が書いたものと思う。
その新評12月号に次のような文章が掲載されている。執筆者は新評の編集者だろう。
「凝縮した怨念の核」といわれた藤圭子の声も殺人的な過密スケジュールの前にはともすればかすれがち。“命預けます”を歌いつづけるその瞳から輝きが失われるのを惜しむ人は多い。
あまりにも過酷なアイドルの座、でもいつまでもおりないで欲しい。
最後の一行が気にかかる。デビュー１年後、藤圭子１９歳のスケッチである。
その新評12月号に次のような文章が掲載されている。執筆者は新評の編集者だろう。
「凝縮した怨念の核」といわれた藤圭子の声も殺人的な過密スケジュールの前にはともすればかすれがち。“命預けます”を歌いつづけるその瞳から輝きが失われるのを惜しむ人は多い。
あまりにも過酷なアイドルの座、でもいつまでもおりないで欲しい。
最後の一行が気にかかる。デビュー１年後、藤圭子１９歳のスケッチである。
森山大道の怨念のレンズが藤圭子をとらえた（昭和４６年１月２６日発行「週刊プレイボーイ」）
怨念の映像・新シリーズ 森山大道 対 藤圭子
「カラーで７ページです」
「もったいないわね」
「えっそんなことないよ」
この仕事を始める時の会話である。
そして、記者の答えは藤圭子の発想とはまるで違う次元にある。
藤圭子はそういう世界に住んでいた。
身 長 １５５センチ
体 重 ４０キロ
バスト ７７
ウェスト ５６
ヒップ ８１
まことにきゃしゃとしかいいようのない肉体で、彼女は働き続ける。あるいは歌い続ける。
いたいたしいという感想は、しかし ポツンとはねかえって来る。
そういう発想の世界で 彼女は歌っていないのである。
もし青春というものがあったら 私の場合は歌。
と彼女は答えるだろう。
そして、そこにはてらいも気負いも おそらくはあきらめさえもない。
藤圭子 １８歳。
昨年末フジテレビで録画された“美空ひばり芸能生活２５周年記念番組”に彼女がゲスト出演した夜 われわれの特写の申し出に ひばりは快く応じてくれた。そして カメラに向かっている間 ひばりが藤圭子に対してみせた優しい心づかい。そこにわれわれがみたのは演歌を歌うものの血のつながりであった。
演歌の星 と人は彼女を呼ぶ。彼女の場合は怨歌だといった人もある。
極めて貧しい生れ。両親のいっしょに流しをしていたこと。細い体からしぼり出される暗い声。
演歌というものに、人生のさまざまな想いを託すことに慣れた人々が 同じような想いを彼女自身に託すことは むしろ自然であろう。 しかし 彼女はやはりそういう世界に住んではいない。年の瀬の夜 ひばりとの血のつながりを見たように まぎれもなく彼女は演歌を歌う人である。
しかし 人々が人生のさまざまな想いを託してきた演歌 歌手たちがさまざまの思いを託すかのように歌って来た演歌と 彼女の歌う演歌は違うのではないか。彼女の演歌はまったく新しい質のものなのではないか。
藤圭子 昭和２７年７月５日生れ。
怨念の映像・新シリーズ 森山大道 対 藤圭子
「カラーで７ページです」
「もったいないわね」
「えっそんなことないよ」
この仕事を始める時の会話である。
そして、記者の答えは藤圭子の発想とはまるで違う次元にある。
藤圭子はそういう世界に住んでいた。
身 長 １５５センチ
体 重 ４０キロ
バスト ７７
ウェスト ５６
ヒップ ８１
まことにきゃしゃとしかいいようのない肉体で、彼女は働き続ける。あるいは歌い続ける。
いたいたしいという感想は、しかし ポツンとはねかえって来る。
そういう発想の世界で 彼女は歌っていないのである。
もし青春というものがあったら 私の場合は歌。
と彼女は答えるだろう。
そして、そこにはてらいも気負いも おそらくはあきらめさえもない。
藤圭子 １８歳。
昨年末フジテレビで録画された“美空ひばり芸能生活２５周年記念番組”に彼女がゲスト出演した夜 われわれの特写の申し出に ひばりは快く応じてくれた。そして カメラに向かっている間 ひばりが藤圭子に対してみせた優しい心づかい。そこにわれわれがみたのは演歌を歌うものの血のつながりであった。
演歌の星 と人は彼女を呼ぶ。彼女の場合は怨歌だといった人もある。
極めて貧しい生れ。両親のいっしょに流しをしていたこと。細い体からしぼり出される暗い声。
演歌というものに、人生のさまざまな想いを託すことに慣れた人々が 同じような想いを彼女自身に託すことは むしろ自然であろう。 しかし 彼女はやはりそういう世界に住んではいない。年の瀬の夜 ひばりとの血のつながりを見たように まぎれもなく彼女は演歌を歌う人である。
しかし 人々が人生のさまざまな想いを託してきた演歌 歌手たちがさまざまの思いを託すかのように歌って来た演歌と 彼女の歌う演歌は違うのではないか。彼女の演歌はまったく新しい質のものなのではないか。
藤圭子 昭和２７年７月５日生れ。
日本の顔顔顔……９９ 疋田桂一郎・森本哲郎 朝日新聞社
昭和４６年１１月２５日第一刷発行
庶民派 藤圭子 歌手
十五、十六、十七と、キミの人生暗かった？
「えっ、別に暗くないです。あたしの青春はくらくない……自分なりに……」
楽しかった？
「……楽しいときもあったし、悲しいときも……あったから、いちがいに……」
楽しかったのは？
「……」
巡業先でオカシをもらったときうれしかったって？
「えっ？ あ……子どものときですね。ええ、あのころはオカシもらうと……。でも……べつにないですね、うれしかったこと」
じゃ悲しかったのは？
「……いっぱいあるからわからない。……急にいわれても……きのうのこともおぼえていないんだから。……声が出なくなったときとか、歌がうまくうたえなかったときとか……まア、おおざっぱにいえばそんなもんじゃないでしょうか」
自分の性格、明るいと思う？
「暗いと思います」。
どんなとこ？
「……ヒトが大勢いるパーティとか……ヒトが多くなってくると、うちとけられない。二、三人で話してるのがいちばんよくて……」
なにがいちばん大切？キミにとって。
「……友だち。やっぱり身近にね……いる……そういう……ホントの少ない人数を大切にしたいと……。あまりたくさんのヒトとつきあいたいと思わないです」。
どうして？
「いまの場合はね、ホラ、いろんなヒトと付き合っているでしょう。気に入らないヒトでもニコニコあいさつしなきゃいけないでしょう。やっぱり相手にカンジよくしなきゃいけないし……自分の義務だし。だから将来は少ない人数のヒトとつきあって……大切に」
どんなヒトきらい？
「図々しいヒト。……やたらになぐったりなんかするヒトいるでしょ。そういうヒト、いやですね」。
じゃ、どんなヒト好き？
「やさしい……あっさりしたヒト」
キミの性格きついの？
「そんなことないです。演歌やってるから根性あるとか……そんなことないですよね。意外と気が小さくて……」
なにが欲しい？
「……あのう……欲しいっていったら、鏡台欲しいですね」。
持ってないの？
「持ってるんですけど……小さくて。だから大きいのが欲しい。クシやなんか置くとこが大きいやつ」。
買えばいいのに。
「そうねえ。……でも、自分お小遣いじゃ買う気しないから。フフフ」。
キミ、月給なんだってね。
「ええ。月給です」。
五〇万だって？
「えっ、五○万円！どうしてですか？」。
どっかの週刊誌に出てたけど。五〇億かせいだが、月給五〇万円、なんて。
「週刊誌って……まァ、よく調べますね。税務署じゃあるまいし」。
そんなこと書かれてイヤ？
「なんでも書かれたらイヤです。いいことなんて書いてくれないんだから」。
じゃ、いいこと書かれたら？
「えっ？いいこと書いてくれなくていいです。真実の……真実のことなら」
いままでうたった中で、どの歌が好き？
「好きとか、きらいとかじゃないんです。やっぱり、これは……」
ショウバイ？
「いいえ。やっぱ、ひとつひとつに愛情っていうかなァ。なんか、思い出じゃないですけど、なん
か、こう……」。
「銀座カンカン娘」が好きだって？
「あっ、そう。まア、……好きです」。
歌うたっているとき楽しい？
「イエ、そんなことないですよ。歌は、やだなアと思ってもうたわなきゃならないし……やっぱ遊ん
でいるときが楽しい」。
なにして？
「映画見たり、町に買物に言ったり、友だちとキャッキャいって……」。
好きな歌手は？
「美空ひばりサンと……水前寺清子サン……それから……みんな好き」。
かなわないと思う？
「ええ。とってもかなわない」
いろんなところ旅したでしょう。どんな町がよかった？
「……新宮って……海がきれいだった。長崎……は夜景がよかったし、高知、アレ、松山だったか
ナ、川がとてもキレイ」。
東京きたないからねえ。どこに住みたい？
「……住むんだったら、こう、山が見えて、そいで商店街があって……そういうとこ」
いま、しあわせ？
「……まアね。自分でしあわせだと思ったらしあわせなんですね。自分の気持ちしだい。オカネがあ
ろうとなかろうと……」
なにか気がかりなことある？
「……やっぱり家族です」。
心配？
「心配ですね。いろいろと」
ユメは？
「……べつにないです」。
でもいつか開くでしょう。
「ええ、そのうちいいことでもあるだろうと思って……フフフ」
思ったより分別くさく、思ったより明るく、思ったよりキツそうで、そして、思ったよりつくられていない娘サンであった。
（哲）
昭和４６年１１月２５日第一刷発行
庶民派 藤圭子 歌手
十五、十六、十七と、キミの人生暗かった？
「えっ、別に暗くないです。あたしの青春はくらくない……自分なりに……」
楽しかった？
「……楽しいときもあったし、悲しいときも……あったから、いちがいに……」
楽しかったのは？
「……」
巡業先でオカシをもらったときうれしかったって？
「えっ？ あ……子どものときですね。ええ、あのころはオカシもらうと……。でも……べつにないですね、うれしかったこと」
じゃ悲しかったのは？
「……いっぱいあるからわからない。……急にいわれても……きのうのこともおぼえていないんだから。……声が出なくなったときとか、歌がうまくうたえなかったときとか……まア、おおざっぱにいえばそんなもんじゃないでしょうか」
自分の性格、明るいと思う？
「暗いと思います」。
どんなとこ？
「……ヒトが大勢いるパーティとか……ヒトが多くなってくると、うちとけられない。二、三人で話してるのがいちばんよくて……」
なにがいちばん大切？キミにとって。
「……友だち。やっぱり身近にね……いる……そういう……ホントの少ない人数を大切にしたいと……。あまりたくさんのヒトとつきあいたいと思わないです」。
どうして？
「いまの場合はね、ホラ、いろんなヒトと付き合っているでしょう。気に入らないヒトでもニコニコあいさつしなきゃいけないでしょう。やっぱり相手にカンジよくしなきゃいけないし……自分の義務だし。だから将来は少ない人数のヒトとつきあって……大切に」
どんなヒトきらい？
「図々しいヒト。……やたらになぐったりなんかするヒトいるでしょ。そういうヒト、いやですね」。
じゃ、どんなヒト好き？
「やさしい……あっさりしたヒト」
キミの性格きついの？
「そんなことないです。演歌やってるから根性あるとか……そんなことないですよね。意外と気が小さくて……」
なにが欲しい？
「……あのう……欲しいっていったら、鏡台欲しいですね」。
持ってないの？
「持ってるんですけど……小さくて。だから大きいのが欲しい。クシやなんか置くとこが大きいやつ」。
買えばいいのに。
「そうねえ。……でも、自分お小遣いじゃ買う気しないから。フフフ」。
キミ、月給なんだってね。
「ええ。月給です」。
五〇万だって？
「えっ、五○万円！どうしてですか？」。
どっかの週刊誌に出てたけど。五〇億かせいだが、月給五〇万円、なんて。
「週刊誌って……まァ、よく調べますね。税務署じゃあるまいし」。
そんなこと書かれてイヤ？
「なんでも書かれたらイヤです。いいことなんて書いてくれないんだから」。
じゃ、いいこと書かれたら？
「えっ？いいこと書いてくれなくていいです。真実の……真実のことなら」
いままでうたった中で、どの歌が好き？
「好きとか、きらいとかじゃないんです。やっぱり、これは……」
ショウバイ？
「いいえ。やっぱ、ひとつひとつに愛情っていうかなァ。なんか、思い出じゃないですけど、なん
か、こう……」。
「銀座カンカン娘」が好きだって？
「あっ、そう。まア、……好きです」。
歌うたっているとき楽しい？
「イエ、そんなことないですよ。歌は、やだなアと思ってもうたわなきゃならないし……やっぱ遊ん
でいるときが楽しい」。
なにして？
「映画見たり、町に買物に言ったり、友だちとキャッキャいって……」。
好きな歌手は？
「美空ひばりサンと……水前寺清子サン……それから……みんな好き」。
かなわないと思う？
「ええ。とってもかなわない」
いろんなところ旅したでしょう。どんな町がよかった？
「……新宮って……海がきれいだった。長崎……は夜景がよかったし、高知、アレ、松山だったか
ナ、川がとてもキレイ」。
東京きたないからねえ。どこに住みたい？
「……住むんだったら、こう、山が見えて、そいで商店街があって……そういうとこ」
いま、しあわせ？
「……まアね。自分でしあわせだと思ったらしあわせなんですね。自分の気持ちしだい。オカネがあ
ろうとなかろうと……」
なにか気がかりなことある？
「……やっぱり家族です」。
心配？
「心配ですね。いろいろと」
ユメは？
「……べつにないです」。
でもいつか開くでしょう。
「ええ、そのうちいいことでもあるだろうと思って……フフフ」
思ったより分別くさく、思ったより明るく、思ったよりキツそうで、そして、思ったよりつくられていない娘サンであった。
（哲）
二度と繰り返したくない人生（１） 藤圭子
ふたたびいい女列伝 山下勝利著（1995年10月20日第一刷発行）より
結婚のいきさつを聞かれ、テレからか、なりゆきです、もののはずみですと答える人がいる。
実情は大恋愛だったり、中であったり、なかには小の名残をかき集めた場合もある。が、いずれにせよ、惚れて惚れられて一緒になったと周りは思う。
結婚とはそういうものだという先入観があるからだ。嫌いな人と将来を誓うはずがない。しかし、結婚したヒトなら分かることだが、ことのなりゆきというか、はずみでしてしまう要素はたしかにある。
特に、はずみというのが怖い。たまたま何かの飲み会でふたりが出会う。隣の席に居合わせる。お互いに顔は知っているが、話したことはない。その程度の関係だ。
つまらない上司の冗談やら、マイクをかじりそうに歌うオジサンのカラオケを聞かされているうちに、出ようか、ええ、となる。
もちろん、そのときはなにも起こらない。なにかあったら、これは出合い頭のバッティング。一夜の出来事、または間違いですむ。
ひどい会だったね。今度はもう少しマシなときに出会いたいね。ことのついでに口走る。酒が言わせたことばかもしれない。はずみの第一歩だ。
一歩踏み出せば、あとはなだれをうつ。次に会ったときはなんとなく共犯者の心境になっているから、ことは早い。男がとっておきの背広に身を固めれば、女性のほうだって、見られて恥ずかしくない下着を着用するぐらいの準備は怠らない。
そして結ばれ、いくばくかの感動があれば、キミを離さない、私も、なんてことになる。
むろん、これは極端な例だ。すべてがこんなに簡単に誕生するわけではない。熟慮のうえに熟慮を重ね、自分自身にとってベストの選択をしているはずだ。ただ、そこに至るまでの過程において、はずみというものは無視できない。熟慮が勝てれば世の中の夫婦は十分の一も生まれていない。
