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クーデターの起し方コミュの日本国内の政変

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 国内専用の版を立てました。
 どうもクーデター&政変には、
1)純粋に政治的なもの。
2)歴史、文化に根ざしたもの。
 とあるように思います。従い、日本人としては歴史、文化の変化に根ざしたものの専用版としてあげました。

#1.日本のお雑煮の分布図です。
#2.古代の関所の位置です。
#3.現代日本のカップヌードルの味付けは東西で鰹節と昆布で別れています。#1に境界線を加えました。赤から西が昆布文化圏です。青から北が鰹節文化圏です。

 こうすると、日本と言う国は、東西2つの支族がよりそっていることがわかります。ちなみに、東国が完全自治を開始するのは1192年鎌倉幕府ですから、東国とういのは800年〜1192年の約400年間だけ自治権が不明だったことになります。800年以前は古墳時代で独立した豪族が支配していたと思ってよいでしょう。

 文化歴史も含めて日本を見たいと思います。

コメント(18)

 お雑煮の分布は長年の単なる疑問だったのですが、いもずる式に古代の政治が見えてきます。列挙してみましょう。

1)現代においても食文化で2支族に分離を証明できる。
2)これは、古代の大和朝廷の関所を境にしていることから、
  2支族の西側が大和朝廷であると言える。
3)東側は謎が多いのだが、アジール、独立地帯を連想する。
  1192年鎌倉幕府設立いご、武士政権(幕府)の中心
  であり、独立自治地帯で西国の制御を受け付けていない。
  むしろ、天皇家をコントロールする側に回っている。
4)8世紀以前は、古墳時代で、東国はまた古墳群が多い。
  古墳時代は大和朝廷の管理下にあったのか、独立地帯で
  あったか判らない。
5)いや、武士というものが、東日本文化だったのではない
  かという気さえしてくる。清和源氏、桓武平家というが、
  皇族が降下した先は、案外、坂東の豪族で、西国とは
  異なる政治体系だったのではないかと思う。
 
★日本史、政体のおさらい

・720年(養老4年)に日本書紀(にほんしょき、やまとぶみ)
 が完成。日本における判っているだけで3つ目に古い歴史書。
 正史。曽我氏が「天皇記」「国史」という歴史書を保存して
 いたはずだが、「大化の改新」の政変で焼失している。
 ※写本が残っている可能性あり。

・790年(延暦10年)大伴弟麻呂が征東大使に任命された。
 征夷大将軍の事実上の始まり。
 東国支配&経営の歴史上のキーワードと言える。

・1192年、鎌倉幕府成立。
 東国の事実上の独立と言える。この時点より大和朝廷は西日本
 を治め、東日本は武士が治める形を取る。
 もちろん政治構造上は鎌倉幕府は征夷大将軍で大和朝廷の東国
 鎮守という位置づけ。
 

・1338年室町幕府成立。
 本拠は京都なのだが、、、東国は本拠地である。
 どうも武士団の支配権が九州に至る日本全国に広がったという
 印象あり。

・1603年江戸幕府成立。

・1868年明治維新。
 天皇が京から東京に移る。

・1945年第二次大戦敗戦。
 戦後政府発足。

   ***

 こうしてみると東国というのは、微妙な気がする。

1)720年以前の歴史が抹殺されている印象あり。
 日本書紀が神話的であり捏造史的なニュアンスがあり、
 これ以前を有史とは言いがたいところがある。

2)790年に始る征夷大将軍はなんだろう。
 征服を連想するけど、古代の関所、お雑煮ラインを見ると
 むしろ西日本が東日本からの侵略を恐れているにように
 見えるのはなぜだろうか。

