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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第六十七回  JONY作 『三世の書』  (テーマ選択「海」)

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「三世の書?」
「そう。人類の誕生から、終焉まですべてが書かれている本なの」
そう言いながら、女(仮にA子としよう)は、カウンターの上のガラスの皿に乗ったピスタチオを
『カリリ』
と小気味いい音をたてて、可愛らしい小さな口で齧り、カンパリオレンジを啜った。
A子が置いたロンググラスの淵にはピンクのルージュの跡が微かに残った。
「そんなものがあったら、未来の競馬の結果を見て、勝つ馬に賭けて大金持ちじゃないか」
A子はカウンターの内側の俺の顔をしげしげと見て、呆れたようにため息をついた。
「Jさん(俺のハンドルネームだ)みたいな人がいたら歴史が変わっちゃうじゃない。いい?『三世の書』は全ての事が書かれている、歴史そのものなのよ。だからその内容を書き換えることは誰にも出来ないの」
「だって未来のことが分かったら、それを利用するのが普通だろ。歴史を変えてでも、自分の欲望を満たしたいと思うのが人間なのじゃないのか」
「そうかな?どうせ、皆、行く先は死というゴールが決まっているのよ。神様の決めたままに生まれて生きて死んでいくのも悪くないと思うけどな」
「ふーん。そんなものかな」
と言いながら、彼女の言うことも、全く違う価値観ではありなんだろうなと納得した。夜空を見てなんとなく星が動いているように錯覚している子供が自分の立っている地面のほうが動いているんだと思い出したときの感覚とでも言おうか。たしかに、未来のことで俺たち蒙昧の徒にとって、確実なことはたった一つ、必ず自分が遠からず死ぬということだけだ。であれば創造主の造った自分の主観などはうっちゃって創造主の決めたように生きるというのが俯瞰して見れば最善の生き方なのだろう。創造主が俺を反逆児に作ったということも含めて。そんな俺が見れるのは偽物の『三世の書』ということになろう。そこに書かれていることの裏を俺はことごとく行うのだから。そしてそんな貧しい愚かな判断でのたうち回って生きていく俺を高いところから描写した本物の『三世の書』にはそれが既に書かれている。

 俺は、自分用に作った、ボウモアのロックのグラスを舐めながら、A子と以前にした会話でも、今と同じように奇妙な納得を感じたことを思い出した。 
 以前、読書会が終わって、A子が一人で残ったとき、色々な話をして、その時に話した話でも、今と同じように俺は彼女の話に納得したことがある。
 A子が語ったのは、彼女が19歳の頃のことだった。A子には仲のいい女友達がいたが、彼女は、その女友達の彼氏とずっと肉体関係を持っていたと言う。
「罪悪感は全くなかったのよね」
と、その時、A子は言った。
「ふーん。そうなんだ」
「しかも、そのお友達は彼氏が私とそういうことをしていたのをたぶん知っていたのよ」
「喧嘩にならないの?」
「なんで?その人は私の大事なお友達の彼氏だし、彼とはたんに『友達』っていうだけ。友達としての好意はあっても、独占したい感情はないの。三角関係みたいなのとは全然違うわ」
「それで、その男とは、その後、どうなったの?」
「私のお友達が、彼と別れてしまったので、私と彼との関係も自然消滅したわ。彼が良かったのは、私の仲のいい親友の彼氏さんだったから、一緒にいて楽しかったのよ」
「ふーん。そんなものかな」
と、その時も、A子の言うようなこともあるのだろうなと妙に納得した。
「因みにその親友の女性とは、その後、付き合い続けているの?」
「ええ。お互いに結婚して子供もいるけど、今も仲良くしているわよ」

 そこまでのA子との以前の会話を思い出していたとき、目の前のA子に声を掛けられた。
「Jさん。どうしたの?ぼんやりして」
「ああ、ごめん。君が以前にしていた話を思い出していた」
「え?」
「19歳のときの君の親友の女友達とその彼氏との話」
「へえ。その話覚えていてくれたんだ」
「『親友の彼氏だからこそ身体の関係を持てた』と聞いて、最初は瞬間奇異な感じがしたけど、言われてみればそうかもと」
「今の『三世の書に書かれたとおりに生きる』っていうのも、判ってもらえたの?」
「考え方はね。でも、俺は、絶対にそんな本は覗きたくないな」
「私は見たいわ。自分がなぜ生まれたのか、自分のやるべきことが何なのかを知りたい」
 俺は思わずA子の表情を窺った。本気で言っているのか。
 この話は、この思考実験のような『三世の書』の話は、この辺で切り上げよう。
「それよりさ、この夏、どうするの?」
 A子は急に話を中断されたにも関わらず、すぐにいつものテンションで
「だって、コロナで、集まっちゃいけないでしょ」
 と言った。
「じゃ、『海』の上とか、森の中とか人のいないところに行くしかないな」
「東京から移動しちゃいけないのよ。東京の人間は、バイ菌みたいに思われているんだから」
「じゃ、自宅で、読書だな。そのほうが、『海』行くより、冒険できるかも知れないよ」
「私、『三世の書』が読みたいな」
 また、話が戻ってしまった。俺は、壁の時計にちらっと視線を走らせると、シンクに溜まった洗い物を洗い始めた。なんせ、自粛要請で、22時には閉店しなければならない。手を動かしながら、俺は言った。
「じゃ、この夏、自分で自分用の『三世の書』を書いたらどうだ。日本人の平均寿命は女性が、87歳だから、終わりは決まっている。それまでの君の人生を書くんだよ」
「えー、ダメだよ。『三世の書』はすでに決まっていないとだめなの」
「ふーん。そんなものかな」
 A子は、閉店だという俺に、仕方なくバーの扉を開けて街に出て行った。
 その後姿を見送りながら思った。A子がもし、本当に、自分の行動を、自分の望みを誰かに(これはもちろん支配されたい男にだ)、決めてもらいたいと感じているとしたら、それは男からみた「女」として、最高の資質なのだろうなと。だがこれも、たぶん、俺のSM嗜好のS気質が言わせることなのだろう。
 22時に店を閉めて、マスクをつけて外にでる。道には、早くも人影がなく、大通りにも車が少ない。
 空を見上げたら、白い月がでていた。何十億年も昔からこいつはこの空にある。それに比して人間どころか猿も1億年前にはいなかった。人類の終焉は必ず来るがそれが隕石なのかパンデミックなのかは分からない。パンデミックでは過去、スペイン風邪の死者は4000万とも1億とも言われ、日本でも40万人が死んだ。今、世界中で騒がれているコロナではまもなく世界で100万が死ぬ。その先は?『三世の書』では何が書いてあるのだろう。ひょっとしたら50億人が死んで20世紀前半の地球の適正人口を取り戻すのが神のプランなのかも知れない。半蔵門駅の中に入り、ようやくマスクばかりの人たちに囲まれ、俺は、そんな『三世の書』を覗き見たとしても、その中身は誰にも言わないし、その神の意思に従順になるだろうと、そんなことを思いながら改札を通った。

終わり

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