「最初の結婚は、はずみでしてしまったようなものです。若気のいたりというか、若すぎたからとしか言い様がないですね。だって、十九や二十歳の女に先のことを見極める能力なんてありません。一つだけ言えるとしたら、同じ人生を二度と繰り返したくないということでしょうね」
藤圭子である。
ふたたびいい女列伝 山下勝利著（1995年10月20日第一刷発行）より
結婚のいきさつを聞かれ、テレからか、なりゆきです、もののはずみですと答える人がいる。
実情は大恋愛だったり、中であったり、なかには小の名残をかき集めた場合もある。が、いずれにせよ、惚れて惚れられて一緒になったと周りは思う。
結婚とはそういうものだという先入観があるからだ。嫌いな人と将来を誓うはずがない。しかし、結婚したヒトなら分かることだが、ことのなりゆきというか、はずみでしてしまう要素はたしかにある。
特に、はずみというのが怖い。たまたま何かの飲み会でふたりが出会う。隣の席に居合わせる。お互いに顔は知っているが、話したことはない。その程度の関係だ。
つまらない上司の冗談やら、マイクをかじりそうに歌うオジサンのカラオケを聞かされているうちに、出ようか、ええ、となる。
もちろん、そのときはなにも起こらない。なにかあったら、これは出合い頭のバッティング。一夜の出来事、または間違いですむ。
ひどい会だったね。今度はもう少しマシなときに出会いたいね。ことのついでに口走る。酒が言わせたことばかもしれない。はずみの第一歩だ。
一歩踏み出せば、あとはなだれをうつ。次に会ったときはなんとなく共犯者の心境になっているから、ことは早い。男がとっておきの背広に身を固めれば、女性のほうだって、見られて恥ずかしくない下着を着用するぐらいの準備は怠らない。
そして結ばれ、いくばくかの感動があれば、キミを離さない、私も、なんてことになる。
むろん、これは極端な例だ。すべてがこんなに簡単に誕生するわけではない。熟慮のうえに熟慮を重ね、自分自身にとってベストの選択をしているはずだ。ただ、そこに至るまでの過程において、はずみというものは無視できない。熟慮が勝てれば世の中の夫婦は十分の一も生まれていない。
「最初の結婚は、はずみでしてしまったようなものです。若気のいたりというか、若すぎたからとしか言い様がないですね。だって、十九や二十歳の女に先のことを見極める能力なんてありません。一つだけ言えるとしたら、同じ人生を二度と繰り返したくないということでしょうね」
藤圭子である。
二度と繰り返したくない人生（２） 藤圭子
やることがないから歌いはじめただけだ
藤圭子。本名、宇多田純子は一九五一年七月五日に岩手県一関で生まれた。
両親はともに浪曲師。東北地方、北海道を中心に巡業していた。藤圭子が参加したのは十歳の頃からだった。レパートリーは歌謡曲と民謡がニ、三曲ずつ。
歌が好きだとか、歌手に憧れていたわけではない。気がつけば歌わなければならない立場にいた。巡業の舞台ではひとりでも出演者が増えれば、それだけギャラも増える。何かできることはないかと、母親にいわれて、じゃあ、歌でもと始めたのが最初だ。好きで歌った覚えはない。
中学三年のとき、北海道岩見沢市の温泉の専属歌手になった。それまで小学校、中学を通じて４回転校しているが、旅回りの役者一座のように大型バスで移動し、行く先々で通学するといった生活ではなかった。自宅を拠点とし仕事があるとニ、三日の巡業に出掛ける生活だった。それでも仕事の多い地方に住むようになるのはやむを得ない。
口数が少ないのは転校が多かったことも原因の一つだろう。心を開ける友だちができる頃になると決まって、転居の話が出た。
岩見沢では、あの子の歌はピカイチだと評判になっていた。そんなある日、東京から歌謡ショーが来た。市民会館での公演だという。
ところが歌手の一人が風邪でダウン。急遽、代役を頼まれた。そこで同行していた作曲家に東京に出てこないかと声をかけられた。
「あの頃は、中学を出て親を助けて働くのは当たり前でしたから、どうせ働くのなら東京もいいかなと。地方ですと、バスガイドかどこかのお店の店員さんでしょ。それより違ったものがありそうで」
連絡船と夜汽車を乗り継いで上京。十五歳のときだった。
東京では、歌のレッスンを受けながら仕事を探したが、思うような働き口はない。両親も上京して流しをしていたが、こちらも思わしくない。
お前が一緒に流してくれれば、もう少し声がかかるかもしれない。
それで、父と母は三味線、娘はギターを抱えて三人で流しを始めた。錦糸町がスタートだった。東京に来て一年目のことだった。毎晩、花壇街の辺りを流し歩いた。
若い女の子が珍しかったのか、三人組の流しは結構流行った。問題は警察だ。未成年では深夜の労働ができない。警察官に年齢を尋ねられ、二十歳と言い張った。老けて見えたのか、それで通った。
「当時は流しのほかに、昼間はモデルのアルバイトもしていました」
大きなクラブに呼ばれて歌ったとき、客の中にモデル事務所の関係者がいた。その縁で始めたアルバイトだ。
女性週刊誌の実用記事、「お肌の手入れ」「悩み事相談室」などのカット写真。テレビの歌番組でスターの後ろで手を振るファン。そんな仕事だ。
一度、お茶のＣＭで三田佳子と「共演」したことがある。お姉さん役の三田佳子の横で、ただ笑っているだけの妹役だった。
へえっ、これがあの三田さんか。そう思っただけで、自分が芸能界に入り込むとは思っていなかった。
デビューするのは十八歳のとき。その前年、浅草を流していてスカウトされたのがきっかけだ。
一曲目が「新宿の女」。新人としてはかなり好調な滑り出しだった。
二曲目は「女のブルース」、これがいきなりヒットチャートの第一位。
二カ月後に出した第三弾「圭子の夢は夜ひらく」がまたまたトップ。これで完全に藤圭子ブームに火がついた。
「十五、十六、十七と」と歌い出す、はかなげでいながらサビのきいた藤圭子の歌声と、「私の人生暗かった」というフレーズが聞く者の胸をうった。」
ひとつにはマスコミが喧伝した薄幸の少女のイメージがあったからだ。地方巡業の浪曲師を両親にもち、十代で歓楽街の流しを経験したという経歴がそうさせたのだろう。
「自分では、ごく普通の子どもだったと思っています。むしろ、あまり感受性が強くなかったですね。田舎育ちで自由でのびのびと育っていますし、地方にいると情報が遅れますから、欲がわかないんです。モノを欲しがらないというか、知らないから欲しいという気持ちにならないんです。だから、自分が特別に幸せ薄いとは感じない」
やることがないから歌いはじめただけだ
藤圭子。本名、宇多田純子は一九五一年七月五日に岩手県一関で生まれた。
両親はともに浪曲師。東北地方、北海道を中心に巡業していた。藤圭子が参加したのは十歳の頃からだった。レパートリーは歌謡曲と民謡がニ、三曲ずつ。
歌が好きだとか、歌手に憧れていたわけではない。気がつけば歌わなければならない立場にいた。巡業の舞台ではひとりでも出演者が増えれば、それだけギャラも増える。何かできることはないかと、母親にいわれて、じゃあ、歌でもと始めたのが最初だ。好きで歌った覚えはない。
中学三年のとき、北海道岩見沢市の温泉の専属歌手になった。それまで小学校、中学を通じて４回転校しているが、旅回りの役者一座のように大型バスで移動し、行く先々で通学するといった生活ではなかった。自宅を拠点とし仕事があるとニ、三日の巡業に出掛ける生活だった。それでも仕事の多い地方に住むようになるのはやむを得ない。
口数が少ないのは転校が多かったことも原因の一つだろう。心を開ける友だちができる頃になると決まって、転居の話が出た。
岩見沢では、あの子の歌はピカイチだと評判になっていた。そんなある日、東京から歌謡ショーが来た。市民会館での公演だという。
ところが歌手の一人が風邪でダウン。急遽、代役を頼まれた。そこで同行していた作曲家に東京に出てこないかと声をかけられた。
「あの頃は、中学を出て親を助けて働くのは当たり前でしたから、どうせ働くのなら東京もいいかなと。地方ですと、バスガイドかどこかのお店の店員さんでしょ。それより違ったものがありそうで」
連絡船と夜汽車を乗り継いで上京。十五歳のときだった。
東京では、歌のレッスンを受けながら仕事を探したが、思うような働き口はない。両親も上京して流しをしていたが、こちらも思わしくない。
お前が一緒に流してくれれば、もう少し声がかかるかもしれない。
それで、父と母は三味線、娘はギターを抱えて三人で流しを始めた。錦糸町がスタートだった。東京に来て一年目のことだった。毎晩、花壇街の辺りを流し歩いた。
若い女の子が珍しかったのか、三人組の流しは結構流行った。問題は警察だ。未成年では深夜の労働ができない。警察官に年齢を尋ねられ、二十歳と言い張った。老けて見えたのか、それで通った。
「当時は流しのほかに、昼間はモデルのアルバイトもしていました」
大きなクラブに呼ばれて歌ったとき、客の中にモデル事務所の関係者がいた。その縁で始めたアルバイトだ。
女性週刊誌の実用記事、「お肌の手入れ」「悩み事相談室」などのカット写真。テレビの歌番組でスターの後ろで手を振るファン。そんな仕事だ。
一度、お茶のＣＭで三田佳子と「共演」したことがある。お姉さん役の三田佳子の横で、ただ笑っているだけの妹役だった。
へえっ、これがあの三田さんか。そう思っただけで、自分が芸能界に入り込むとは思っていなかった。
デビューするのは十八歳のとき。その前年、浅草を流していてスカウトされたのがきっかけだ。
一曲目が「新宿の女」。新人としてはかなり好調な滑り出しだった。
二曲目は「女のブルース」、これがいきなりヒットチャートの第一位。
二カ月後に出した第三弾「圭子の夢は夜ひらく」がまたまたトップ。これで完全に藤圭子ブームに火がついた。
「十五、十六、十七と」と歌い出す、はかなげでいながらサビのきいた藤圭子の歌声と、「私の人生暗かった」というフレーズが聞く者の胸をうった。」
ひとつにはマスコミが喧伝した薄幸の少女のイメージがあったからだ。地方巡業の浪曲師を両親にもち、十代で歓楽街の流しを経験したという経歴がそうさせたのだろう。
「自分では、ごく普通の子どもだったと思っています。むしろ、あまり感受性が強くなかったですね。田舎育ちで自由でのびのびと育っていますし、地方にいると情報が遅れますから、欲がわかないんです。モノを欲しがらないというか、知らないから欲しいという気持ちにならないんです。だから、自分が特別に幸せ薄いとは感じない」
二度と繰り返したくない人生（３） 藤圭子
薄幸の少女なんてだれが決めたのか
生れたときからいままで
私は普通の女だと思って
生きてきた
中学を卒業するまでテレビなどろくに見たことがない。上京してからも家にはテレビはなかった。デビュー後は、テレビはあったが見る時間がなかった。
「テレビを見ると考えが狭くなるような気がするんです。限られた情報を押し付けられるでしょ。とくに、歌手はほかのことを考えていたほうがいいと思う。テレビで同じ発想していてはつまらない。ただ、いいか悪いかはわかりませんが、社会人としては中途半端な大人になったような気がします」
いずれにせよ、デビュー三曲でスターの座に登りつめた藤圭子は、その年昭和四五年の紅白にも登場する。十九歳の少女にとっては、世の中が一変したはずだ。
「それが、最初の五年ほどが、あっという間だったからでしょうか、あの頃のことって、本当に記憶がないんです。それこそテレビで昔のシーンが放映されると、あぁ、あんなこともあったんかと思い出すくらい」
あっという間の出来事のひとつに、歌手、前川清との結婚がある。十九歳で婚約。二十歳になってすぐ挙式。そして一年後に離婚した。
「はずみでしょうね。たしかにお付き合いはしていました。正式にプロポーズもされました。でも……」
当時、相手も内山田洋とクールファイブのリードボーカルとして売れまくっていた。スター同士の結婚となると、本人だけの問題ではない。双方のプロダクションとレコード会社のトップが集まって、秘密裡に会談が行われた。
その「ここだけの話」がなぜかニ、三日後の週刊誌にでかでかと載った。
「なんていい加減な人がいるんだろうって、腹を立てたんです。こうなったら意地でも結婚してやろうと」
そんなだから新婚生活の準備もなかった。仲人を夫の友人に頼むと、その人の家の二階を改装して新居にした。六畳一間のスタートだった。
「他人様の家の二階で、摩訶不思議な生活をしていましたね。そのうちに別のマンションに移ったんですが、二人きりになるとまたむずかしいことがでてきて。だけど、いまさら昔のことなんて言いたくありません。気に入らなくなれば別れると、無茶なところがあったんでしょう」
こうしたとき、普通なら記者会見で、性格の不一致、すれ違い生活の悲劇と、当たり障りのない発言ですますが、藤圭子は何も語ろうとはしなかった。
そこには根強いマスコミ不信があったからだ。デビュー当時、ひどい中傷記事を書かれたことがある。二、三度話をしたことがある青年と同棲していたという内容だ。ご丁寧にもふたりが住んでいたアパートまである。むろん見たこともないアパートだ。以来、一切自分の記事は読まない。
「若い頃は開き直っていたんですね。いいときはよくいわれ、悪くなると悪くいわれる。それでいいじゃないかって。いまはきちんと説明すればわかってもらえると思っています」
説明不足は、引退のときもそうだった。デビュー十年目に藤圭子は突然引退を宣言する。
「体力の限界も感じていましたし、あの頃、自分の意思というものがなかったんです。いわれるままに動いて、まるで魂が抜き取られたような状態でしたから。それに私にとってはやめざるを得ない事情もあったんです」
しかし、このときも藤圭子は何の説明もなく日本を離れてアメリカに渡った。あとには憶測の記事だけが溢れた。
薄幸の少女なんてだれが決めたのか
生れたときからいままで
私は普通の女だと思って
生きてきた
中学を卒業するまでテレビなどろくに見たことがない。上京してからも家にはテレビはなかった。デビュー後は、テレビはあったが見る時間がなかった。
「テレビを見ると考えが狭くなるような気がするんです。限られた情報を押し付けられるでしょ。とくに、歌手はほかのことを考えていたほうがいいと思う。テレビで同じ発想していてはつまらない。ただ、いいか悪いかはわかりませんが、社会人としては中途半端な大人になったような気がします」
いずれにせよ、デビュー三曲でスターの座に登りつめた藤圭子は、その年昭和四五年の紅白にも登場する。十九歳の少女にとっては、世の中が一変したはずだ。
「それが、最初の五年ほどが、あっという間だったからでしょうか、あの頃のことって、本当に記憶がないんです。それこそテレビで昔のシーンが放映されると、あぁ、あんなこともあったんかと思い出すくらい」
あっという間の出来事のひとつに、歌手、前川清との結婚がある。十九歳で婚約。二十歳になってすぐ挙式。そして一年後に離婚した。
「はずみでしょうね。たしかにお付き合いはしていました。正式にプロポーズもされました。でも……」
当時、相手も内山田洋とクールファイブのリードボーカルとして売れまくっていた。スター同士の結婚となると、本人だけの問題ではない。双方のプロダクションとレコード会社のトップが集まって、秘密裡に会談が行われた。