3)1192年以降、完全に東日本は独立自治している
 ように見える。

4)どうも東国が大和朝廷を完全に受け入れたのは、
 天皇が東京に来てからという印象を受ける。
★武士文化というもの
 婚姻の比較。

 武士の発生は解明されていない。
武装農民とも、商工業の発達により律令で縛れない悪党(都合の悪い民)が武装したものとも言われている。

 有史以来の日本の歴史とは、公家と武士の相克とも言える。
婚姻だけ両者を比較してみよう。ごく簡単に。

    ***

■公家
 妻問い婚。亭主は女の家に通う。女の実家が夫の面倒を見るのだろうか?
 藤原氏の正妃をもらった天皇は藤原氏の下に寄宿するのだろうか?。検討の余地やまほどあり。
 ※典型的な母系家族の可能性あり。

■武士
 妻を娶る。いわゆる嫁さんを貰う。
 江戸時代の風俗では、嫁さんが持参金を嫁ぎ先に持参。
 そういえば「山之内一豊の妻」も持参金で夫の馬を購入。
 ※典型的な父系家族か???

   ***

 この結婚の形態の違いはどこからくるのだろうか。
1)出自となる部族が違う。もとから2つの婚姻形態があった。
2)武士団の維持構築の理由から家族制度から変えた。
 ※古代の婚姻形態「略奪婚」を微妙に連想する。
  女を略奪して嫁にする部族がいたのだろうか。。。
  きのせいか、「大江山の酒天童子」を連想する。
  ->鬼が女を誘拐し、身の回りの面倒を見さす。
 やはり古代日本人は2つの異なる婚姻形態を持つ部族がおり、これが絡みつくように歴史をつむいできたように思える。
★東西の政権交代、、、その土壌

 婚姻の比較からの考察。
 クーデター(政変)というよりは民族学、文化人類学なのですが、、、古代日本に武士団が生まれ、内部政府として実権を握り入れ替わるという現象がおきました。

 なぜ、このような事が起きたのか、、、予備知識としてアイヌの婚礼を示します。

http://kuma8.blog.shinobi.jp/Category/5/
---------抜粋------------
アイヌ

 アイヌ民族の家族は、一つの家屋に一組の夫婦と子供たちが住み、子が成長するにつれ、新たに家を建てて分かれていくことが多かった。かつては、娘が婚期に達すると、地続きに小さな家を造って一人住まいをさせ、求婚に訪れる青年の中から両方の気の合う者を選んで婚姻が成立するという習慣もあった。この場合、青年がそのまま残ることもあるし、娘の家の仕事をある期間手伝った後、娘を連れて自分の家に帰ることもあった。長男は両親の家の近くに新しい家を造り、両親の面倒を見ると共に父系の財産を継いだ。妻が死ぬとその家を焼き、夫は再婚するまで近親の家などに住んで家を持たなかった。そのことから、妻を失った男を「家のない男」といった。

 アイヌ民族を構成する単位は個人ある。夫婦関係にしても、一方の死や離婚によってその関係は消滅する。親子の関係は、父と息子、母と娘の関係が強調されている。同じ両親から生まれた兄弟姉妹関係においてもアイヌの人々は男女の区別が強く、兄弟と姉妹との関係は分離され、兄弟同士、姉妹同士の関係が強調される。その関係は子や孫にまで適応され、親族の結合の基礎をなした。そのため、男女を含む家族や氏族のような社会集団を単位とする名称は存在していない。
--------------------------

 アイヌの婚礼形態が、現代日本の婚礼形態に驚くほど似ています。少なくとも古代の妻問い婚(一夫多妻)、招婿婚(婿入り型一夫一婦)を見ると、、、アイヌの婚礼こそが近世的であることに気がつきます。

   ***

 ふと、思うのですが、

1)古代アイヌ族、もしくは順ずる婚姻形態を持つ部族が日本列島に居たのではないのか。

2)東日本がそういう風俗地帯だったのではないのか。

3)それとも山人、サンカ、海人族、もしくは特定の職業部族にそういう存在があったのではないのか?

