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映画精進そよ風通信コミュのアンソニー・マン 2

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『殺しのダンディ』
< A Dandy in Aspic 1968/U.S.A/108min >

製作・監督●アンソニー・マン
原作・脚本●デレク・マーロク
撮影●クリストファー・チャリス
音楽●クインシー・ジョーンズ
出演●ローレンス・ハーヴェイ 、トム・コートネイ



昨日に引き続き、アンソニー・マン特集へ。
撮影終了間近に急死してしまたっため遺作となった作品。
東西冷戦を題材にしたスパイ活劇。
主演のローレンス・ハーヴェイは若いときのイーストウッドにクリソツだ。


当時のはやりなのか、サイケデリック風のオープニングがかなり気持ち悪い。ハイエロファント・グリーンのような操り人形が不気味に踊り、次第に糸が絡まってくる。その際、人形だけでなく操る手の方も絡まってくる様子がいっそう不安をかき立てる。これまでの映画制作であった苦悩をここで露見させているのか!というのは私の勝手な推測。


なぁんてことを思いながら、兎に角これから昨日のあの衝撃的な西部劇を観た翌日に、同じ監督の撮ったスパイ活劇!を今から観れるんだと思うとウキウキしてくる。
なぜかペキンパーの『キラー・エリート』を思い出す。
何かの映画を見ている最中に唐突に思い出す映画をもう一度観直すのが好きだ。
今夜はキラー・エリートを観直そう。
ちなみに、昨日はニコラス・レイの『大砂塵』を思い出した。


さて、不気味なオープニングが終わり、まっとうなスパイ映画らしい始まりで物語がスタートする。「まっとうなスパイ映画らしい始まり」ってなんだ?と聞かれても答えようがないんだけども、事実そんな始まりだったんだどしか答えようがないのだから仕方ない。


と、その時、突然フィルムが止まった。

ははーん、そういえば字幕が出ていない。


今回のこの『殺しのダンディ』の上映のふれこみは、かつてビデオもスタンダード版しかでてないのに、シネマスコープ版上映だ!ということと、字幕付きということだったのだ。しかし、たしかに画面はシネマスコープだが、字幕がまだ出ていない。


完全にフィルムが停止し、しばしの真っ暗闇の後、係のスタッフが
「すいません。字幕のプロジェクターがストップしたのでしばらくお待ち下さい。直したのち、始めから再生します」とのこと。


むむむ。
あの不気味なオープニング、一度はなかなか味が合ってよろしいが続けて2度も観るのはちと辛いぞ。どうする。


しかし、オープニングはすっとばし、セリフが始まった所からの再生でした。 そらそうか。。


気を取り直して数分。車内から葬式の場面に変わりここで突然の回想シーンの挿入。プールの飛び込み台からジャンプしたところを撃たれるストップモーションだ。この絵のかっこいいことなんの。痛ましい手のポーズがgood!. この挿入を観て、ラストシーン、もしくはそれに近いとこでの重要なシーンで、ストップモーションがまたきっと効果的に格好良く使われるに違いないと確信する。

(そしてこれは現実のものとなる)


劇中のセリフ。

「あんた達はお似合いのカップルだ。しかし、お前には過去が無い。そしてあの男には未来が無い」

うーん。渋いね。

こんな活きたセリフが違和感無く流れる活劇を撮れる監督は絶滅寸前の危機だ。ここで何故かわからぬがトニー・スコットの会心作『マイ・ボディガード』を思い出す。是非これも観直そう。詳細は忘れたが、デンゼルワシントンとシスターとのやりとりで、「迷える子羊が。。云々。。」といった感じの活きたセリフがあったはずだ。


最後に、昨日は遅刻して貰えなかったけど今日は間に合ったのでもらえたチラシに書いてあるアンソニー・マンの紹介文の抜粋を載せておきます。
個人的に日記に記述を残しときたいというのと、
この監督のことを知らなかった人へ、少しでも参考になればと思い記します。



「アンソニー・マン 1906〜1967」

40年代にリパブリックやRKOでB級犯罪活劇を数多くこなしたアンソニー・マンは、ニューロディックなフィルム・ノワールから個性を開花させたが、それらの作品は未だ日本ではみることが不可能である。

1950年の『ウィンチェスター銃’73』で西部劇に新たな風を吹き込み、ラオール・ウォルシュ、ジョン・フォード、ハワード・ホークスに続く次世代の西部劇作家としてバット・ベティカーらとともに重要な作品を残している。フランスではアンドレ・バザンを中心に西部劇のニューウェイブとされ、ゴダールは「スーパーマン」と彼を呼んだ。

「ラオール・ウォルシュが伝統派のヴェテランたちの中で最も目立つ存在であるのと同様に、アンソニー・マンは若いロマネスク西部劇の監督たちの中で最も模範的な存在と見ることができるだろう。最近数年間における最もすぐれた真の西部劇は、すべて彼の手によるものである・・・(略)・・・アンソニー・マンはその「大気」の感覚によって、神話的な主人公の段階においてではなく、ロマネスクな主人公の段階において見失われていた「トライアングル社」による映画の大きな秘密を再び見つけだしたのだ。」

アンドレ・バザン1995年「カイエ・デュ・シネマ」




追記。

もしかしたら、もの凄く勘のするどい人で、かなり映画狂人なら気づくかもしれないが、今日の感想を書いていていくつかもの凄い偶然に出会って驚いている、過去にも何度かびっくりするような映画的偶然が起こったけど今日のもビックリ。
明日も早いので、それについては、またの機会に書きます。

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