その「ここだけの話」がなぜかニ、三日後の週刊誌にでかでかと載った。
「なんていい加減な人がいるんだろうって、腹を立てたんです。こうなったら意地でも結婚してやろうと」
そんなだから新婚生活の準備もなかった。仲人を夫の友人に頼むと、その人の家の二階を改装して新居にした。六畳一間のスタートだった。
「他人様の家の二階で、摩訶不思議な生活をしていましたね。そのうちに別のマンションに移ったんですが、二人きりになるとまたむずかしいことがでてきて。だけど、いまさら昔のことなんて言いたくありません。気に入らなくなれば別れると、無茶なところがあったんでしょう」
こうしたとき、普通なら記者会見で、性格の不一致、すれ違い生活の悲劇と、当たり障りのない発言ですますが、藤圭子は何も語ろうとはしなかった。
そこには根強いマスコミ不信があったからだ。デビュー当時、ひどい中傷記事を書かれたことがある。二、三度話をしたことがある青年と同棲していたという内容だ。ご丁寧にもふたりが住んでいたアパートまである。むろん見たこともないアパートだ。以来、一切自分の記事は読まない。
「若い頃は開き直っていたんですね。いいときはよくいわれ、悪くなると悪くいわれる。それでいいじゃないかって。いまはきちんと説明すればわかってもらえると思っています」
説明不足は、引退のときもそうだった。デビュー十年目に藤圭子は突然引退を宣言する。
「体力の限界も感じていましたし、あの頃、自分の意思というものがなかったんです。いわれるままに動いて、まるで魂が抜き取られたような状態でしたから。それに私にとってはやめざるを得ない事情もあったんです」
しかし、このときも藤圭子は何の説明もなく日本を離れてアメリカに渡った。あとには憶測の記事だけが溢れた。
二度と繰り返したくない人生（完） 藤圭子
やっと落ち着いて歌える今の目標は
親子三人での楽しいサウンド作りだ
「アメリカに呼ばれたような気がしたんです。なにか身につけようと考えたら英語が浮かんできて。それに、歌しか知らない私が日本にいて、ほかの人の歌を聞くのは多分つらいと思いました」
アメリカに呼ばれたというのは事実だ。そこで藤圭子は現在の夫、宇多田照實氏と出会う。結婚したのは十二年前になる。
私生活は順調だったが、帰国してからも藤圭子の周辺はトラブルが続く。カムバックしてからの事務所との金銭関係のもつれ。二度目、三度目の引退、復帰など。
九四年４月下旬に新曲「酒に酔うほどに」を出した。久々に昔の藤圭子を思わせる演歌だ。作詞はラー・ユー。作曲がスキング・ユー。ん？
「ラーはエジプトの神様で、ユーは宇多田のＵ。私のぺンネームなんです。スキングは主人で、これはお酢が好きだから。あと、娘がピカソ・ユー。名前がひかるで愛称がピカちゃんだったから。この三人でユー・スリーというグループを作っているんです」
ユー・スリーは九三年「スタア」というロック系のアルバムを出した。二作目は目下製作中。歌詞は全部英語で十一歳のピカソが歌う予定だ。
「このトリオで楽しいサウンドを生み出したい。娘を歌手にですか？おそらく本人がそういわないと思います。でも、ひとつの人格として認めていますから、好きなようにさせるつもりです。ただ自立するまでは親の責任ですから、それは果たします」
完
やっと落ち着いて歌える今の目標は
親子三人での楽しいサウンド作りだ
「アメリカに呼ばれたような気がしたんです。なにか身につけようと考えたら英語が浮かんできて。それに、歌しか知らない私が日本にいて、ほかの人の歌を聞くのは多分つらいと思いました」
アメリカに呼ばれたというのは事実だ。そこで藤圭子は現在の夫、宇多田照實氏と出会う。結婚したのは十二年前になる。
私生活は順調だったが、帰国してからも藤圭子の周辺はトラブルが続く。カムバックしてからの事務所との金銭関係のもつれ。二度目、三度目の引退、復帰など。
九四年４月下旬に新曲「酒に酔うほどに」を出した。久々に昔の藤圭子を思わせる演歌だ。作詞はラー・ユー。作曲がスキング・ユー。ん？
「ラーはエジプトの神様で、ユーは宇多田のＵ。私のぺンネームなんです。スキングは主人で、これはお酢が好きだから。あと、娘がピカソ・ユー。名前がひかるで愛称がピカちゃんだったから。この三人でユー・スリーというグループを作っているんです」
ユー・スリーは九三年「スタア」というロック系のアルバムを出した。二作目は目下製作中。歌詞は全部英語で十一歳のピカソが歌う予定だ。
「このトリオで楽しいサウンドを生み出したい。娘を歌手にですか？おそらく本人がそういわないと思います。でも、ひとつの人格として認めていますから、好きなようにさせるつもりです。ただ自立するまでは親の責任ですから、それは果たします」
完
週刊朝日 1970-10-23 流行歌手における命の預け方の研究（１）
風邪に不眠に卒倒と私の日程つらかった
藤圭子、倒る！と思ったら三日後には巡業地に青い顔で飛びたった。
売れっ子タレントは静養も思うようにならないらしい。生まれてきたのは親のため、スターになったのはプロダクションのためとかで、ぶっ倒れようが眠れなかろうが注射でもたせてタレントたちは、歌いに歌うのである。「止めて、止めて」「命預けます」と。そのうち死人がでるだろう。
九日の午後二時半、東京・芝浦のヘリポートに一台の乗用車が走りこんできた。おかっぱ頭の少女が止まった車からあたふたとび出し、待機していたヘリコプターに。ヘリコプターはすぐ舞い上がり、東京湾を東の方向に姿を消した。
ギャング映画もどきのシーンだが、ヘリに飛び乗った少女ＶＩＰは、藤圭子で、行先は、東京湾をまたいで三十キロばかり離れた千葉県の流山文化会館だった。
この日、藤圭子は正午から午後二時まで、有楽町の日劇で「日劇銀座まつり」に出演していた。ところが次のステージは、午後三時から流山でＴＢＳテレビの「ヒット歌謡ナンバーワン」の公開録画。その間わずか一時間で、名だたる車ラッシュの水戸街道を走っていったんではとても間に合わない。かくて急遽ヘリコプターをチャーターすることになったわけだ。というよりも、流山の話を持ってこられたマネジャーは、ヘリコプターの使用を考えて出演をＯＫしたのだろう。ついでにいえば、タレントは「自衛隊友の会」にはいっていると便利である。なぜなら、ピーターが三月二十日、東京から秋田の体育館まで陸上自衛隊の手で運ばれたように、こうした場合に自衛隊がヘリを提供してくれるからである。
ところが、彼女は九月の二十日、東京・国際劇場でのワンマンショーが終わった直後、声が出なくなって倒れている。千秋楽の幕が下りたとたんにヘナヘナと腰が抜けて立てなくなったんだそうだ。その時の意思の診断では、「極度の疲労により肥厚性声帯炎と心不全。一週間の絶対安静が必要」ということだった。風邪もひいていた。
「一週間絶対安静」も三日で働きに出ます
声も出なくなるほど疲れるなんて、いったいどのくらい疲れることなのか。彼女のスケジュールを見ればおおよその察しはつく。
九月十三日まで盛岡公演、夜行で十四日朝六時上野駅着。その足で国際劇場入りしてすぐ立稽古にはいり、正午開演。一日三回の公演でワンステージ十八曲歌い、これには立ちまわりもはいる。それが一週間。ところが、本当ならこれで打上げでゆっくり休めるはずなのだが、ワンマンショーが終わったあとすぐ、松竹映画「命預けます」のロケが、午前四時半まで予定されていた。そして翌日からは再びテレ簿出演、地方巡業……。
これで、藤圭子はおかしくなり、翌日からのスケジュールをキャンセルして自宅に帰り、ひさかたぶりの静養をとった。
しかし、「一週間絶対安静」という意思の指示にもかかわらず、三日間静養しただけで、二十四日から彼女は地方巡業にとび出していってしまったのである。
病み上がりの彼女のスケジュール（十月第二週）を追っかけてみると、左図のようになる。
タレントにとって、一日のステージが三つになるとかなりきつくなるというが、藤圭子の場合は連日三ステージ、特に七日、八日、九日などは一日四ステージ。しかもそのステージの合間をぬってファンや芸能記者と応対しているのだから、中身はつまっている。
「倒れてからは、深夜と早朝の仕事はできるだけ切りました」と藤プロダクションの制作担当者はいうが、これでは食事の時間さえない。その上、年中休みなし。
風邪に不眠に卒倒と私の日程つらかった
藤圭子、倒る！と思ったら三日後には巡業地に青い顔で飛びたった。
売れっ子タレントは静養も思うようにならないらしい。生まれてきたのは親のため、スターになったのはプロダクションのためとかで、ぶっ倒れようが眠れなかろうが注射でもたせてタレントたちは、歌いに歌うのである。「止めて、止めて」「命預けます」と。そのうち死人がでるだろう。
九日の午後二時半、東京・芝浦のヘリポートに一台の乗用車が走りこんできた。おかっぱ頭の少女が止まった車からあたふたとび出し、待機していたヘリコプターに。ヘリコプターはすぐ舞い上がり、東京湾を東の方向に姿を消した。
ギャング映画もどきのシーンだが、ヘリに飛び乗った少女ＶＩＰは、藤圭子で、行先は、東京湾をまたいで三十キロばかり離れた千葉県の流山文化会館だった。
この日、藤圭子は正午から午後二時まで、有楽町の日劇で「日劇銀座まつり」に出演していた。ところが次のステージは、午後三時から流山でＴＢＳテレビの「ヒット歌謡ナンバーワン」の公開録画。その間わずか一時間で、名だたる車ラッシュの水戸街道を走っていったんではとても間に合わない。かくて急遽ヘリコプターをチャーターすることになったわけだ。というよりも、流山の話を持ってこられたマネジャーは、ヘリコプターの使用を考えて出演をＯＫしたのだろう。ついでにいえば、タレントは「自衛隊友の会」にはいっていると便利である。なぜなら、ピーターが三月二十日、東京から秋田の体育館まで陸上自衛隊の手で運ばれたように、こうした場合に自衛隊がヘリを提供してくれるからである。
ところが、彼女は九月の二十日、東京・国際劇場でのワンマンショーが終わった直後、声が出なくなって倒れている。千秋楽の幕が下りたとたんにヘナヘナと腰が抜けて立てなくなったんだそうだ。その時の意思の診断では、「極度の疲労により肥厚性声帯炎と心不全。一週間の絶対安静が必要」ということだった。風邪もひいていた。
「一週間絶対安静」も三日で働きに出ます
声も出なくなるほど疲れるなんて、いったいどのくらい疲れることなのか。彼女のスケジュールを見ればおおよその察しはつく。
九月十三日まで盛岡公演、夜行で十四日朝六時上野駅着。その足で国際劇場入りしてすぐ立稽古にはいり、正午開演。一日三回の公演でワンステージ十八曲歌い、これには立ちまわりもはいる。それが一週間。ところが、本当ならこれで打上げでゆっくり休めるはずなのだが、ワンマンショーが終わったあとすぐ、松竹映画「命預けます」のロケが、午前四時半まで予定されていた。そして翌日からは再びテレ簿出演、地方巡業……。
これで、藤圭子はおかしくなり、翌日からのスケジュールをキャンセルして自宅に帰り、ひさかたぶりの静養をとった。
しかし、「一週間絶対安静」という意思の指示にもかかわらず、三日間静養しただけで、二十四日から彼女は地方巡業にとび出していってしまったのである。
病み上がりの彼女のスケジュール（十月第二週）を追っかけてみると、左図のようになる。
タレントにとって、一日のステージが三つになるとかなりきつくなるというが、藤圭子の場合は連日三ステージ、特に七日、八日、九日などは一日四ステージ。しかもそのステージの合間をぬってファンや芸能記者と応対しているのだから、中身はつまっている。
「倒れてからは、深夜と早朝の仕事はできるだけ切りました」と藤プロダクションの制作担当者はいうが、これでは食事の時間さえない。その上、年中休みなし。
週刊朝日 1970-10-23 流行歌手における命の預け方の研究（２）
睡眠時間は五時間 一生懸命眠ります
殺人的スケジュールに追いまわされているのは、なにも藤圭子一人ではない。このところヒット曲を出して、テレビのベストテン番組に顔を出しているタレントは、みんな同じようにフラフラになっているのである。
彼女らの日程は、病み上がりの藤圭子のスケジュールで比較的空いている午前の部分に、八時からビッシリ予定がつまっていると考えてもらえばいい。そして、それは、なんと来年の一月までいっぱいなのである
たとえば、「夜明けのスキャット」でデビューし、「手紙」でここ十週間連続してベストテンにはいっている由紀さおり。
「十月はじめ、神経症の疲労でちょっとまいっちゃったことがあります。仕事を二本ばかりおろしてもらって、注射をしながらなんとか切抜けました。
夜仕事が終わってから、翌朝仕事がはじまるまでの八、九時間が自分の時間なんですが、女は支度に手間がかかるから、寝るのは五時間ぐらい。その五時間は本当に一生懸命眠ります」
ついついかわいくなりそうな名セリフをはく彼女だが、こんなきついスケジュールを組んだ社長（オールスタッフプロダクション社長、いずみたく氏）をうらめしく思ったこともあるそうだ。
「でも、こういう場を与えてくれたことに感謝しています。仕事のないタレントって本当にみじめですからね。だから、自分を環境にあわせていくように努力しているんです」
しかし、彼女の場合はレッスンの時間をちゃんと取り、月二回の休日をもらっているからまだましな方。
和田アキ子などは稽古時間さえなく、あの大きな身体で食欲不振を訴えているという、
「練習が必要なときは、予定を詰めて何とか時間をあけるようにしています。うちのプロでベストテンに顔を出しているのは今のところ彼女ひとりだし、それでなくても貧血気味なので、大切にしているんです」とホリプロ宣伝部ではいっているが……。
「Ｘ＋Ｙイコールラブ」のちあきなおみもおんなじ。
「肌が荒れてお化粧がのらないのよ」となげきながら疲れ切った表情だ。
「ボーイフレンド？たくさんいますよ。だけどこのところ時間がなくてちっとも会っていないんで、顔忘れちゃった」
ファンから顔を忘れられない代わりに、自分が忘れてしまうのである。
「経験」で大ヒットをとばした辺見マリが、「あるだけの声を出して『キャーッ』と叫びだしたくなるの」といったそうだが、「止めて、止めて」と歌う気持ちも、よくわかる。
タレントはプロダクションに雇われているのではない。いやだったら断ればいいじゃないか、と思う人も多いだろう。そうはいかない。タレントが専属契約を結ぶとき、契約書をとりかわしているからである。日本音楽事業者協会が出している統一契約書のヒナ型には、こう印刷してある。
「第一条 乙（タレント）は甲（プロダクション）の専属芸術家として、本契約期間中、甲の指示に従い、音楽演奏会、映画、演劇、ラジオ、テレビ、レコード等、その他一切の芸能に関する出演業務をなすものとし、甲の承認を得ずしてこれをなすことができない。
第二条 甲は乙に対して本契約期間中、専属手当その他一切を含む報酬として毎月―円を支払うものとする。（第三条以下略）」
レコードが何十万枚と売れて、何億円と印税が入っても、歌手には渡らない仕掛けのようで、ここにも大きな問題があるが、この第一条を見る限り、タレントは一切の出演の内容を自分が選択することができないし、プロダクションが「指示」した出演業務を断ることも、法的にはできそうにない。