   ***

 なんとなく、商業交易を主体とする職業&部族、漁師(労働の主役は男性)の家は嫁取り婚だったように思います。

 農家というのは、重労働ですが継続的な労働で女性主体でも成立しそうです。

 しかし漁師のように、ここ一番で力を必要とする職業は男性固有の職業、このような家系は主が男で嫁を取る気がします。

 あと、ジプシー(ロマ族)のような移動する民。移動するわけですから、夫婦家族一緒である必要があります。

   ***

 中世以降、政治の表舞台に出てくる武士団とはこのような民が基礎にいたのではないかと推理します。
 どうも直感的に、水軍(海賊、海路交易者、海上関所支配者)などは濃厚な父系婚姻形態を持っていたような気がする。

 古代日本には父系部族と母系部族が混在していたのではないかと思う。
★中世以降の主役、武士の出現

 いわずもがな...
 WikiPediaからの抜粋。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E5%A3%AB

武士(ぶし、もののふ)は、10世紀から19世紀にかけての日本に存在し、戦士を本分とするとされた宗家の主人を頂点とした家族共同体の成員。古代末に発生した武士はその武力で古代を終焉させ、中世社会で主導的役割を果たし、近世で完成された社会体制を築き上げた。武士の概念は時代により微妙に変化しており、一言では言い表すには難しいが、各時代でも共通しているのは武装した私兵集団の構成員だと言うことだ。ただし、武装した私兵集団が全て武士だとは言えないことも強調しなければならない。
★日本史の整理

 いままで述べてきた事柄に対する整理です。
くどいことを承知で書きます。

■西日本支族と東日本支族がいる。
 私は生粋の関東人なのですが、どうしても関西人の情緒を理解できない。逆廻りの腕時計を見ているような違和感を感じます。

■母系文化と父系文化が混交している。
 「亭主元気で留守が良い」とは日本が濃厚な母系文化であることを表しています。家庭とは「母親と子供」の世界。日本は典型的な母系文化です。

 ただし、ここが嫌らしいのですが婚姻形態は父系制です。
・母系を強化する婚姻形態=「妻問い婚」「婿取り婚」
・父系を強化する婚姻形態=「嫁取り婚」

     ***

 欧米人と日本人の摩擦の根底に、典型的な父系と母系の衝突を感じるのは私だけでしょうか。

 父系社会は、「夫婦」が中心で子供が疎外される社会。母系は「母子」が中心で夫が疎外される社会と考えます。

 ヨーロッパの「ヘンデルとグレーテル」の童話は、両親から疎外された子供達の物語。父系社会の童話と思えるのです。

    ***

 閑話休題。

 2つの分岐がここで出てきます。

1)東西起源の可能性。
 ・東日本=父系社会部族文化。
 ・西日本=母系社会部族文化。

2)ダブルクロス起源の可能性。
 ・東日本型:父系社会部族文化。
 ・東日本型:母系社会部族文化。
 ・西日本型:父系社会部族文化。
 ・西日本型:母系社会部族文化。

    ***

 これを結論する証拠がない。
 ただし、日本全体の風俗が母系であると思うので、「ダブルクロス起源」として、多数派が母系だったのではないかと推測する。

 政変が主旨なのですが(苦笑)、まず私たちの文化、情緒が母系的であること。政治活動もこれを軸にすると仮説します。
<長野県知事>「子供を殺す」と脅迫状 車座集会中止に
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=39937&media_id=2

また、「爆笑問題」太田光さんに右翼団体から抗議文
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060526-00000201-yom-soci

日本は、密かにテロ行為が日常茶飯事となりつつあるように思えます。マスコミはますます自粛の空気を強め、右翼の鼻息に脅えるようになるでしょう。
武力クーデターが一気に吹き出す日も、意外に近いかもしれません。誰に対するクーデターかは、別として。
 ふうむ。。。問題が多重クロスしているように感じるのだけど、、、

1)社会のメカニズムが狂いだすと人は暴力的になり(当然か)
 テロ、クーデターが起きやすくなる。

2)2つめのhttpは、あるいみ「自分の所属を明示し」「きちんと」
 明文化して抗議しているだけ、筋を通そうとしているのだが、
 事実無根の内容を問いただしているだけ、社会が不安定に
 なっていると言える。

3)在日問題で私はひどく心を痛めるのは、私の周りに、
 在日関係者が沢山いるのだが、ほとんどまともな生業に
 つかずアングラに走っているということだ。。。
 なんでなんだろう。。。脱税ビジネス。。。悪いことに
 パチンコ産業が脱税とペアらしいのだな。。。
 最新のホールコンピュータには標準で脱税モードがあると
 いう...

