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野口修一の社会活動レポートコミュのインターネットが縁で新たな交流が始まった ?1

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12.インターネットが縁で新たな交流が始まった ?1

1)熊本とバンクーバー、そして和歌山との交流

 さて次がとんでもないご縁となる、カナダ在住の日本人との出会いです。生まれは、和歌山県出身の女性(以後、Nさん)で、ミドルMLのメールのやり取りから、私のものづくりMLに参加してくれて、いくつかの質問をして来ました。

 内容は、日本の建築事情やカナダと日本の建築工事の違いとかでした。これは後で分かるのですが、結婚しようと思う相手が、スタッコ職人(左官)で、このような職能の人が、もし日本の現場で働くとなった時に可能かどうかというのが、質問の中身だったと思います。でもNさんとは、2〜3ヶ月に一度程度メールのやり取り程度で、でも自己紹介でNさんはバンクーバーで日本から留学生の支援や卒業後の仕事の紹介などをする会社に働いていることは知っていたので、友人の疑問の北米での留学事情について、Nさんに聞いてみました。

 ところが、3晩くらいかけてまとめないと書けないような長文の返事をもらい、「この人は、真面目な人だ、本音でメールが交わせるかも」、これは信用できる人と直感し、本音のメールが始まりました。それでも、時々の情報交換程度に日常メールでした。
 そして、「もうすぐ結婚します」、「もうすぐこどもが生まれます」、「出産に病院に行きます」、数週間して「女の子が生まれました」とメールが入って来てました。それから3ヶ月が過ぎたころ、
「ところで、子供を連れて、和歌山に帰るのですが、熊本まで来て良いですか?」と突然のメールが入って来て、
「もし、時間がとれれば、いいですよ」と安易に返事を返しました。日本人では、生まれて三ヶ月のこどもを連れて、カナダから来るか信じがたいことで、まさかと思っていたのですが、2002年4月の桜の時期に本当に熊本まで来訪してくれました。


2)バンクーバーのNさん家族との交流の始まり

 最初の訪問は、さすがに家族も緊張の中で3人を迎えました。私と次女で、熊本駅へ迎えに行き、顔を知らないので、大きな紙に名前を書き込んで、改札口で待っていると、赤ん坊を抱いたNさんと長身のご主人が現れました。メールのおかげで、三年近く話していたので、初対面ですが、スムーズな会話が続き不思議な思いを持ったことを思い出します。

 到着の夜は、3ヶ月の赤ん坊が一緒ですから、挨拶はそこそこに夕食を済ませ、子どもの入浴をさせ、寝せてから、話が始ったのは9時近く、妻は全くの初対面、娘たちもバリバリの英語を使うカナダ人が泊まるのは初めてで、緊張していたようです。Nさんは、私が建築士、ご主人がスタッコ職人ですから、建築の話題の通訳になると覚悟していたようで、辞書を片手に遅くまで話が続きました。

 2日目は、我が家恒例の竹の子掘りデイキャンプの日で、熊本市から数家族が竹の子堀りに来て、満開の桜の下でバーベキューをし、楽しく1日過ごしました。でも飛び交うのは日本語で、ご主人には悪いなと思いつつ、夕方に来る予定の(アメリカへ一緒に行った)大宮司氏を待っていました。3時頃には来てくれて、ご主人は日本に来て久々に、英語を思いっきりおしゃべりができ、気分も上場で2日目が過ぎました。Nさんの夫は、我が家を本当の田舎と思い込み、桜の満開で晴天、笑顔の仲間たちと語る風情が大いに気に入ったようでした。

 3日目は、帰る日で春休みでもあり、娘連れで見送りを兼ねて、福岡県大川市の元豪農の吉原家の旧居を見に出かけました。ところが、着いたら月曜日で休館日だったのです。「あちゃー」そこは諦めない性格の私は、厚かましく大川市教育委員会へ電話をして、「休みと知らずに来ました。今日カナダに帰る友人に、どうしても見せたい」とお願いすると、なんと課長自ら来られて、休みになのに開けて、中を詳しく案内までして見せていただきました。大川市の皆さんの心遣いと対応の早さに感心し、深く感謝した思いでした。
 吉原家は、戦前まで佐賀平野に1200町歩の田を所有する豪農で、江戸期は苗字帯刀を許された名士でした。また大川市は、天領の日田藩の材木の集積地であり、すばらしい木材が住宅には使用され、カナダの友人も「すごい!」と関心していました。大川市教育委員会には、丁寧にお礼を述べて分かれました。

 お昼は、大川市の郷土料理「うなぎの蒸し飯」を食べて、大川駅から見送りました。妻は、カナダから訪問者にはじめ緊張していたのですが「そこは女性のすごさで、慣れると意気投合」帰り際には、Nさんとは旧友のような感じになっていました。でも送り出した後は、ホットしたようで、帰りの高速では、3人は疲れからかお休みタイムでした。メールから始まった、バンクーバーと熊本との初めての家族交流の報告でした。

 その後Nさん家族は、同年の12月、そして次の年の12月にも、熊本へ来てもらい、思いもよらぬ出来事でした。いつか会話ができるようになり、カナダで休暇を取りたいと考えていますが、父親2人が英語と日本語の練習が実行できずに、妻たちに冷やかされています。今年秋に、カナダへの誘いが有ったのですが、子供たちの事情も有り、実現しませんでしたが、近々バンクーバーの澄んだ空気を吸いたいと思っています。

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