まるで昔の芸者と置屋の関係だ。とにかく、プロダクションが指示したものだったら夜中の二時だろうが朝の七時だろうが、やらなきゃならないわけだ。そして、毎月三万円だろうが五万円だろうが、第二条で報酬を契約した以上はタレントは個々の「事業主」であり、女子の深夜労働などを禁じた労働基準法も、そこには及んでこないという上手い仕掛け。
睡眠時間は五時間 一生懸命眠ります
殺人的スケジュールに追いまわされているのは、なにも藤圭子一人ではない。このところヒット曲を出して、テレビのベストテン番組に顔を出しているタレントは、みんな同じようにフラフラになっているのである。
彼女らの日程は、病み上がりの藤圭子のスケジュールで比較的空いている午前の部分に、八時からビッシリ予定がつまっていると考えてもらえばいい。そして、それは、なんと来年の一月までいっぱいなのである
たとえば、「夜明けのスキャット」でデビューし、「手紙」でここ十週間連続してベストテンにはいっている由紀さおり。
「十月はじめ、神経症の疲労でちょっとまいっちゃったことがあります。仕事を二本ばかりおろしてもらって、注射をしながらなんとか切抜けました。
夜仕事が終わってから、翌朝仕事がはじまるまでの八、九時間が自分の時間なんですが、女は支度に手間がかかるから、寝るのは五時間ぐらい。その五時間は本当に一生懸命眠ります」
ついついかわいくなりそうな名セリフをはく彼女だが、こんなきついスケジュールを組んだ社長（オールスタッフプロダクション社長、いずみたく氏）をうらめしく思ったこともあるそうだ。
「でも、こういう場を与えてくれたことに感謝しています。仕事のないタレントって本当にみじめですからね。だから、自分を環境にあわせていくように努力しているんです」
しかし、彼女の場合はレッスンの時間をちゃんと取り、月二回の休日をもらっているからまだましな方。
和田アキ子などは稽古時間さえなく、あの大きな身体で食欲不振を訴えているという、
「練習が必要なときは、予定を詰めて何とか時間をあけるようにしています。うちのプロでベストテンに顔を出しているのは今のところ彼女ひとりだし、それでなくても貧血気味なので、大切にしているんです」とホリプロ宣伝部ではいっているが……。
「Ｘ＋Ｙイコールラブ」のちあきなおみもおんなじ。
「肌が荒れてお化粧がのらないのよ」となげきながら疲れ切った表情だ。
「ボーイフレンド？たくさんいますよ。だけどこのところ時間がなくてちっとも会っていないんで、顔忘れちゃった」
ファンから顔を忘れられない代わりに、自分が忘れてしまうのである。
「経験」で大ヒットをとばした辺見マリが、「あるだけの声を出して『キャーッ』と叫びだしたくなるの」といったそうだが、「止めて、止めて」と歌う気持ちも、よくわかる。
タレントはプロダクションに雇われているのではない。いやだったら断ればいいじゃないか、と思う人も多いだろう。そうはいかない。タレントが専属契約を結ぶとき、契約書をとりかわしているからである。日本音楽事業者協会が出している統一契約書のヒナ型には、こう印刷してある。
「第一条 乙（タレント）は甲（プロダクション）の専属芸術家として、本契約期間中、甲の指示に従い、音楽演奏会、映画、演劇、ラジオ、テレビ、レコード等、その他一切の芸能に関する出演業務をなすものとし、甲の承認を得ずしてこれをなすことができない。
第二条 甲は乙に対して本契約期間中、専属手当その他一切を含む報酬として毎月―円を支払うものとする。（第三条以下略）」
レコードが何十万枚と売れて、何億円と印税が入っても、歌手には渡らない仕掛けのようで、ここにも大きな問題があるが、この第一条を見る限り、タレントは一切の出演の内容を自分が選択することができないし、プロダクションが「指示」した出演業務を断ることも、法的にはできそうにない。
まるで昔の芸者と置屋の関係だ。とにかく、プロダクションが指示したものだったら夜中の二時だろうが朝の七時だろうが、やらなきゃならないわけだ。そして、毎月三万円だろうが五万円だろうが、第二条で報酬を契約した以上はタレントは個々の「事業主」であり、女子の深夜労働などを禁じた労働基準法も、そこには及んでこないという上手い仕掛け。
週刊朝日 1970-10-23 流行歌手における命の預け方の研究（完）
テレビ出演断れば今後に差支えます
しかし、いくら契約書にそうあるからといって、歌手の身体までダメにするようなスケジュールを組むプロダクションはどういうつもりなんだろう。
「デビューして一、二年のタレントにとってはステージを選んではいられないのです」というのは、藤圭子の所属する藤プロの制作デスク、福田徳明氏。「新人タレントに人気が出てテレビ出演の申込みがふえた時、これ以上は無理だと思って断ったりすると、『新人のくせに生意気だ』といわれる。そうなると将来の仕事にさしつかえますからね。圭子が倒れた時も、Ａテレビの番組を断ろうとしたら、『じゃ、Ｂテレビに出ているのはどういうわけだ』といわれて、結局断れなくなってしまったんです」
テレビの側では、ビックリしたような顔で反論。
「冗談じゃない。“タレントがやせればマネジャーがふとる”というのが芸能界の通説ですよ」と怒るのは、あるテレビ局の歌謡番組を制作しているディレクターである。
「だいたい芸能プロは、タレントを荷物ぐらいにしか思っちゃいないんだ。ヒット曲が一発出たら、契約書をたてにそれでしぼれるだけしぼってダメになったらポイ、ですよ。その証拠に、藤圭子や和田アキ子をごらんなさい、歌の勉強をする時間さえも与えていない。こちらは売るだけ、歌の練習はそちらの責任、練習するなら家に帰ってからやれ、とでもいうんですかね。これじゃ身体をこわすだけで、いい歌が歌えるわけがない」
当のタレントたちはどんなつもりなんだろうか。
由紀さおりは、早朝のテレビ局のスタジオで「私は一生歌を続けるつもりなの。だから、少しぐらい忙しくて仕事がきつくても、今のうちに将来の足場をかためておかなきゃ、と思って一生懸命やっています」と話す。
ちあきなおみは「何のためって……、やっぱりおカネじゃない？二十八までせっせと稼いで、止めたら結婚するわ」
これでは骨までしゃぶられます
歌手たちの口ぶりには、仕事がなくなることに対するおそれと、「仕事があるうちはやれるだけやろう」という居直りみたいなものが、両方感じられた。
「売れっ子タレントは、自分たちがまだ売れていなかったころのわびしさを身にしみて知っている。だからこそ、一本ヒットが出ると追われるようにがん張ってしまう。それに乗っかって、『儲けられるうちに儲けよう』というのがプロダクションなんですね」
というのは、芸能評論家の竹中労氏。竹中さんは、タレントたちに忠告する。
「丸山明宏をごらんなさい。下町のシャンソン喫茶で、安いペイで歌いながら、ちゃんと一カ月の夏休みをとってゆうゆうとマイペースでやっている。歌が好きだったらもっと怒って、自分のいいたいことを言うべきです。黙ってプロダクションのいいなりになっていたら、命を預けるどころか、骨までしゃぶられてしまいますよ」
次のヒット曲は決まった。「死んでもらいます」というのである。
テレビ出演断れば今後に差支えます
しかし、いくら契約書にそうあるからといって、歌手の身体までダメにするようなスケジュールを組むプロダクションはどういうつもりなんだろう。
「デビューして一、二年のタレントにとってはステージを選んではいられないのです」というのは、藤圭子の所属する藤プロの制作デスク、福田徳明氏。「新人タレントに人気が出てテレビ出演の申込みがふえた時、これ以上は無理だと思って断ったりすると、『新人のくせに生意気だ』といわれる。そうなると将来の仕事にさしつかえますからね。圭子が倒れた時も、Ａテレビの番組を断ろうとしたら、『じゃ、Ｂテレビに出ているのはどういうわけだ』といわれて、結局断れなくなってしまったんです」
テレビの側では、ビックリしたような顔で反論。
「冗談じゃない。“タレントがやせればマネジャーがふとる”というのが芸能界の通説ですよ」と怒るのは、あるテレビ局の歌謡番組を制作しているディレクターである。
「だいたい芸能プロは、タレントを荷物ぐらいにしか思っちゃいないんだ。ヒット曲が一発出たら、契約書をたてにそれでしぼれるだけしぼってダメになったらポイ、ですよ。その証拠に、藤圭子や和田アキ子をごらんなさい、歌の勉強をする時間さえも与えていない。こちらは売るだけ、歌の練習はそちらの責任、練習するなら家に帰ってからやれ、とでもいうんですかね。これじゃ身体をこわすだけで、いい歌が歌えるわけがない」
当のタレントたちはどんなつもりなんだろうか。
由紀さおりは、早朝のテレビ局のスタジオで「私は一生歌を続けるつもりなの。だから、少しぐらい忙しくて仕事がきつくても、今のうちに将来の足場をかためておかなきゃ、と思って一生懸命やっています」と話す。
ちあきなおみは「何のためって……、やっぱりおカネじゃない？二十八までせっせと稼いで、止めたら結婚するわ」
これでは骨までしゃぶられます
歌手たちの口ぶりには、仕事がなくなることに対するおそれと、「仕事があるうちはやれるだけやろう」という居直りみたいなものが、両方感じられた。
「売れっ子タレントは、自分たちがまだ売れていなかったころのわびしさを身にしみて知っている。だからこそ、一本ヒットが出ると追われるようにがん張ってしまう。それに乗っかって、『儲けられるうちに儲けよう』というのがプロダクションなんですね」
というのは、芸能評論家の竹中労氏。竹中さんは、タレントたちに忠告する。
「丸山明宏をごらんなさい。下町のシャンソン喫茶で、安いペイで歌いながら、ちゃんと一カ月の夏休みをとってゆうゆうとマイペースでやっている。歌が好きだったらもっと怒って、自分のいいたいことを言うべきです。黙ってプロダクションのいいなりになっていたら、命を預けるどころか、骨までしゃぶられてしまいますよ」
次のヒット曲は決まった。「死んでもらいます」というのである。
これはこれまで語られたことのない話ではないだろうか？
ただ、彼女の記憶力の悪さ全開で、「新宿の女」でデビューする直前で、凍てつくような寒い日というのは時候が合わないですが…。
原生花園の思い出 藤圭子
私は旭川で育ったけれど、不思議と旭川の街の記憶はうすい。
むしろ、原生花園が私の北海道での思い出として今でもハッキリと記憶している。
釧網本線の北浜と斜里の間に広がるこの原生花園は、青緑色のオホーツク海に面し、春の訪れとともにハマナスやエゾキスゲなど、さまざまな原生の花が咲きほこるんです。紅紫、黄と色も色とりどりで、見渡すかぎりの花園は北海道ならではの風景です。
寂しいときやイヤなことがあった日に、私はよくひとりで海岸を歩いたものでした。
造りものでない花と澄み切った海を見ているとモヤモヤもたちまち吹っ飛ぶんですね。
なかでも「新宿の女」でデビューする直前に、母と二人っきりで訪ねたことを覚えています。そのときは、凍てつくような寒い日で、知床の山々もすっぽりと雪に覆われていました。
北海道の話になると、いつも原生花園のことになるんです。
月刊民宿7月号（昭和50年7月1日発行）
この号は北海道の特集号で、藤圭子のほかに、関根（高橋）惠子が寄稿しています。
ただ、彼女の記憶力の悪さ全開で、「新宿の女」でデビューする直前で、凍てつくような寒い日というのは時候が合わないですが…。
原生花園の思い出 藤圭子
私は旭川で育ったけれど、不思議と旭川の街の記憶はうすい。
むしろ、原生花園が私の北海道での思い出として今でもハッキリと記憶している。
釧網本線の北浜と斜里の間に広がるこの原生花園は、青緑色のオホーツク海に面し、春の訪れとともにハマナスやエゾキスゲなど、さまざまな原生の花が咲きほこるんです。紅紫、黄と色も色とりどりで、見渡すかぎりの花園は北海道ならではの風景です。
寂しいときやイヤなことがあった日に、私はよくひとりで海岸を歩いたものでした。
造りものでない花と澄み切った海を見ているとモヤモヤもたちまち吹っ飛ぶんですね。
なかでも「新宿の女」でデビューする直前に、母と二人っきりで訪ねたことを覚えています。そのときは、凍てつくような寒い日で、知床の山々もすっぽりと雪に覆われていました。
北海道の話になると、いつも原生花園のことになるんです。
月刊民宿7月号（昭和50年7月1日発行）
この号は北海道の特集号で、藤圭子のほかに、関根（高橋）惠子が寄稿しています。
「さすらい」と「風子 二十四 不幸せ」
この2曲は、阿久悠がスポニチに連載していた「阿久悠の実践的作詞講座」の藤圭子の篇の入選作品で、いずれも遠藤実の作曲でレコード化されている（昭和50年9月発売の藤圭子25枚目のシングル）。
「阿久悠の実践的作詞講座」は上下二巻（昭和50年12月25日・昭和52年2月10日発行・スポーツニッポン社）が刊行されており、次の歌手のために詞が募集されている。
【上巻】（ ）内は当選作
越路吹雪（西海岸）
都はるみ（酔いどれ・お願いします）
クールファイブ（海峡・北ホテル）
菅原洋一（当選作なし）
にしきのあきら（昨日のリンゴ）
藤圭子（さすらい・風子 二十四 不幸せ）
【下巻】
研ナオコ（何もする気がしません）
野坂昭如（北の女・赤と黒の哀歌(エレジー)）
三善英史（もず＊・すきま風）
＊「もず」は藤圭子篇の「さすらい」を作詞したよしかわかおり
青江三奈（25時の女・女から男への手紙）
三橋美智也（時雨横町・リンゴがお酒になるように）
美空ひばり（あやとり）
上巻のトリが藤圭子、大トリが美空ひばりという布陣である（これは阿久悠の意向が反映されているのだろう）。
以下、阿久悠の実践的作詞講座（上）から「第六講 藤圭子篇」を紹介したい。
この2曲は、阿久悠がスポニチに連載していた「阿久悠の実践的作詞講座」の藤圭子の篇の入選作品で、いずれも遠藤実の作曲でレコード化されている（昭和50年9月発売の藤圭子25枚目のシングル）。
「阿久悠の実践的作詞講座」は上下二巻（昭和50年12月25日・昭和52年2月10日発行・スポーツニッポン社）が刊行されており、次の歌手のために詞が募集されている。
【上巻】（ ）内は当選作
越路吹雪（西海岸）
都はるみ（酔いどれ・お願いします）
クールファイブ（海峡・北ホテル）
菅原洋一（当選作なし）
にしきのあきら（昨日のリンゴ）
藤圭子（さすらい・風子 二十四 不幸せ）
【下巻】
研ナオコ（何もする気がしません）
野坂昭如（北の女・赤と黒の哀歌(エレジー)）
三善英史（もず＊・すきま風）
＊「もず」は藤圭子篇の「さすらい」を作詞したよしかわかおり
青江三奈（25時の女・女から男への手紙）
三橋美智也（時雨横町・リンゴがお酒になるように）
美空ひばり（あやとり）
上巻のトリが藤圭子、大トリが美空ひばりという布陣である（これは阿久悠の意向が反映されているのだろう）。
以下、阿久悠の実践的作詞講座（上）から「第六講 藤圭子篇」を紹介したい。
�� テーマは“ウソのない心”
藤圭子篇である。
藤圭子の歌う詞について語る前に、日本について考えてみたいと思うのである。
国家を憂えるとか、日本人の根元を考えるとか、そんな壮大な心構えでなくてもいいのである。
最近まるで気にしなくなっていることで、ふと妙に気がかりな感じのするものといったものを、思い出してほしいのである。
それは、何かというと、窓から外を見なくなったということである。ぼくもそうだし、ぼくの周囲の人もそうである。おそらく日本人全部がそうなのであろう。
そういえば、テレビドラマや、映画のシーンで、ぼんやりと窓から外を見つめ、何かを考えているなどという状景を見なくなった。ひょっとしたら、日本人の心の中に、待つということがなくなったのかもしれない。
