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漢詩・漢文・漢籍コミュの書写は読書

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半年くらい前に夏目漱石の漢詩集を読んだ。室町五山文学に匹敵する日本の最高の漢詩であると評があった。それで熟読したが頭に入らず。音読してもだめ。ところが、筆ペンで書写したら、自分の書く筆の文字から息遣いが聞こえてきた。そして漢文の構造が自然と頭に入ってきた。
以来、よく漢文を書写します。
各文章が一節ないと文章に落とせませんよね。日本の漢文は。それは明確に漢文的パラグラフによって漢文的思考がもう、ものとして存在するといっっていいなあと思った。
つまり、四書五経をさわれるくらい明確なものとして精神が触れるということだ。
あるいは、大乗仏典にも同様のことがいえる。

日本の哲学は漢文にあるのだ。と確信した。1300年くらいの歴史を持つすばらしい言葉の鉱脈。

コメント(8)

どうコメントしていいのか、分かりません。
日記のような文章ですが、テーマはなんでしょう?

書写の意義についてのトピでしたら、一つにまとめていただきたかったです。
素晴らしい内容ですね。感心致しました。早速、実行してみようと思います。
漢文は活字になるとその本来の味が消える。文字というのは活字になるとみなそうではないか。日本語にしても江戸期までのかなは一つのひらがなが幾多の漢字から別れるからいくつもありそれをくずして書くから真剣に文字をたどらない限り読めない。
さてそういうことで陶淵明の詩です。画像をとってきました。もちろんこんなにうまくぼくは書けませんが。
我が生の行くゆく休まんことに感ず というのが最近しみじみと身にしみます。
なんとなく荘子的です。これを詩として味わうためにはモダンな日本語に訳さない限り無理かな。漢文、漢詩というのはやはり特殊な日本語でなんとなく距離があります。
東晋というなかば絶望的な、しかし文化だけ栄える国にあってこの世のむなしさが際立ったのか。中原の地は五胡十六国時代ですからね。

この心を自然にゆだね死も自然の循環であると、それは摂理のようなものであると、そしてその死を待とうと、この手の中国思想は仏教でな道教的なものなのだろうか。
とにかくこの詩が好きです。
よく見たら縦書きなだけで活字でした。
次回は書を探します。こんな感じで。
>>[4] なるほど。黙読が読書という固定観念がありますが書き映すことも読書ですね。言われてみれば確かに。音読よりさらに対象に深く入るのでしょうね。遅く、文字を書くという行為が意味を考えさせるということですね。
漢文というのは古代シナの英知のかたまりだから、中国語で読まずにこれを日本語で読むと、日本文化としての漢文になります。

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