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南満州鐵道コミュの満州鉄道の気動車の総括制御について。

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始めまして、満州鉄道の車輌、特に気動車の変速機の方式について調べていて疑問に思ったので質問します。

この時代の気動車の主な変速機の方式は、機械式で、総括制御は不可能なので、長大編成が組めません。
しかし、動力伝達を電機式(エンジンで発電してモーター駆動)にして総括制御を可能にした車輌(ジテ1型等)があります。

ここで、疑問がわきました、満州鉄道には現在の気動車のような液体式の変速機でエンジンから直接動力を伝達し総括制御をしている車輌は存在していたのでしょうか?

試作車輌でも存在していたという情報がありましたらよろしくお願いいたします。

コメント(3)

補足です。

総括制御をしていなくても、先頭車のみの動力で長大編成動かしていた気動車でもOKです。

よろしくお願いいたします。
wikipediaの記述を長年放置してしまっている者です。
お探しの車輌ですが、液圧式のケハ6、液体式のケハ7が該当すると思います。
満鉄としてはケハ6の方に将来性を見出していたと思います。(増備していますので。)

内地は統制経済が早くて出鼻を挫かれていましたが、編成動車の思想はむしろ満鉄の方が遥かに進んでいました。戦後のなんでも総懺悔思考と、内地鉄道省技術者の面子(技術的に競っていたので、模倣した点などは正直に発表しない)に埋もれてしまい、なかったことになってしまっています。当時の技術雑誌や学会誌には当然掲載されていたので、リアルタイムで担当していた人間が知らない筈はないです。

戦後撫順炭田で電車化された車輌についても皆ジテ+機械式ケハ改造とロクに調べず表記している雑誌記事が多いですが、写真を見る限りケハ7なども電車化されています(ケハ6も改造している筈です)。手続き上動車は敗戦時まとめて奉天で引渡しとなっており、その後国共内戦になっていますので、満鉄動車の型式と製造両数をある程度知っていれば、『みんなジテ編成』なんてありえないんですが…

動力集中はその当時のエンジン技術では出力不足で難しいものでした。せいぜい木造車1両牽くのが精一杯です。ただ、満鉄での実用で高速化というのは本線のごく一部に限られ、地方の大部分は日本で言う準混合列車(実質の貨物列車に日本人学童を学童混乗用座席付車掌車に乗せていた)をいちいち各駅に止めたくないというのがモチベーションだったので、その程度で充分足りました。

満鉄の動車群というのは内燃動車史に大きな影響を与えているにも関わらず、日本人の近現代史の特殊性ゆえちゃんと検証されていない世界だと思います。なかなか自分でも研究しきれていないのでお恥ずかしいところなのですが、どうぞ関心を持ってお調べになって頂ければと思います。
>>[2]

やはり、本土とは各が違ったようですね。
本土のだと戦後だったのに、満鉄では、戦前の段階で既に存在していたとは・・・

ありがとうございました。
とても参考になりました。

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