月が出るのを待つ。花が開くのを待つ。雨が上がるのを待つ。人が来るのを待つ。そういった感情がまるで働かなくなった気がする。
日本人の感性、日本人の文化、それらを、四季と無関係に考えることは出来ない。四季が独特の感性や文化をつくり出していることは否定できないことである。
その四季を誰かが目かくしをしてしまったのである。
情感音痴の若者が育ち、やさしさを理解したりしない文化人が存在したりしている。それもこれも、四季の目かくしを他の美化したスローガンで飾りたて、満足しているからだと極限してもいいと思う。
詞を書く前に何か思ってほしい。それを心のバネとして書いてほしい。
さて、藤圭子である。論じたてる前に、“あなたは藤圭子から何を連想しますか？”という問いを、自らに投げてみたいと思う
「あなたは藤圭子から何を連想しますか」
�� 演歌、艶歌、援歌の中に、五木寛之命名の怨歌が新しく加わった。
�� ７０年安保のすさび唄。反体制の若者が藤圭子を好んだとのと、劇画を好んだのと、どちらが早かったか。
�� 白いギター
�� 演歌の星。久々に聞いた宿命という言葉。
�� 十五、十六、十七と私の人生暗かった。
�� 第一回歌謡大賞を「夢は夜ひらく」で受賞。
�� オカッパ、紺のパンタロン・スーツ。
�� 前川清。
�� 北から来た女。
�� 運動神経ゼロと思える。
�� 無口。
�� 日本的美女。雪国の女。色白。冷え性。
�� 多分足が小さい。
�� 浪曲。
�� 演歌師。
�� なぜか隅田川。
�� なぜか腹話術の人形。
ある時代、彼女ほど見事に、個人の伝説と時代の神話を背負って登場した歌手はないと
いっていいだろう。
そしてこれらは、ある時、これまた見事にこわれたが、それでもまだ何か、彼女には、神話や伝説を付け加えたい雰囲気がただよっているようである。
しかし、それらとは無関係に、結果的にそうなるのは構わないとしても、藤圭子が歌ってうそにきこえないものを書いてほしいと思うのである。
うそのないもの、うそを感じさせないもの、それを藤圭子篇のテーマにしようかと思う。何を書いても、素朴で、しみじみと本心を語っている、そんな感じのものがいい。
とにかく、一日、いや半日、窓から外を見てほしいと思う。
藤圭子篇である。
藤圭子の歌う詞について語る前に、日本について考えてみたいと思うのである。
国家を憂えるとか、日本人の根元を考えるとか、そんな壮大な心構えでなくてもいいのである。
最近まるで気にしなくなっていることで、ふと妙に気がかりな感じのするものといったものを、思い出してほしいのである。
それは、何かというと、窓から外を見なくなったということである。ぼくもそうだし、ぼくの周囲の人もそうである。おそらく日本人全部がそうなのであろう。
そういえば、テレビドラマや、映画のシーンで、ぼんやりと窓から外を見つめ、何かを考えているなどという状景を見なくなった。ひょっとしたら、日本人の心の中に、待つということがなくなったのかもしれない。
月が出るのを待つ。花が開くのを待つ。雨が上がるのを待つ。人が来るのを待つ。そういった感情がまるで働かなくなった気がする。
日本人の感性、日本人の文化、それらを、四季と無関係に考えることは出来ない。四季が独特の感性や文化をつくり出していることは否定できないことである。
その四季を誰かが目かくしをしてしまったのである。
情感音痴の若者が育ち、やさしさを理解したりしない文化人が存在したりしている。それもこれも、四季の目かくしを他の美化したスローガンで飾りたて、満足しているからだと極限してもいいと思う。
詞を書く前に何か思ってほしい。それを心のバネとして書いてほしい。
さて、藤圭子である。論じたてる前に、“あなたは藤圭子から何を連想しますか？”という問いを、自らに投げてみたいと思う
「あなたは藤圭子から何を連想しますか」
�� 演歌、艶歌、援歌の中に、五木寛之命名の怨歌が新しく加わった。
�� ７０年安保のすさび唄。反体制の若者が藤圭子を好んだとのと、劇画を好んだのと、どちらが早かったか。
�� 白いギター
�� 演歌の星。久々に聞いた宿命という言葉。
�� 十五、十六、十七と私の人生暗かった。
�� 第一回歌謡大賞を「夢は夜ひらく」で受賞。
�� オカッパ、紺のパンタロン・スーツ。
�� 前川清。
�� 北から来た女。
�� 運動神経ゼロと思える。
�� 無口。
�� 日本的美女。雪国の女。色白。冷え性。
�� 多分足が小さい。
�� 浪曲。
�� 演歌師。
�� なぜか隅田川。
�� なぜか腹話術の人形。
ある時代、彼女ほど見事に、個人の伝説と時代の神話を背負って登場した歌手はないと
いっていいだろう。
そしてこれらは、ある時、これまた見事にこわれたが、それでもまだ何か、彼女には、神話や伝説を付け加えたい雰囲気がただよっているようである。
しかし、それらとは無関係に、結果的にそうなるのは構わないとしても、藤圭子が歌ってうそにきこえないものを書いてほしいと思うのである。
うそのないもの、うそを感じさせないもの、それを藤圭子篇のテーマにしようかと思う。何を書いても、素朴で、しみじみと本心を語っている、そんな感じのものがいい。
とにかく、一日、いや半日、窓から外を見てほしいと思う。
�� “神話”と“伝説”を利用して
ぼくらは、歌うための詞を書こうとしている。印刷するための詞でもなければ、読むための詞でもないということを前提に置きたいと思う。
さて、歌には、聴くための歌と歌うための歌が考えたい。関係者間の言葉でいえば、“聴き歌”“歌い歌”ということである。
“聴き歌”と“歌い歌”とどちらがいいということはいえない。“聴き歌の時代”と“歌い歌の時代”が存在するだけである。
そして、今、僕の判断に誤りがなければ、“歌い歌の時代”になったと思うのである。観賞したり、聴いて楽しんだり、見て興奮するのではなく、自らが、馬鹿騒ぎにしろ、しみじみにしろ、歌ってみたくなる歌をつくらなければならないということである。
何故このようなことを言うのかというと、“歌い歌の時代”になったことで、作家はより正直に、自分が歌ってみたくなる歌を作らなければならないということである。
“聴き歌の時代”には、鑑賞が前提となっているから、さまざまな計算が必要だった。エンターティンメント、楽しませるということで、手を変え、品を変え、退屈させないように、興奮を伝えるように、知恵の限りをつくさなければならなかった。だから、常に、“新しい”とか“奇抜”とか”ユニーク“とか、”画期的“とか”前衛“とか、”高級“とか、そういうものが要求されていた。
鑑賞ということの足場には、明らかに余裕であり、自由に取捨選択できる立場にあるから、その意味で、同じものは二度繰り返しては発表できなかったのである。
しかも、年代や環境によって、エンターティメントを欲する状態は違っており、十代向けとか、女性向けとか、家庭向けとか、水商売向けといったような趣向標的の細分化をはかっていたわけである。
ところが、“歌い歌の時代”は、極端に言えば、それらと違うところかで歌が発生するような気がするのである。
歌をうたってみたくなる。歌わなければいられない気持ちになる。それは感性であり、人間が裸になった時の生理みたいなものであり、年代も環境も余り関係がないように思うのである。
今までの講座とかなり違った視点から論旨を展開しているが、歌が生き物であることを考えると、これも真実である。
まず、この歌なら、今の時代に、自分が歌ってみたくなるという詞を書いてほしい。そして、その後で、藤圭子が同じ気分で歌えるだろうかということを考えてみたらどうだろうか。
自分だけの歌を、自分と同じ心持ちの人間の歌にひろげるために、藤圭子を、そして、藤圭子の神話と伝説を利用したらいいと思うのである。
『今週の採点』
作品を見ていると、孤独という言葉が多いのに気づいたのでる。菅原洋一の時には、愛という言葉が圧倒的に多かった。クール・ファイブの時は、別れである。
成る程と思うのである。藤圭子と孤独、菅原洋一と愛、クール・ファイブと別れ、ぴったりと合っていて文句のつけようがない。文句をつけるとしたら、その後である。
例えば、孤独という言葉を使わないで、孤独を表現するのが詞だと思うのである。人々が孤独と感じるのはどういうことか、それに共感出来るかどうか、孤独の正体、孤独と感じる心の共通点、それらを見つけ出すのが作家の目であると思う。
それをしないで、まさに切り札のように、水戸黄門の最後のセリフのように“孤独なるぞ”と決めつけられては、共感のしようもないのである。
広い東京にただひとり……でも、
ある日突然 二人だまるの……でも、
何か、ああそういうことがあるな、よくわかるよ、という状態をさがし出して欲しいと思うのである。
そして、そのまとめといおうか、主人公の感想といおうか、そういう形で、孤独や愛という言葉が使われることはさしつかえないのである。
ぼくらは、歌うための詞を書こうとしている。印刷するための詞でもなければ、読むための詞でもないということを前提に置きたいと思う。
さて、歌には、聴くための歌と歌うための歌が考えたい。関係者間の言葉でいえば、“聴き歌”“歌い歌”ということである。
“聴き歌”と“歌い歌”とどちらがいいということはいえない。“聴き歌の時代”と“歌い歌の時代”が存在するだけである。
そして、今、僕の判断に誤りがなければ、“歌い歌の時代”になったと思うのである。観賞したり、聴いて楽しんだり、見て興奮するのではなく、自らが、馬鹿騒ぎにしろ、しみじみにしろ、歌ってみたくなる歌をつくらなければならないということである。
何故このようなことを言うのかというと、“歌い歌の時代”になったことで、作家はより正直に、自分が歌ってみたくなる歌を作らなければならないということである。
“聴き歌の時代”には、鑑賞が前提となっているから、さまざまな計算が必要だった。エンターティンメント、楽しませるということで、手を変え、品を変え、退屈させないように、興奮を伝えるように、知恵の限りをつくさなければならなかった。だから、常に、“新しい”とか“奇抜”とか”ユニーク“とか、”画期的“とか”前衛“とか、”高級“とか、そういうものが要求されていた。
鑑賞ということの足場には、明らかに余裕であり、自由に取捨選択できる立場にあるから、その意味で、同じものは二度繰り返しては発表できなかったのである。
しかも、年代や環境によって、エンターティメントを欲する状態は違っており、十代向けとか、女性向けとか、家庭向けとか、水商売向けといったような趣向標的の細分化をはかっていたわけである。
ところが、“歌い歌の時代”は、極端に言えば、それらと違うところかで歌が発生するような気がするのである。
歌をうたってみたくなる。歌わなければいられない気持ちになる。それは感性であり、人間が裸になった時の生理みたいなものであり、年代も環境も余り関係がないように思うのである。
今までの講座とかなり違った視点から論旨を展開しているが、歌が生き物であることを考えると、これも真実である。
まず、この歌なら、今の時代に、自分が歌ってみたくなるという詞を書いてほしい。そして、その後で、藤圭子が同じ気分で歌えるだろうかということを考えてみたらどうだろうか。
自分だけの歌を、自分と同じ心持ちの人間の歌にひろげるために、藤圭子を、そして、藤圭子の神話と伝説を利用したらいいと思うのである。
『今週の採点』
作品を見ていると、孤独という言葉が多いのに気づいたのでる。菅原洋一の時には、愛という言葉が圧倒的に多かった。クール・ファイブの時は、別れである。
成る程と思うのである。藤圭子と孤独、菅原洋一と愛、クール・ファイブと別れ、ぴったりと合っていて文句のつけようがない。文句をつけるとしたら、その後である。
例えば、孤独という言葉を使わないで、孤独を表現するのが詞だと思うのである。人々が孤独と感じるのはどういうことか、それに共感出来るかどうか、孤独の正体、孤独と感じる心の共通点、それらを見つけ出すのが作家の目であると思う。
それをしないで、まさに切り札のように、水戸黄門の最後のセリフのように“孤独なるぞ”と決めつけられては、共感のしようもないのである。
広い東京にただひとり……でも、
ある日突然 二人だまるの……でも、
何か、ああそういうことがあるな、よくわかるよ、という状態をさがし出して欲しいと思うのである。
そして、そのまとめといおうか、主人公の感想といおうか、そういう形で、孤独や愛という言葉が使われることはさしつかえないのである。
阿久悠の実践的作詞講座（３）
�� こだわるな 怨みや宿命
まちわびた春だというのに妙に沈んだ空気がうかがえる。
ゴールデン・ウィークの人出予想も、大型レジャーに類するものは近来になく低調だという。人員整理をしないということを条件に昇給をすえ置きをのむ大手組合が現れる。
そういえば、先日の統一地方選挙も何か寒い思いがしたものである。
誰が選ばれたということに対してではない。選んだ人間のつもりと、選ばれた人間のつもりが余りにかけ離れているからである。
東京の美濃部氏は、ファッショを駆逐したと勝利宣言をする。しかし、果たしてそうであろうか。投票した側の人間のつもりはそうであっただろうか。半数以上は、莫大な赤字財政を何とか帳尻合わせるまで辞めさせるものかという気持ちだったかもしれない。会社が傾く程使い込みをした社員に、責任取りますという一言で辞められちゃたまらない、穴うめするまでこき使ってやるというそんなつもりだったのかもしれない。又、住民エゴを助長しただけの対話の後始末を、この四年間でつけてみろという」一票だったかもしれない。
少なくとも、ファッショの嵐に立ち向かった勇士として選んでないことだけは確かである。
大阪の黒田氏は、当せんが決まった時、私を選んだ大衆の賢明さに敬意を表するということをしゃべっていたが、これなども思う上がりもはなはだしい。
要するに選んだ側のつもりと選ばれた側のつもりが恐ろしい程違っているのである。話す側のつもりと、聴く側のつもりがまるでかけはなれているという状態をあまりに見過ぎるためであろう。だから寒くなるのである
そこに、藤圭子が存在していい土壌があるような気がする。
怨歌とはなんだろうか。怨みとか宿命とかという、言葉にとらわれてはこの解答は見つからないと思う。そんな、おどろおどろしたものではない。誰かを殺すとか、何かに火を放つとか、そんなエキセントリックなものではない。もっと、普通の人間が、人と会った帰り道とか、人の群れを離れた時とか、又、大群衆のその中で妙にとけこまないでいる時とかに、しみじみと感じることを怨みの本体と見たいと思うのである。
それは、何かというと、『人の気持ってのは、通じないもんなんですねえ』という一瞬思う寒さからはじまるものだと思うのである。
真意が、好意が、善意が、愛が、恋が、友情が、親切が、やさしさが、弁解が、説明が、謝罪が、歎願が、叱責が、とにかく、こちらのつもりと向こうのつもりとの間に、食い違いが生まれた時、藤圭子の怨歌が存在するような気がするのである。
『人の気持ちってのは、通じないものなのですね』
だから、尚更誰かにしゃべってみたい、歌ってみたいという気持ちが生まれると思うのである。
毎週、送られてくる詞を読んでいて、ほとんどの人が、詞を形づくる技術は備えていると思う。ただ、何故歌が必要かということを考えている人がいないように思う。
