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三十分作成小説(ベジタブル編)コミュの夕雪

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母親は物心ついた時からいなかった。

決まった家もなく、幼い頃の記憶と言えば父と二人でどこかを歩いていたものばかりだった。

夏はひたすらに暑く、

冬はただただ寒く、

思い出はどれもろくなものではなかった。

父はガッチリとした体格をした熊のような大男だった。

たまに町を歩けば町人達は自然と道をあけるような風貌をしていた。

仕事らしい仕事はしてないように思えた。

たまに「ここで待ってろ」と神社で待たされ、夕刻辺りに明らかに他人の着物を手にして戻ってきた。

そしてその日は酒や博打で散財し、一晩で全ての稼ぎを使い尽くすのが毎度の事だった。

子どもながらにろくでもない人間である事は何となく感じていた。


父は私にはまるで関心がなかった。

殴る事も怒鳴る事もせず、生きる為に必要最低限の食事だけは用意してくれた。

私も父に特に関心がなかったのが良かったのだろう。

何も期待してなかったので特にワガママを言うこともなく、お互いが深く干渉しない理想的な距離を保ちながら毎日を過ごした。



あれは雪が積もる冬の終わりの頃の出来事だった。

いつものように町外れの神社で待たされていたが、その日はやけに戻ってくるのが遅かった。そして月の明かり照らし始めた頃、父は息をきらしながら勢いよく走って戻ってきた。

「父はしばらくそこの山に行くがその事は誰にも言うな。必ず戻ってくるからここにおれ」

そう言って投げつけるように干しいもを渡してきて、神社の裏にある山へと走り去って行った。

…暗くてよく見えなかったが、おそらく怪我をしていたのだろう。

辺りにしばらく血の匂いが漂っていた。

干しいもをかじっていると、入り口の方で提灯の灯りがいくつか見えてきた。

火はしばらくさ迷った後、私を見つけたのかこちらの方にやってきた。

提灯の主はしっかりとした身なりをした役人達だった。私を見るなり「何故子どもがこんなところに?」という表情を見せたが、役人の一人がそれとは全く別の事を尋ねてきた。

「この辺に怪しい男は来なかったか?」

その質問で私は大体の事情を理解した。

父は、いつもの仕事でヘマをしたのだろう。

「見なかったのか?」

黙っている私に対して、別の役人が追い打ちをかけるように尋ねてきた。

言い方は凄く気に入らなかったが、私は素直に答えた。

「見たよ」

提灯の火は不安定で役人達の顔をはっきりと確認出来なかったが、空気が変わった事ははっきりと感じとれた。最初に質問してきた役人が改めて私に尋ねた。

「どこへ行ったかわかるか?」

私はこの目の前の大人達に何の義理もなかったし、父の事は好きでも嫌いでもなかった。

それならば父を庇うのがおそらく普通の選択。例え世間的には悪人であっても、父は父だ。

しかし私は、何も言わずに父が走り去って行った山に向かい指をさした。

偽りのない真実。

何故、父を庇わなかったのかは、自分でもわからない。役人達はお互いに顔を見合わせた後、私の指し示した闇の中へと姿を消して行った。

静かになった神社の石段で、空を見上げながら干しいもをかじった。

冬の空に浮かぶ星達が、やけに綺麗だったのが印象的だった。

次の日の朝、父が罪人として捕らえられ町の広場で見せしめとなっていた。

両手を縄で縛られ、地面の上に膝をついて座らされていた。

人だかりの中に混じって私が近づいても、顔をうつ向けたまま全く上げようとはせず、最後まで私に気付く事はなかった。

父の罪状は知らないが、その様子を見る限りこれまでに相当悪い事を重ねてきたらしい。

その日の夕刻前に、父は打ち首となり処刑された。

私の「何となく」が招いた結果だったが、特に後悔も罪悪感もなかった。

首だけになって晒されている父を眺めていると、私の肩を後ろから誰かがポンと叩いた。

振り返ると、そこには昨日の夜に出会った役人がいた。

役人はお礼だと言い、私に白米のおにぎり二個とカブの漬け物を差し出してくれた。

昨日から干しいもしか食べてなかった私は有り難くそれを頂戴した。

父の命の代わりに得たもの。

自分の父の事だが随分と安い人生だなと子どもながらに思った。

父の命であるおにぎりを食べながら、南の方へ行こうかとぼんやり考えた。

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