      ***
        ***

 日本のクーデターは常に政府が借金崩壊するという前提がある。
 鎌倉、室町は崩壊前に徳政令を出している。そして徳川幕府が借金まみれで崩壊したのは周知の事実か。。。

 過去、事実上鎖国状態の国内借金での崩壊だったのだが、、、このグローバル時代、借金とは外国からの借金ではないのか、、、、悪寒が走る。
★ 徳政令、政変のかげに借金あり

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E6%94%BF%E4%BB%A4
---------------------------------------------
徳政令(とくせいれい)とは、日本の中世、鎌倉時代から室町時代にかけて朝廷、幕府などが債権や債務の放棄を命じた法令である。

「徳政(とくせい)」とは天人相関思想に基づき、災害などに伴い改元が行われた際に天皇が行う貧民救済活動や神事の興行(儀式遂行とその財源たる所領等の保障)、訴訟処理などの社会政策のことである。
  ...

 これが後に幕府財政再建のために濫用されることとなった。

---------------------------------------------
★nagao_eijiさん

>武力クーデターが一気に吹き出す日も、意外に近いかもしれま
>せん。誰に対するクーデターかは、別として。

 私は日本でクーデターを起す存在は2つあると見ています。

1)最有力候補、警察
2)自衛隊OB

   ***

 警察はすでに日本の内部で第二政府のようなポジションをとりつつあるような気がしているのです。

1)パチンコ産業のような賭博ビジネスの掌握。
2)風営法管理によるセックス産業の掌握。

 駐車違反の罰金というのは限りなく税金に近いのではなと思います。パチンコのプリペイドカードが導入された時から警察がおかしな方向に動き始めたような気がしてしょうがありません。

   ***

 自衛隊OBは、量的に恐い存在です。現在、成人男子の2%は自衛隊OBと言われています。50人に1人ですね。

 現在、投票率がものすごく下がっています。従い、自衛隊OBに明快なシンパシーを与える政治家&政治団体が出現し、明快なベクトルを与えた場合、大きな政治勢力になります。

 この場合、クーデターなどという非合法なものではなく、合法的な選挙の手続きで政権奪取できるのであまり気にする事はないのかもしれません。

 ある意味、これは日本にいつも欠けているもののように思うのですが、「明快なビジョンを持った人」が出現した場合、自衛隊OBがこれを支持する可能性は非情に高いと感じます。
■徳川綱吉暗殺事件

 これは伝説の中での出来事である。

 5代将軍綱吉、いわゆる犬公方と言われた将軍であるが、
1709年1月10に麻疹で死去。翌月の2月9日に正妻の信子天然痘にて死去。

 これが正史であるが、綱吉は信子に暗殺されたという噂がある。

 綱吉は生前、寵臣の柳沢良保の側室の子供を養子にし将軍位を譲ると発表して問題を起こしていたらしい。
※綱吉は男色家、厳密にはバイである。彼には奇癖があり、
 寝所に呼んだ男の肌着を召し上げ、蔵にしまうというコレクション壁がある。
※柳沢良保も綱吉の小姓である。
※晩年の綱吉は頻繁に柳沢良保の屋敷に入り浸っている。
 柳沢良保は綱吉のためにプチ大奥を屋敷に作っており、
 側室の子供は綱吉の子供であると綱吉は信じていた。