技術論のような、最短距離を行こうとする勉強法は無用である。ましてや、過去の歌謡曲のフレーズを整理した本を読み、その順列組合せで詞が出来るなどという言葉にのせられて、その気になる人が、ぼくは悲しい。もし、そんな方法でヒット曲や、名詞が出来るなら、その本の著者はトップ作詞家になっているはずなのである。
例えば、選挙がある。政治というファイルにおさめてしまわないことが作詞の勉強だと思うのでる。
『今週の採点』
ゴルフなどで、Ｇ・プレイヤーやＪ・ニコラウスなどの名手の簡単なアドバイスで、今まで動かなかった体がスムーズに動くようになったという話をきく。それも吊り鐘のヒモを両手でひっぱり下ろすようにとか、そのような言葉でのイメージで、素人はできるようになるものらしい。
それと同じようなアドバイスの仕方が出来るといいと思うのだが、それは少々、詞の場合には無理である。
ただ、演歌（怨歌）という意識で、力みかえっている部分は、フォークのつもりで書いてみたらどうだろう。そしたら、もっと素直に真意が伝わりやすいのではないか、といったことはいえると思う。
演歌とフォーク、今、両極にあって実は一番近いものだということを知るべきだし、フォークということで、肩の力がとれるのなら、それもやってみることだと思う。
（以下略）
�� こだわるな 怨みや宿命
まちわびた春だというのに妙に沈んだ空気がうかがえる。
ゴールデン・ウィークの人出予想も、大型レジャーに類するものは近来になく低調だという。人員整理をしないということを条件に昇給をすえ置きをのむ大手組合が現れる。
そういえば、先日の統一地方選挙も何か寒い思いがしたものである。
誰が選ばれたということに対してではない。選んだ人間のつもりと、選ばれた人間のつもりが余りにかけ離れているからである。
東京の美濃部氏は、ファッショを駆逐したと勝利宣言をする。しかし、果たしてそうであろうか。投票した側の人間のつもりはそうであっただろうか。半数以上は、莫大な赤字財政を何とか帳尻合わせるまで辞めさせるものかという気持ちだったかもしれない。会社が傾く程使い込みをした社員に、責任取りますという一言で辞められちゃたまらない、穴うめするまでこき使ってやるというそんなつもりだったのかもしれない。又、住民エゴを助長しただけの対話の後始末を、この四年間でつけてみろという」一票だったかもしれない。
少なくとも、ファッショの嵐に立ち向かった勇士として選んでないことだけは確かである。
大阪の黒田氏は、当せんが決まった時、私を選んだ大衆の賢明さに敬意を表するということをしゃべっていたが、これなども思う上がりもはなはだしい。
要するに選んだ側のつもりと選ばれた側のつもりが恐ろしい程違っているのである。話す側のつもりと、聴く側のつもりがまるでかけはなれているという状態をあまりに見過ぎるためであろう。だから寒くなるのである
そこに、藤圭子が存在していい土壌があるような気がする。
怨歌とはなんだろうか。怨みとか宿命とかという、言葉にとらわれてはこの解答は見つからないと思う。そんな、おどろおどろしたものではない。誰かを殺すとか、何かに火を放つとか、そんなエキセントリックなものではない。もっと、普通の人間が、人と会った帰り道とか、人の群れを離れた時とか、又、大群衆のその中で妙にとけこまないでいる時とかに、しみじみと感じることを怨みの本体と見たいと思うのである。
それは、何かというと、『人の気持ってのは、通じないもんなんですねえ』という一瞬思う寒さからはじまるものだと思うのである。
真意が、好意が、善意が、愛が、恋が、友情が、親切が、やさしさが、弁解が、説明が、謝罪が、歎願が、叱責が、とにかく、こちらのつもりと向こうのつもりとの間に、食い違いが生まれた時、藤圭子の怨歌が存在するような気がするのである。
『人の気持ちってのは、通じないものなのですね』
だから、尚更誰かにしゃべってみたい、歌ってみたいという気持ちが生まれると思うのである。
毎週、送られてくる詞を読んでいて、ほとんどの人が、詞を形づくる技術は備えていると思う。ただ、何故歌が必要かということを考えている人がいないように思う。
技術論のような、最短距離を行こうとする勉強法は無用である。ましてや、過去の歌謡曲のフレーズを整理した本を読み、その順列組合せで詞が出来るなどという言葉にのせられて、その気になる人が、ぼくは悲しい。もし、そんな方法でヒット曲や、名詞が出来るなら、その本の著者はトップ作詞家になっているはずなのである。
例えば、選挙がある。政治というファイルにおさめてしまわないことが作詞の勉強だと思うのでる。
『今週の採点』
ゴルフなどで、Ｇ・プレイヤーやＪ・ニコラウスなどの名手の簡単なアドバイスで、今まで動かなかった体がスムーズに動くようになったという話をきく。それも吊り鐘のヒモを両手でひっぱり下ろすようにとか、そのような言葉でのイメージで、素人はできるようになるものらしい。
それと同じようなアドバイスの仕方が出来るといいと思うのだが、それは少々、詞の場合には無理である。
ただ、演歌（怨歌）という意識で、力みかえっている部分は、フォークのつもりで書いてみたらどうだろう。そしたら、もっと素直に真意が伝わりやすいのではないか、といったことはいえると思う。
演歌とフォーク、今、両極にあって実は一番近いものだということを知るべきだし、フォークということで、肩の力がとれるのなら、それもやってみることだと思う。
（以下略）
阿久悠の実践的作詞講座（４）
�� 正直に書こう”女心“
女を描くということをよくいう。あの作家は女が描けるとか、描けないとかいうあれである。「男と女がいた」というこの一フレーズが世界最短の小説であるといわれるくらいであるから、作家にとって、女を描くということは、かなりの比重になるものであろう。
それは作詞家にとっても同じことなのである。
殊に、今回の藤圭子篇の場合、相当に重要な条件であると思うので、歌謡曲における女についてふれてみたいと思う。
現在活躍している作詞家はほとんどがオールラウンド・プレイヤーで、どんなタイプの、どんな状態の歌でも書けるから、なかなか作詞家の本心というものはうかがえないものであるが、この“女”についての部分を研究すると、比較的作詞家の本体がうかがえるような気がするのである。
ひょっとしたら、どんなに変身たくみな作詞家であっても、女に対しての気持ちだけは正直になるのかもしれない。
誰がどれとは言わないが、よくよく分類してみると、女に対しての、希望、期待、憎悪、羨望、嫉妬、あわれみ、愛情、これらがうかがい知れて興味深いものがある。
ぼくについてのことをちょっとふれてみたいと思うのである。
ぼくは、大体、一人立ちしている女性が好きであるから、そして、女性はそうあるべきであると信じていたから、詞の中にもそれをとり入れたのである。たとえば、情事であっても、不倫であっても、背徳であっても、決して被害者ではなく、自分の意思で決定するという女性を描き続けていたのである。
奪われたり捧げたりするのではなく、対等の立場で結ばれる。捨てられるのではなく、自分の意志で別れる。未練という情緒的な形ではなく、追憶とか悔恨といったやや理性的な思い方をする。
愛されたり、可愛がられたりではなく、愛する女性を、充分魅力的と信じて描いていたのである。
ちょうど、その頃、なかにし礼全盛時代で、彼は全くぼくとは逆に、女性蔑視とも思える詞を書きつづけていた。たとえば、“奴隷になってもいい”とか“子犬のようにまつわりつく”とか“ぶたれてもいい 撲られてもいい”とか、そういったことである。
ぼくは、このように女性を低位置に見た詞を書いていたら、彼はそのうち女性から闇討ちに合うに違いないと思い、そお反対にこのぼくは、女性の大いなる理解者として、喝采を博するに違いないと思ったものである。
ところが、結果は全く逆で、闇討ちに合うはずのなかにし礼が、女心を実によくわかる名人として名声を博し、この僕は、たった一言、“先生の詞は全然可哀そうでないという事で片づけられてしまったのである。
その時、ふと思ったのである。やっぱり、女はこうあることが魅力的だというより、女はこうであるからいとおしいという見方でなければいけないものであろうかと……。
売れる売れないということを体験的に考えれば、詞の中の女性は、二十年保守的でなければならないとか、自分に対してマゾ、他人に対してサドでなければならないとか、女性馬鹿でなければならないとか、上流でなく中流に対する憧れをもっていなければならないとか、いろいろ考えられるのであるが、ぼく自身としては、いまだに、女性というものはもっと利口な筈ではなかったかと思い続けているのである。
来週は、詞の中の女性について、もう少し具体的にふれてみたいと思っている。
『今週の採点』
（以下、略）
�� 正直に書こう”女心“
女を描くということをよくいう。あの作家は女が描けるとか、描けないとかいうあれである。「男と女がいた」というこの一フレーズが世界最短の小説であるといわれるくらいであるから、作家にとって、女を描くということは、かなりの比重になるものであろう。
それは作詞家にとっても同じことなのである。
殊に、今回の藤圭子篇の場合、相当に重要な条件であると思うので、歌謡曲における女についてふれてみたいと思う。
現在活躍している作詞家はほとんどがオールラウンド・プレイヤーで、どんなタイプの、どんな状態の歌でも書けるから、なかなか作詞家の本心というものはうかがえないものであるが、この“女”についての部分を研究すると、比較的作詞家の本体がうかがえるような気がするのである。
ひょっとしたら、どんなに変身たくみな作詞家であっても、女に対しての気持ちだけは正直になるのかもしれない。
誰がどれとは言わないが、よくよく分類してみると、女に対しての、希望、期待、憎悪、羨望、嫉妬、あわれみ、愛情、これらがうかがい知れて興味深いものがある。
ぼくについてのことをちょっとふれてみたいと思うのである。
ぼくは、大体、一人立ちしている女性が好きであるから、そして、女性はそうあるべきであると信じていたから、詞の中にもそれをとり入れたのである。たとえば、情事であっても、不倫であっても、背徳であっても、決して被害者ではなく、自分の意思で決定するという女性を描き続けていたのである。
奪われたり捧げたりするのではなく、対等の立場で結ばれる。捨てられるのではなく、自分の意志で別れる。未練という情緒的な形ではなく、追憶とか悔恨といったやや理性的な思い方をする。
愛されたり、可愛がられたりではなく、愛する女性を、充分魅力的と信じて描いていたのである。
ちょうど、その頃、なかにし礼全盛時代で、彼は全くぼくとは逆に、女性蔑視とも思える詞を書きつづけていた。たとえば、“奴隷になってもいい”とか“子犬のようにまつわりつく”とか“ぶたれてもいい 撲られてもいい”とか、そういったことである。
ぼくは、このように女性を低位置に見た詞を書いていたら、彼はそのうち女性から闇討ちに合うに違いないと思い、そお反対にこのぼくは、女性の大いなる理解者として、喝采を博するに違いないと思ったものである。
ところが、結果は全く逆で、闇討ちに合うはずのなかにし礼が、女心を実によくわかる名人として名声を博し、この僕は、たった一言、“先生の詞は全然可哀そうでないという事で片づけられてしまったのである。
その時、ふと思ったのである。やっぱり、女はこうあることが魅力的だというより、女はこうであるからいとおしいという見方でなければいけないものであろうかと……。
売れる売れないということを体験的に考えれば、詞の中の女性は、二十年保守的でなければならないとか、自分に対してマゾ、他人に対してサドでなければならないとか、女性馬鹿でなければならないとか、上流でなく中流に対する憧れをもっていなければならないとか、いろいろ考えられるのであるが、ぼく自身としては、いまだに、女性というものはもっと利口な筈ではなかったかと思い続けているのである。
来週は、詞の中の女性について、もう少し具体的にふれてみたいと思っている。
『今週の採点』
（以下、略）
阿久悠の実践的作詞講座（５）
�ァ，泙彩ノ蓮／Ш漫∩杼�を
非常に面白い話をきいたのである。あるディレクターと雑談していた時の話であるが、美人の女性歌手の詞を女流作詞家に書かせるということは余りよくないみたいだな、と彼はいうのである。
何故かというと、潜在的に嫉妬心が働いて、必ずしもその歌手にとって一番魅力の女性を創造してない。悪くいうと、ちょっとしたはずみに恥をかくように仕組んでいる。いいかえれば、表面はともかく、根本的にはとってもイヤラシイ女にかいてしまうということである。
多分に邪推の部分はあるにしても、そういうこともあるかなとふと思ったのである。
さて、詞に於ける女の描き方であるが、技術に於ける定石があるわけではない。しかも、今のエピソードのような部分で、描く時の気持ちみたいなものにふれてみたいと思うのである。
とりあえず、「女を描く時の十の条件」というべきものを並べてみようと思う。
�� 「女は魅力的でなければならない」
如何なる状況、如何なる設定の中に於ても、登場する女は魅力を備えていなければならないということである。泥にまみれてあえいでいる女を描く時も、その生きざまのけなげさであるとか、失わない清冽な部分であるとか、泥に焦点を合わせるのではなく、女の魅力をひき出すことに焦点を合わせるべきである。
つまりは、何に惹かれてこの女を登場(とうじょう)させたか、が作者の中で明確である必要があるということである。
�� 「処女か非処女かわかること」
何も私は処女ですとことわることはない。とっくに経験ある女よと申告する必要はない。しかし、読んで、聴いて、どのくらいの成熟度の女かをわからせる必要はあるのである。それによって、哀しみの種類や、しあわせの種類がちがってくるし、作品の持つ成熟度といったものも関係して来るのである。
�� 「容貌、服装を描かずに想像させること」
克明な描写がかえって印象を薄れさせるということはよくあることである。それより、読み手、聴き手が、勝手に、和服で、髪はアップで、伏し目がちで、色白でと想像させる方が魅力的である。
�� 「職業も想像させること」
私ゃホステス夜咲く花よとか何も仰々しく語ることはないのである。ホステスだから悲しい歌は他の人には関係ない。人間だから、女だから悲しいことが描けなければ意味のないことなのである。それがあって、解釈する側が、ホステスなら非常に理解しやすいということになれば、その世界を描けばいいことなのである。
�� 「一人称では心根を、三人称では絵になる女を描くこと」
�� 「語尾の変化だけで、女言葉に見せようとする手抜きをやめること」
女言葉の詞がある。しかし、そのほとんどが、語尾に“なの”“だわ”“いわ”がくっついているだけのものが多い。女の感性を理解したところから出発してほしい。
�� 「女に色彩を感じさせること」
カメラマンのつもりになってほしい。モノクローム（白黒）で撮りたいのか、自然色で撮りたいのか、何かの色彩のフィルターをかけて撮りたいのか、何か一点だけ色彩を残したいのか、粒子を荒っぽく仕上げたいのか、出来上がりのトーンまで神経を使ってほしいのである。
�� 「生きている女を感じさせること」
