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夜とスージーと文学とコミュのリチャード・パワーズは脳の機能に恋してる現代の百科全書派小説家である。(と、書いてもなにも言ったことにはならないけれど)。

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「言ってみればこんな話だが、本当はそうじゃない」。そんな一行から、リチャード・パワーズ(Richard Powers、1957年−)のこの小説『ガラテイア2.2』ははじまる。いきなり、おもわせぶりじゃないか。いや、実に主題にふさわしい絶妙の書き出しだと、あなたは後で気づくだろう。




それは彼が35歳の一年を扱った話で、その年彼は、かつて「最愛の物理学を裏切り文学と寝た」その町へ、戻って来た。ほとんど有給休暇のような客員研究員という身分で、彼が学んだ大学へ。そのような形で一年が手に入ったのは、彼が小説家として執筆した「三人の農夫をあつかった」第三作目が、話題になり、評価を得たためだった(それはまた、彼が果たせなかった科学者としての経歴を再生したものでもあった)。このように著者自身を引用するようなそぶりもみせつつ、主人公たる彼は、研究者としてあらためて出会うのである、人工知能(AI)の可能性に。




35歳の主人公が、宙吊りにされた一年のなかで、二つの対象に自分の愛情を投影し、あらためて自己の限界をまざまざと見せつけられる、というストーリー。いわば古典的なストーリーが、実に驚異的、知的、大食的、情報理論的、満艦飾的ヴォキャブラリーで、見事に主観を相対化させ、創造的に屈折したセンテンスの連なりにより、表現されていく。愛の対象のひとつは、一人の女性であり、もうひとつは彼が教育をほどこしている思考機械であり、彼はやがてそれにヘレンと名づける。




人の心を軸として、情報理論と文学がまったく異なった二つの体系を形作って相互にほとんど非和解的である。ならば、二つの世界を対位法的にあつかい、ひとつの全体を織り上げていくことができるのではないか。そんな着眼ならば、かつてこの欄でも紹介した『考える…』(デイヴィッド・ロッジ著 白水社刊)も同様であり、実際、あの小説は骨格も書き方も古典的なおもしろさをあたえてくれた。それに対し、本作品は、文学観そのものに破格の新しさを備えている(しかも、この小説は同時にみずみずしく血の通った、胸がしめつけられるようなラヴ・ストーリーにもなっているのだ!)。





いったいこの斬新な文学観を、どう語ればいいだろう? あぁ、もう言ってしまおう。リチャード・パワーズは、かのトマス・ピンチョンを、69年の世代として、過去のモニュメントとしてはからずも葬った。





いや、そんな派手なことばかりを言ってはいけない。ちょっとがんばって、ほかになにか言ってみようか。たとえば次のような文章がある。脳はモデルをこしらえるものだが、脳はモデルをこしらえようとする対象物によってたえず書き換えられている。それではこれら全体をモデルとして、そこからどのような洞察が得られるかやってみてはどうだろうか?





文中にある「脳」の一語を、「小説」に置き換えてみよう。そしてそれを小説の定義としたとき、わたしたちの小説観は、いったいどのようにかわるだろうか? おそらくいま小説と呼ばれている多くのものは、それこそ「奴隷のような、思考力のないただの反射装置として」カテゴライズされてしまうにちがいない(もっとも、それがチャーミングなハートをそなえていれば、ぼくはそれはそれとしていつくしむだろうけれど)。




でもこんな紹介の仕方では、ストーリーの終わりに現れる、あの、ヘレンの涙がこぼれんばかりに感動的な……おっと、これ以上書いてしまってはあなたの感動をあらかじめキャンセルしてしまうことになるだろう。つらいな。いや、すごい、すごい。ほんとうに、すごいんだ。




あんなハードな小説であり、著者の創造性への対価としてはちっとも高くないとはいえ書籍の値段としては十分に高い価格でありながら、ハイブローにたいへんにおもしろい。そのため、ひそかにばっちり売れたらしい『舞踏会へ向かう三人の農夫』の著者の、長篇第5作目(原本95年刊行)。歴史的大傑作!! あなたが知的な文学ファンなら、本棚にある大半の本とこの一冊を交換してもいいとおもうに違いない。そのとき、ついにあなたのシナプスは、発火状態におちいるだろう。





リチャード・パワーズ著『ガラテイア2.2』若島正・訳 みすず書房刊2001年
Richard Powers,Galatea 2.2, 1995







リチャード・パワーズ(Richard Powers、1957 -)アメリカの作家。ウィキペディアに拠ると・・・イリノイ州エヴァンストン出身。11歳の誕生日を迎える前に父親の仕事の都合でバンコクに移住し、16歳で帰国。イリノイ大学で物理学を専攻するが、文学に魅せられ文学修士号を取る。卒業後はボストンでプログラマとして働くが、ボストン美術館でアウグスト・ザンダー撮影の写真を見たのをきっかけに退職、2年間を処女作に捧げた。その後、オランダに移住して二作品を発表した。1991年、ケンブリッジ大学で一年過ごした後、アメリカに帰国。イリノイ大学のライターズ・イン・レジデンスとなる。1996年、同大学のスワンランド寄付講座教授に任命され、教鞭をとりながら執筆活動を続けている。





Three Farmers on Their Way to a Dance, (1985)『舞踏会へ向かう三人の農夫』柴田元幸・訳


Prisoner's Dilemma, (1988)『囚人のジレンマ』柴田元幸・訳


The Gold Bug Variations, 1991


Operation Wandering Soul, 1992


Galatea 2.2, (1995)『ガラティア2.2』(若島正・訳)


Gain, (1998)

Plowing the Dark, (2000)


The Time of Our Singing, (2003)


The Echo Maker(2006)




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