    ***

 側室の子供がもし、柳沢良保の子供であれば、ここで血筋による政権のっとりが発生していた。

 また、信子の暗殺が事実ならば、これも事実上のクーデターであると言えるだろう。暗殺に成功し5代将軍を葬ったわけだから。。。

 ちなみに、信子は鷹司家の子供である。鷹司家とは藤原氏の通り名の一つである。彼女の姉妹は霊元天皇の中宮(正妻相当)になっている。

 ここに、3重の巴を見出すことができる。藤原氏は江戸時代においても姻戚において政権に結びついていたのである。ちなみに藤原氏の通り名の一つには日野氏がある。
 現代日本が抱えている1200兆という借金がある。
 なぜ、このようにな事が起きるのか...

■今の日本は借金漬けおかしくなっている。
 1200兆の1%つまり12兆が利息で消えていく。
 歳入50兆のうち24%が利息で消えていく。

■特別法人の問題、現在公務員公称で400万人いる。
 一人年収500万円として20兆。特殊法人では一説に
 よると480万人という。とすれば、こちらで24兆。
 合計44兆で歳入50兆などほとんど消える。
 実際には、、、それどころではないだろう。。。。

■特別会計問題。
 私はこれが良く分からないのだが、各省庁が個別に税金を
 とりたてて、ガソリン税など、、、これが年間200兆あ
 あるという。。。実にGDPの58%を喰らい潰しているという。

   ***

 特別会計というのは、各省庁が職権乱用して税金を設定してポッポに入れているという印象があるのだが、、、どうなのだろうか。。。

 ガソリン代の税率50%。値上がりしても安くならない高速道路代金。

 これが国家の方針ではなく、ヤクニンの職権乱用とすれば日本政府の中に、「国土交通組」「厚生労働組」という具合に第二国家(というよりヤクザかな)が出来ている感じる。

   ***

 さて、本題、歴代の日本政府がいかに滅亡しているか見てみよう。これは私の推測をかなりいれていることを述べておく。


1)平安朝廷
  律令を逆手にとった藤原氏が日本の荘園の半分近くを
 私領し、結果、朝廷は金欠になって為政能力を失い、
 権益の自己防衛を主張する武士団が台頭し圧迫される。
 --> 何やら特殊法人の元祖みたいな話です。
   政府要職は全て藤原氏に占められ、歳入の半分を藤原氏
   に握られていたので政府歳入は事実上は1/4以下に
   なっていたのではないか、、、予算が激減して、空中
   分解している気がする。
   ※武士団が台頭したというより、治安維持能力を失い
    自衛武士団が自然発生した可能性がある。

2)鎌倉幕府、借金により崩壊。
 滅亡の前に徳政令を頻発していますね。
 幕府御家人の破産が崩壊の原因です。
 滅ぼした足利尊氏は実は、生き残った源氏の血筋の中で
 最も正当な本家筋なので室町幕府はある意味、第二
 鎌倉幕府と言えます。
 元寇が圧迫したという考えもあるが、、、すでに政府は
 破産状態であったと思われる。

 -->事実上、借金で幕府がつぶれている。

3)室町幕府、これは崩壊の原因となるのは応仁の乱なの
 ですが、、、日野富子(日野氏は藤原氏の有力一族)が
 畠山.VS.細川軍相手にせっせと金を貸し、関所で金を取
 り、、、結局、室町幕府は金欠で為政能力を失い滅びます。

 -->日野富子のやったことは特殊法人と特別会計を一人で
  やって、結果室町幕府をしっちゃかめっちゃかにした
  と言い換えられるかもしれない。

4)徳川幕府。
 明治維新で滅ぶというより、、、金欠で滅んでいます。
 江戸時代は裕福な時代ですがそれは町人だけです。
 武家は完全に借金と鎖国で膠着して倒幕へとつながって
 いきます。