一種の思い込みで女を描かないことである。一例をあげれば、「○○だから ○○よ」というきめつけの方法は魅力をそぐということを知ってほしい。知ったうえで逆手にとることは一向にかまわないが、「ホステスだから 悲しいのよ」とか「十六だから 純情よ」といった最短距離を結ぶやり方は面白くもおかしくもないのである。ホステスを悲しいと結ぶところに詞があり、十六と純情を結ぶところにドラマがあるのであって、その部分を○○だから、○○よで片づけてしまっては、もはや作品ではないと思う。
思い込みで描かなければ、作者の目が生きていれば女も生きてくるものである。
�� 「女の習性を理解すること」
�� 「女に愛情を抱くこと」
知らないこと、きらいなことは描いてはいけないといっても極言ではないと思う。
知るということと、自ら経験するということはイコールではないということを、念のため、断わって置きたい。
さて、以上のことを心に入れて、藤圭子という女が歌う詞を書いてみてもらいたいと思うのである。
『今週の採点』
（以下、略）
�ァ，泙彩ノ蓮／Ш漫∩杼�を
非常に面白い話をきいたのである。あるディレクターと雑談していた時の話であるが、美人の女性歌手の詞を女流作詞家に書かせるということは余りよくないみたいだな、と彼はいうのである。
何故かというと、潜在的に嫉妬心が働いて、必ずしもその歌手にとって一番魅力の女性を創造してない。悪くいうと、ちょっとしたはずみに恥をかくように仕組んでいる。いいかえれば、表面はともかく、根本的にはとってもイヤラシイ女にかいてしまうということである。
多分に邪推の部分はあるにしても、そういうこともあるかなとふと思ったのである。
さて、詞に於ける女の描き方であるが、技術に於ける定石があるわけではない。しかも、今のエピソードのような部分で、描く時の気持ちみたいなものにふれてみたいと思うのである。
とりあえず、「女を描く時の十の条件」というべきものを並べてみようと思う。
�� 「女は魅力的でなければならない」
如何なる状況、如何なる設定の中に於ても、登場する女は魅力を備えていなければならないということである。泥にまみれてあえいでいる女を描く時も、その生きざまのけなげさであるとか、失わない清冽な部分であるとか、泥に焦点を合わせるのではなく、女の魅力をひき出すことに焦点を合わせるべきである。
つまりは、何に惹かれてこの女を登場(とうじょう)させたか、が作者の中で明確である必要があるということである。
�� 「処女か非処女かわかること」
何も私は処女ですとことわることはない。とっくに経験ある女よと申告する必要はない。しかし、読んで、聴いて、どのくらいの成熟度の女かをわからせる必要はあるのである。それによって、哀しみの種類や、しあわせの種類がちがってくるし、作品の持つ成熟度といったものも関係して来るのである。
�� 「容貌、服装を描かずに想像させること」
克明な描写がかえって印象を薄れさせるということはよくあることである。それより、読み手、聴き手が、勝手に、和服で、髪はアップで、伏し目がちで、色白でと想像させる方が魅力的である。
�� 「職業も想像させること」
私ゃホステス夜咲く花よとか何も仰々しく語ることはないのである。ホステスだから悲しい歌は他の人には関係ない。人間だから、女だから悲しいことが描けなければ意味のないことなのである。それがあって、解釈する側が、ホステスなら非常に理解しやすいということになれば、その世界を描けばいいことなのである。
�� 「一人称では心根を、三人称では絵になる女を描くこと」
�� 「語尾の変化だけで、女言葉に見せようとする手抜きをやめること」
女言葉の詞がある。しかし、そのほとんどが、語尾に“なの”“だわ”“いわ”がくっついているだけのものが多い。女の感性を理解したところから出発してほしい。
�� 「女に色彩を感じさせること」
カメラマンのつもりになってほしい。モノクローム（白黒）で撮りたいのか、自然色で撮りたいのか、何かの色彩のフィルターをかけて撮りたいのか、何か一点だけ色彩を残したいのか、粒子を荒っぽく仕上げたいのか、出来上がりのトーンまで神経を使ってほしいのである。
�� 「生きている女を感じさせること」
一種の思い込みで女を描かないことである。一例をあげれば、「○○だから ○○よ」というきめつけの方法は魅力をそぐということを知ってほしい。知ったうえで逆手にとることは一向にかまわないが、「ホステスだから 悲しいのよ」とか「十六だから 純情よ」といった最短距離を結ぶやり方は面白くもおかしくもないのである。ホステスを悲しいと結ぶところに詞があり、十六と純情を結ぶところにドラマがあるのであって、その部分を○○だから、○○よで片づけてしまっては、もはや作品ではないと思う。
思い込みで描かなければ、作者の目が生きていれば女も生きてくるものである。
�� 「女の習性を理解すること」
�� 「女に愛情を抱くこと」
知らないこと、きらいなことは描いてはいけないといっても極言ではないと思う。
知るということと、自ら経験するということはイコールではないということを、念のため、断わって置きたい。
さて、以上のことを心に入れて、藤圭子という女が歌う詞を書いてみてもらいたいと思うのである。
『今週の採点』
（以下、略）
４月３０日テレ東 17:56 再放送の「プレイバック日本歌手協会歌謡祭」
”合田道人”氏 が自著【 紅白 歌合戦の真実 】を読みあげながら各出演歌手の
紅白出場前後を紹介。 この場面は初めて見ました。 1995年６月 歌唱シーン
はネット動画で見たような・・・。自信に満ち溢れています。 以下一部文章を
ピックアップ。 記述後半の ”・・・・・紅白関連の話題では"の箇所はファン
歴浅い私には 初耳です。紅白でトリ？
『・・・さて十五 十六 十七と私の人生暗かった‥、怨念をこめた藤圭子、日本
人の心をゆさぶる。ご存じ”平成の歌姫”宇多田ヒカルのお母さんである。現代の
宇多田と同じように、宇多田ママも当時それこそ「時代の申し子」の名をほしい
ままにした。（中略）藤圭子、売れに売れ社会現象に。経済大国にのし上がった
日本人の心の奥底に潜んでいた貧困や恨みの思いが彼女によって喚起され、彼女
の歌を通して爆発したのだ。・・・・・紅白関連の話題では、出場するのかとい
ったものではなく、一体どの曲を歌うのか？であり、初出場ながらトリで歌うの
か？といった扱いだった。前年までのトリは７年連続通算１０回の美空ひばりが
（中略）・・新人、藤圭子が適任と言われ（TV画面でのこの先の原稿見えず）』
”合田道人”氏 が自著【 紅白 歌合戦の真実 】を読みあげながら各出演歌手の
紅白出場前後を紹介。 この場面は初めて見ました。 1995年６月 歌唱シーン
はネット動画で見たような・・・。自信に満ち溢れています。 以下一部文章を
ピックアップ。 記述後半の ”・・・・・紅白関連の話題では"の箇所はファン
歴浅い私には 初耳です。紅白でトリ？
『・・・さて十五 十六 十七と私の人生暗かった‥、怨念をこめた藤圭子、日本
人の心をゆさぶる。ご存じ”平成の歌姫”宇多田ヒカルのお母さんである。現代の
宇多田と同じように、宇多田ママも当時それこそ「時代の申し子」の名をほしい
ままにした。（中略）藤圭子、売れに売れ社会現象に。経済大国にのし上がった
日本人の心の奥底に潜んでいた貧困や恨みの思いが彼女によって喚起され、彼女
の歌を通して爆発したのだ。・・・・・紅白関連の話題では、出場するのかとい
ったものではなく、一体どの曲を歌うのか？であり、初出場ながらトリで歌うの
か？といった扱いだった。前年までのトリは７年連続通算１０回の美空ひばりが
（中略）・・新人、藤圭子が適任と言われ（TV画面でのこの先の原稿見えず）』
>>[412]
トリの話は一部でそういう話もあったという程度でしょう。この年のトリは美空ひばりでした。ただ、1970年という年はまさに「藤圭子」の年で、十以上の賞を受賞したといわれています。彼女にとって不運だったのは、レコード大賞確定的といわれていた中で、先に第1回歌謡大賞を受賞したことにより、レコード大賞大衆賞にまわされたことでしょう。
レコード大賞はTBSの賞で、これに対抗して他の民放が歌謡大賞を創設しました。そのため、両者の対抗意識が強かった。後年には同時受賞者も出ていますが、なにしろ第1回だったので、同時受賞とはなりませんでした。
特筆すべきは、ブルーリボン大賞を受賞していることです。ブルーリボン賞は主に俳優を対象とした賞で、歌手としての受賞は彼女が最初です。美空ひばりも受賞していません。
江利チエミが受賞していますが、それはミュージカル「マイ・フェア・レディ」での演技が対象になったものです。
それから、広告コピーの賞で「演歌はやっぱり藤圭子」というのがグランプリを受賞しています。
トリの話は一部でそういう話もあったという程度でしょう。この年のトリは美空ひばりでした。ただ、1970年という年はまさに「藤圭子」の年で、十以上の賞を受賞したといわれています。彼女にとって不運だったのは、レコード大賞確定的といわれていた中で、先に第1回歌謡大賞を受賞したことにより、レコード大賞大衆賞にまわされたことでしょう。
レコード大賞はTBSの賞で、これに対抗して他の民放が歌謡大賞を創設しました。そのため、両者の対抗意識が強かった。後年には同時受賞者も出ていますが、なにしろ第1回だったので、同時受賞とはなりませんでした。
特筆すべきは、ブルーリボン大賞を受賞していることです。ブルーリボン賞は主に俳優を対象とした賞で、歌手としての受賞は彼女が最初です。美空ひばりも受賞していません。
江利チエミが受賞していますが、それはミュージカル「マイ・フェア・レディ」での演技が対象になったものです。
それから、広告コピーの賞で「演歌はやっぱり藤圭子」というのがグランプリを受賞しています。
阿久悠の実践的作詞講座（５）
�� 「彼女」とデートするならば
日本人の生活意識調査をしたら、その９０％が、中産階級と答えるだろう。もしくは、中流家庭という答え方をするかもしれない。
そして、彼らが定義する中流家庭とはどういうものかというと、エレクトーン、小型国産車、冷凍庫付き冷蔵庫、国産ワイン、年何回かの家族旅行、月一回のゴルフ、週一回のセックス、三日に一回の麻雀、月額の書籍費三千円、二週間に一回の美容院、証券会社のダイレクトメール、寺内貫太郎一家、主食にインスタント食品を出さない、鉄道弘済会で買う推理小説、十五年払いの建売住宅……ETC、それらが寄り集まって何がしかの満足感と何がしかの不満を生み、中流家庭という答えにしていると思うのである。
だから、少々の見栄を必要とする時は、我々中流家庭はといい、逆に何かを訴える時には、我々庶民はというのである。
自ら庶民ということはあっても、他人から庶民といわれることはひどく嫌う。なにか侮辱を受けたような気持になるらしいのだが、実は全員まぎれもなく庶民なのである。
たとえ、世の中の仕組みの都合で中流家庭と思いこまされていたとしても、庶民であることに違いない。中流家庭が持っていそうなものを、手に入れる方法がつくられたというだけで、我々庶民が中流に格上げされたのでは決してないのである。
藤圭子の歌を作る時、真の庶民のかなしみはということを考えるべきだと思うのである。
何かひどく思い違いをしていたが、我々は庶民なのだと気づいた時、藤圭子の体をかりて歌わせる歌が見つかる気がするのである。
ホステスの詞を書こうと考える。失恋の詞を書こうと考える。やけ酒の詞を書こうと考える。それはそれでかまわないが、そこからスタートした場合、どうしても慣用語のなぞりが先になってしまう。ネオンだとか、夜の巷とか、暗い路地裏とか、グラスの酒とか、未練とか、裏切られたとか、実のない男とか、つらい運命とか、あるいは、流しのギターとか、夜の蝶とか、細いとまり木とか、重い扉とか、そういった言葉のモンタージュになってしまうケースが多いのである。それらは、一時的にはやったファッションのようなもので、鮮烈な光景としては目にとびこんでは来ないのである。
そうするにはどうしたらいいか。まずは、頭の中で藤圭子と一緒に歩く必要があると思うのである。いろんな歩き方があるが、自問自答のＱ＆Ａが一人の女の像を見事に描き出して来るはずである。
�� 彼女はどこに住んでいるのがふさわしいか。
�� 彼女とデートするならどこがいいか。
�� 彼女は、ステーキ・ディナーと天麩羅定食のどちらを選ぶだろうか。
�� 彼女の最終学歴は何であろうか。
�� 彼女は飛行機に乗ったことがあるだろうか。
�� 彼女は処女だろうか。
�� 彼女に、今晩淋しいから一緒にいてくれよといったらどう答えるだろうか。
�� 彼女が考えている幸福とは何だろうか。
�� 彼女が今一番欲しいものは何だろうか。
�� そんな彼女は、俺をどう思っているんだろうか。
この質問はあくまで例である。そして、彼女といっているのは藤圭子のことではない。藤圭子に仮託するイメージの女である。
この頭の中の散歩が終わると、かなりいろんなものが見えて来る筈である。そして、庶民とは、かなしみとは、不幸とは、そういったものが、字面の上だけでなく、聴く人との共通の情感として、とらえられると思う。
藤圭子−悲しい女−ホステス。こういった最短距離からスタートしないで欲しい。悲しいのは水商売だけではない。我々だって、やたら悲しいのである。
『今週の採点』
大体ぼくは欲が深くて、理想が高くて、それを人にも要求する良癖と悪癖があるから、どうしても点数が辛くなってしまうのである。だから、ここまで書けていたら上等だよとという部分ではほめない。藤圭子篇であれば、石坂まさを氏や山口洋子氏が書いていたものよりいいもの、という基準で作品を探しているということを了承してほしい。
「圭子のさすらい」（静岡市・よしかわかおり）
（歌詞は省略）
という感じで五コーラスからなる詞である。古い型を踏んでいながら古くない。それは時々使われる小道具、じっとりとめいったものでないからだろう。
じめじめした裏通りにしゃがんでいるという感じではなく、悲しみは悲しみで妙に明るいところがいいと思う。ややフォークに近いタッチの個性で曲をつけてみたい感じがする。
（以下、略）
�� 「彼女」とデートするならば
日本人の生活意識調査をしたら、その９０％が、中産階級と答えるだろう。もしくは、中流家庭という答え方をするかもしれない。
そして、彼らが定義する中流家庭とはどういうものかというと、エレクトーン、小型国産車、冷凍庫付き冷蔵庫、国産ワイン、年何回かの家族旅行、月一回のゴルフ、週一回のセックス、三日に一回の麻雀、月額の書籍費三千円、二週間に一回の美容院、証券会社のダイレクトメール、寺内貫太郎一家、主食にインスタント食品を出さない、鉄道弘済会で買う推理小説、十五年払いの建売住宅……ETC、それらが寄り集まって何がしかの満足感と何がしかの不満を生み、中流家庭という答えにしていると思うのである。
だから、少々の見栄を必要とする時は、我々中流家庭はといい、逆に何かを訴える時には、我々庶民はというのである。
自ら庶民ということはあっても、他人から庶民といわれることはひどく嫌う。なにか侮辱を受けたような気持になるらしいのだが、実は全員まぎれもなく庶民なのである。
たとえ、世の中の仕組みの都合で中流家庭と思いこまされていたとしても、庶民であることに違いない。中流家庭が持っていそうなものを、手に入れる方法がつくられたというだけで、我々庶民が中流に格上げされたのでは決してないのである。
藤圭子の歌を作る時、真の庶民のかなしみはということを考えるべきだと思うのである。
何かひどく思い違いをしていたが、我々は庶民なのだと気づいた時、藤圭子の体をかりて歌わせる歌が見つかる気がするのである。
ホステスの詞を書こうと考える。失恋の詞を書こうと考える。やけ酒の詞を書こうと考える。それはそれでかまわないが、そこからスタートした場合、どうしても慣用語のなぞりが先になってしまう。ネオンだとか、夜の巷とか、暗い路地裏とか、グラスの酒とか、未練とか、裏切られたとか、実のない男とか、つらい運命とか、あるいは、流しのギターとか、夜の蝶とか、細いとまり木とか、重い扉とか、そういった言葉のモンタージュになってしまうケースが多いのである。それらは、一時的にはやったファッションのようなもので、鮮烈な光景としては目にとびこんでは来ないのである。
そうするにはどうしたらいいか。まずは、頭の中で藤圭子と一緒に歩く必要があると思うのである。いろんな歩き方があるが、自問自答のＱ＆Ａが一人の女の像を見事に描き出して来るはずである。
�� 彼女はどこに住んでいるのがふさわしいか。
�� 彼女とデートするならどこがいいか。
�� 彼女は、ステーキ・ディナーと天麩羅定食のどちらを選ぶだろうか。
�� 彼女の最終学歴は何であろうか。
�� 彼女は飛行機に乗ったことがあるだろうか。
�� 彼女は処女だろうか。
�� 彼女に、今晩淋しいから一緒にいてくれよといったらどう答えるだろうか。
�� 彼女が考えている幸福とは何だろうか。
�� 彼女が今一番欲しいものは何だろうか。
�� そんな彼女は、俺をどう思っているんだろうか。
この質問はあくまで例である。そして、彼女といっているのは藤圭子のことではない。藤圭子に仮託するイメージの女である。
この頭の中の散歩が終わると、かなりいろんなものが見えて来る筈である。そして、庶民とは、かなしみとは、不幸とは、そういったものが、字面の上だけでなく、聴く人との共通の情感として、とらえられると思う。
藤圭子−悲しい女−ホステス。こういった最短距離からスタートしないで欲しい。悲しいのは水商売だけではない。我々だって、やたら悲しいのである。
『今週の採点』
大体ぼくは欲が深くて、理想が高くて、それを人にも要求する良癖と悪癖があるから、どうしても点数が辛くなってしまうのである。だから、ここまで書けていたら上等だよとという部分ではほめない。藤圭子篇であれば、石坂まさを氏や山口洋子氏が書いていたものよりいいもの、という基準で作品を探しているということを了承してほしい。
「圭子のさすらい」（静岡市・よしかわかおり）
（歌詞は省略）
という感じで五コーラスからなる詞である。古い型を踏んでいながら古くない。それは時々使われる小道具、じっとりとめいったものでないからだろう。
じめじめした裏通りにしゃがんでいるという感じではなく、悲しみは悲しみで妙に明るいところがいいと思う。ややフォークに近いタッチの個性で曲をつけてみたい感じがする。
（以下、略）
阿久悠の実践的作詞講座（６）
�� 四行詞の快いリズムを
演歌を書く時、それでは四行詞にしましょうかというのは、よく出る話である。
又、実際、この講座に於ても、四行詞にかき直してみたら、と注文を付けたこともある。
“阿久悠の実践的作詞講座・藤圭子篇”も今回で七週目、当選作決定まで後一週というところまで来てしまったので、最も基本的な四行詞について考えてみたいのである。
まず、四行詞の意味を理解して欲しいと思うのである。
四行詞はになおしてみたら、という注文をつけると、成程四行から成る詞になって来るのだが、それは四行詞と似て非なるものであるというのが、ほとんどである。
その型の持っている言語的快感で書いてみようではないかということである。その型が古いかどうかという論議は、ここでは避けることにする。
７ ７
７ ５
７ ７
７ ５
これが代表的な四行詞の音数である。型というと、この音数を型だと錯覚しがちであるが、これはいわば枠に過ぎない。
型とは、最初のフレーズが次のフレーズにかかるかかり方、最初のフレーズが次のフレーズをひき出すひき出し方、そういった一種の約束事を型といっている。それが日本語の韻の快感になっているのである。
これは日本語自体が、音楽と無縁に有しているリズムであると同時に、約束事の上に成り立つ言葉をひき出して来る独特の型になっているのである。
浮いた浮いたと浜町河岸に
浮かれ柳のはずかしさ
人目しのんで小舟を出せば
すねた夜風が邪魔をする
見て分かるように、音数のリズム、タカタカタカタ タカタカタカタ タカタカタ ということの他に、言葉自体にリズムがあるのである。
“浮いた浮いたと”と来れば次に何が来るか、“浮かれ柳の”と来ればその後に何がつづくか、一つの基本にのっとっているものだということを理解してほしい。
それと、古来の日本の韻文というものは、一つの言葉のグループの比例代表制のような形をとって成立しているということも、理解すべきではないだろうか。
一つの言葉をいえば、季節から、情感から、状態までいいつくせるという仕組みになっていたのである。
月といえば、特にことわり書きがない限り、それは、秋で、晴れていて、満月で、静寂で、ということが言い表せるという具合で、だから、大胆な省略が用いられたわけである。
今、この通りのことをやるべきだということを書いているのではない。今や、書き手と受け手の間にそのような約束事は成立しなくなっている。お座敷で愛好家が集まってまって作品を披露しあうという発表の仕方とは大きく変わっている。
しかし、四行詞と言われた場合、音のリズムとともに、言葉のリズムも同時に要求されているということは、考えるべきだと思う。
そういう意味で、ぼく自身も、古来の型での四行詞を書いたことはないが、文体のリズムを心がけたというものはいくつかある。
藤圭子に以前書いた「京都から博多まで」というのは、四行ではないが、四行詞＋二行詞といえるものではないかと思うのである。
肩につめた（い） 小雨が重（い）
思いきれな（い） 未練が重（い）
鐘が[鳴る鳴る］ 哀れむ[ように］
馬鹿な女という[ように」
京都[から]博多[まで] あなたを追って
西へ流れて行く女
このカッコで囲んだ部分の積み重ね、又は対になっている扱いが一つのリズムをつくっているのである。
『今週の採点』
（以下、略）
�� 四行詞の快いリズムを
演歌を書く時、それでは四行詞にしましょうかというのは、よく出る話である。
又、実際、この講座に於ても、四行詞にかき直してみたら、と注文を付けたこともある。
“阿久悠の実践的作詞講座・藤圭子篇”も今回で七週目、当選作決定まで後一週というところまで来てしまったので、最も基本的な四行詞について考えてみたいのである。
まず、四行詞の意味を理解して欲しいと思うのである。
四行詞はになおしてみたら、という注文をつけると、成程四行から成る詞になって来るのだが、それは四行詞と似て非なるものであるというのが、ほとんどである。
その型の持っている言語的快感で書いてみようではないかということである。その型が古いかどうかという論議は、ここでは避けることにする。
７ ７
７ ５
７ ７
７ ５
これが代表的な四行詞の音数である。型というと、この音数を型だと錯覚しがちであるが、これはいわば枠に過ぎない。
型とは、最初のフレーズが次のフレーズにかかるかかり方、最初のフレーズが次のフレーズをひき出すひき出し方、そういった一種の約束事を型といっている。それが日本語の韻の快感になっているのである。
これは日本語自体が、音楽と無縁に有しているリズムであると同時に、約束事の上に成り立つ言葉をひき出して来る独特の型になっているのである。
浮いた浮いたと浜町河岸に
浮かれ柳のはずかしさ
人目しのんで小舟を出せば
すねた夜風が邪魔をする
見て分かるように、音数のリズム、タカタカタカタ タカタカタカタ タカタカタ ということの他に、言葉自体にリズムがあるのである。
“浮いた浮いたと”と来れば次に何が来るか、“浮かれ柳の”と来ればその後に何がつづくか、一つの基本にのっとっているものだということを理解してほしい。
それと、古来の日本の韻文というものは、一つの言葉のグループの比例代表制のような形をとって成立しているということも、理解すべきではないだろうか。
一つの言葉をいえば、季節から、情感から、状態までいいつくせるという仕組みになっていたのである。
月といえば、特にことわり書きがない限り、それは、秋で、晴れていて、満月で、静寂で、ということが言い表せるという具合で、だから、大胆な省略が用いられたわけである。
今、この通りのことをやるべきだということを書いているのではない。今や、書き手と受け手の間にそのような約束事は成立しなくなっている。お座敷で愛好家が集まってまって作品を披露しあうという発表の仕方とは大きく変わっている。
しかし、四行詞と言われた場合、音のリズムとともに、言葉のリズムも同時に要求されているということは、考えるべきだと思う。
そういう意味で、ぼく自身も、古来の型での四行詞を書いたことはないが、文体のリズムを心がけたというものはいくつかある。
藤圭子に以前書いた「京都から博多まで」というのは、四行ではないが、四行詞＋二行詞といえるものではないかと思うのである。
肩につめた（い） 小雨が重（い）
思いきれな（い） 未練が重（い）
鐘が[鳴る鳴る］ 哀れむ[ように］
馬鹿な女という[ように」
京都[から]博多[まで] あなたを追って
西へ流れて行く女
このカッコで囲んだ部分の積み重ね、又は対になっている扱いが一つのリズムをつくっているのである。
『今週の採点』
（以下、略）
阿久悠の実践的作詞講座（７）
�� “不幸”の正体きめないで
古い友人や、遠くはなれた知人から、体は大丈夫かという問い合わせが来るのである。
梶山季之さんの突然の死から、あいつはどうだろうかと気にしてくれているものらしい。おれは大丈夫だよ、ピンピンしていると答えてはいるものの、ふと本当にそうかなと考えてしまうものである。
とにかく、幸・不幸観、あるいは、幸・不幸感は、人それぞれ異なるもののであるから、他人のことは何とも言えないが、僕についていえば、さあ、そろそろ年齢の忘れ物は出来なくなっているなと感じるのである。今やりたいことは今やろう、決して忘れものにしちゃ駄目だと、改めて思ったりしている昨日今日というところである。
さて、藤圭子篇になって、ずい分、たくさんの不幸を読ませてもらった。応募詞の８０％以上が不幸の詞であるといってもいい過ぎではないと思うのである。
手を変え、品を変え、立場を変え、状況を変え不幸をとり出して見せてくれたのであるが、もう一つ悲しくないのである。
結構うまいエピソードをつくっているものもあるし、うまい表現をしているものも多いのだが、しみて来ないのである。
それは何故だろうということを、僕自身の反省も含めて、いろいろと考えてみたいと思うのである。
描かれていた不幸とは、どんなものであったのだろう。何をさして不幸とよんでいるのであろうか。
―真心をつくしたにもかかわらず、男は薄情でまるで通じない。私は捨てられた。
―何度も何度も恋をするけれど、いつも不実な男とばかりめぐり逢う。私は男運が悪い。
―大都会の孤独の中で、故郷に帰りたいと思うが、今では帰る故郷がない。私はひとりである。
―落ち着く場所を求めてさすらっているが、どこへ行っても安らぎはない。私には温かい巣がない。
―運命という言葉を信じるわけではないけれど、子どもの時から今までずっと、いい星に恵まれたことがない。私はついてない。
―みじめな初体験が、それ以後の私を変えてしまった。私は女。女は悲しい。
―貧しさがいつも心を寒くする。輝く太陽を仰ぐこともなく、歩く道はいつも路地裏。私は貧しい。
―何故か私を見つめる世間の目はつめたい。私はいじけてしまう。
そして、事実、これらの状況は決して幸福な状況ではないのであるが、又、不幸としても通じていないのである。
それは、最初から、不幸を描こうとしていることに問題があるのではないかと思う。語り手自らが“これは不幸です”“私は不幸です”と決めつけることに因があるような気がする。何が何でも不幸ですという言葉で解決して良いという安易さが、不幸の正体を安っぽくし、噓っぽくしていると思うのである。
人間がいた。何かをした。何かを感じた。
それが不幸なのか、ききとる側にまかせることなのかもしれない。
ふと、そんなことを考えたのである。
『今週の採点』
（以下、略）
�� “不幸”の正体きめないで
古い友人や、遠くはなれた知人から、体は大丈夫かという問い合わせが来るのである。
梶山季之さんの突然の死から、あいつはどうだろうかと気にしてくれているものらしい。おれは大丈夫だよ、ピンピンしていると答えてはいるものの、ふと本当にそうかなと考えてしまうものである。
とにかく、幸・不幸観、あるいは、幸・不幸感は、人それぞれ異なるもののであるから、他人のことは何とも言えないが、僕についていえば、さあ、そろそろ年齢の忘れ物は出来なくなっているなと感じるのである。今やりたいことは今やろう、決して忘れものにしちゃ駄目だと、改めて思ったりしている昨日今日というところである。
さて、藤圭子篇になって、ずい分、たくさんの不幸を読ませてもらった。応募詞の８０％以上が不幸の詞であるといってもいい過ぎではないと思うのである。
手を変え、品を変え、立場を変え、状況を変え不幸をとり出して見せてくれたのであるが、もう一つ悲しくないのである。
結構うまいエピソードをつくっているものもあるし、うまい表現をしているものも多いのだが、しみて来ないのである。
それは何故だろうということを、僕自身の反省も含めて、いろいろと考えてみたいと思うのである。
描かれていた不幸とは、どんなものであったのだろう。何をさして不幸とよんでいるのであろうか。
―真心をつくしたにもかかわらず、男は薄情でまるで通じない。私は捨てられた。
―何度も何度も恋をするけれど、いつも不実な男とばかりめぐり逢う。私は男運が悪い。
―大都会の孤独の中で、故郷に帰りたいと思うが、今では帰る故郷がない。私はひとりである。
―落ち着く場所を求めてさすらっているが、どこへ行っても安らぎはない。私には温かい巣がない。
―運命という言葉を信じるわけではないけれど、子どもの時から今までずっと、いい星に恵まれたことがない。私はついてない。
―みじめな初体験が、それ以後の私を変えてしまった。私は女。女は悲しい。
―貧しさがいつも心を寒くする。輝く太陽を仰ぐこともなく、歩く道はいつも路地裏。私は貧しい。
―何故か私を見つめる世間の目はつめたい。私はいじけてしまう。
そして、事実、これらの状況は決して幸福な状況ではないのであるが、又、不幸としても通じていないのである。
それは、最初から、不幸を描こうとしていることに問題があるのではないかと思う。語り手自らが“これは不幸です”“私は不幸です”と決めつけることに因があるような気がする。何が何でも不幸ですという言葉で解決して良いという安易さが、不幸の正体を安っぽくし、噓っぽくしていると思うのである。
人間がいた。何かをした。何かを感じた。
それが不幸なのか、ききとる側にまかせることなのかもしれない。
ふと、そんなことを考えたのである。
『今週の採点』
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