   ***

 明らかに鎌倉と徳川は借金で滅んでいます。日本の政体は原則として借金で滅ぶと私は判断しています。

 明治政府だって借金で滅んだとも言えるのです。日清戦争。次の日露戦争では英国が金を日本に貸し付けて煽っています。また、この時にアメリカのユダヤ人に国債か何かを買って貰ってなんとか資金調達します。
 この借金は大正時代にはほぼ返済できたらしいのですが、世界慌で経済圧迫、軍部が力で政治を正そうとして軍備増大につながりますます経済を圧迫して悪循環。。。

 明治政府は事実上転覆します。

 満州事変の時点で明治政府は為政能力を失ったとも言えます。満州事変は関東軍の日本政府の命令無視つまり反乱の形で行われました。政府は後追い承認し、以後、軍部が政府を無視して動き、政府が後追い承認するという悪循環が始まります。この時点で明治政府は為政能力を失っているといえます。

 以後の軍部の暴走とは、やはり金欠に対する民衆の鬱屈が原因だと私は思っています。

   ***

 日本の歴代の政府の崩壊パターンは借金財政、特殊法人、特別会計の3つという気がします。
 以下は、私がトピ主をする板からの転載である。

 日本史を彩る有力一族に藤原氏というのがある。
藤原氏は平安時代〜室町、江戸、明治政府において大きな影響力を与えている。
まずは要約しよう。

・藤原氏の主要な家を示す。
 近衛家・鷹司家・九条家・二条家・一条家。

 支流としては、
 三条家・西園寺家・閑院家・花山院家・御子左家・四条家・勧修寺家・日野家・中御門家。

   ***

 日野家、近衛家、西園寺家は全て藤原氏である。歴史に興味ある人はギョッとするはずだ。

1)歴代の室町幕府足利将軍のヨメさんは日野氏から出ている。
  応仁の乱を引き起こしたのは日野富子である。

2)5代将軍徳川綱吉のヨメさんも日野氏である。
  綱吉はヨメさんに暗殺されたという伝説がある。

3)自殺した近衛文麿はWW2開戦時の首相である。

   ***

 日本における名家としての必然とも言えるし、政権・クーデターの影に藤原氏ありとも言える。



----------------------転載----------------------
「天皇家の役割、本質とは...」


http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=6211169&comment_count=278&comm_id=262363

■藤原氏の謎

 皇室を彩る系譜に藤原氏というのがある。
皇室の親家という位置。平安朝を事実上支配しこのために崩壊に導いたのではないかと思われる疑惑。謎がつきない。

 私は天皇が司祭王であろうとするために、おろそかになる行政を補任する役割として常に側にいる親族なのではないかと思っている。少しコジツケという気もするが、、、ここでは藤原氏を紹介しよう。

1)藤原氏のルーツ
 「大化の改新」を行った中大兄皇子(天智天皇)の腹心「中臣鎌足」を始祖とするという。
 中臣氏は代々神祇官・伊勢神官など神事・祭祀職を世襲したことから、古代における名門中の名門と思える。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E8%87%A3%E6%B0%8F

 ただし、ユニークな2つの俗説が存在する。

・亡命帰化人豊璋(ほうしょう)であるという説。
 百済から人質として来日していた、百済王子であるという。
 ジャーナリスト関裕二氏が提唱。
 もともと百済王子であるため日本文化に対する愛情がなどなく
 王朝の乗っ取りを画策したのではないかという。

・天智天皇庶子説
 天智天皇の側室が中臣鎌足に下賜されていることから、中臣鎌足の子、藤原不比等は天智天皇の庶子であるという考え方。
 天智天皇が暗殺され、次に天武天皇即位し皇統は天武系に流れる。
 この後、再度、天智系に切り替わるのだが、、、男系はほ
 とんど絶えている。藤原氏が天智天皇の庶流とした親家であるという説。

 日本史のジャーナリストでは、天智悪玉&天武善玉説と、天智善玉&天武悪玉説が見られるので注意が必要な事柄だ。

2)日本史における藤原氏の役割
・律令の穴を利用して、日本中の荘園の半数を私物化したという悪評がある。これが事実ならば平安朝の収入は半減する。

 さらに、重要な公職を藤原氏が占めたとすれば事実上大多数を藤原氏が押さえた事になり、平安朝の崩壊の原因は藤原氏の専横であった可能性がある。

・藤原氏の主要な家を示す。
近衛家・鷹司家・九条家・二条家・一条家。
 支流としては、
三条家・西園寺家・閑院家・花山院家・御子左家・四条家・勧修寺家・日野家・中御門家。

 とくに日野家が藤原氏であることに注意。
室町幕府の足利義満からだと記憶するが、代々日野家の女が正室になるというジンクスが生まれている。

 「応仁の乱」を起こした原因が日野富子であると考えた時、日本史に与える藤原氏の影響は非常に大きいといえる。

 余談であるが5代将軍徳川綱吉の正室が日野家の出であり、綱吉は正室に暗殺されたという伝説がある。

    ***

 近衛家、西園寺家は近代日本史に華族、政治家として出てくる。

■皇室と藤原氏の関係の奇妙さ
 平安時代に藤原氏が絶大な権力を握ったの事実として断定して良いだろう。生粋の藤原系の聖武天皇は藤原氏に反発してアンチ藤原氏運動をしたと関裕二は仮説を立てる。

 その後、源平の台頭、院政、鎌倉幕府の成立と政治主導権は大きく変わり、藤原氏は主導権を失っていくのであるが、、、私が不思議でしょうがないのは目に見えるペイバック(復讐)が見られないことである。

 力づくの圧政であれば、藤原氏が政権を失った時の反動が大きいと思うのであるが、、、天皇から藤原氏へのペイバックを感じることができない。

■皇室の伝統維持がなされていること
 現代においても皇室は古代の伝統を維持していると思えること。
 平安時代確かに藤原氏は実権を握っていたと思える。
 聖武天皇は母親を藤原氏に持ち、正室に光明子(藤原氏)を得ている。乱暴な言い方をすれば藤原氏の家で育ち、藤原氏の娘を嫁にしている。このべったりとした藤原漬けの状態で古代の伝統が維持されたということはどういうことだろうか。

 藤原氏は少なくとも皇室の伝統には干渉をしなかった。もしくはパトロンとして擁護しようとしたのではないかと思えてしようがない。

 天皇はたぶん大化の改新の前後から政務を抱え込んだと予想するのであるが祭祀と政治の両立が難しく、政治を分離しようというした。そこに藤原氏が親家としてズボっとはまったのではないかという気がする。
正誤表:

誤:2)5代将軍徳川綱吉のヨメさんも日野氏である。
正:2)5代将軍徳川綱吉のヨメさんも鷹司氏である。
 私の参加する「憲法会議」というコミュで「日本国憲法の聖書」を現在行っている。

 日本という国体を規定する憲法に明らかに問題ある恣意が加わりサブリミナル的なクーデターを起こしているように思える。

 現在、10条まで清書を行った。
関連あるのでこちらにもリンクを貼る。

 こちらにも投稿しようかと思ったが、、、同じものが2つあるのは無意味だろうか。。。ゆえに、リンクにとどめる。

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=22113147&comment_count=28&comm_id=357821
■2009年9月の序

 2009年9月民主党が日本の与党になった。

----------------------------------
http://www.dpj-kyoto.net/suppoetar/index.html
○入党資格
民主党の基本理念と政策に賛同する18歳以上の方なら誰でもなれます。
在外邦人や在日外国人の方もOKです。
---------------------------------

 さて、民主党は外国人参政権付与などエキセントリックな政策を掲げている党である。。。
この党の入党資格をUpする。

 国政とは、日本国籍を有する有権者により、選挙により代議士を選び送り込み運営する。
その政党が、有権者以外の者を率先して誘致している党である。

          ***

 例えば、、、日本国籍取得者以外の人間が日本の国政に参加したいと思えば、、、格好の踏み台になる。。。

 静かなるクーデターという解釈も可能だ。



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