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三十分作成小説(ベジタブル編)コミュの最声2

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自転車は山側に背を向けて走り続け

やがて景色の中にポツポツと建物が見え始めた。

とはいえ

それは本当にささやかな数だった。

僕はその状況を目にして

ここの人達はどうやって生活しているのだろうと、

本気で心配になった。


「最初の目的地に、と〜ちゃ〜く」

自転車が急に止まったので

僕は三穂に寄りかかってしまったが

相変わらず三穂は動じない。

肉体的な意味でも精神的な意味でも

僕がかけた圧力などまるで気にしてない様子だった。


止まった自転車の横には

ごちゃごちゃと物が置かれたお店らしきものがあった。

置いてあるものに統一感も清潔感もなく

値札がなければお店だと思うことは多分なかった。

店内に入るための入口は一応自動ドアだが

壊れているのか開いたまま止まっていた。

「ここがこの町で唯一の買い物処。これからこの町で暮らすなら、だいぶお世話になると思うよ」

「ここが?唯一?」

僕は驚きのあまり

今日一番大きな声を出してしまった。

三穂は僕が取り乱したのが可笑しかったらしく

ケラケラと声に出して笑っていた。

「何?祐一はこんな立派なお店を初めて見るほど田舎から引っ越して来たの?」

三穂の冗談なのはわかっていたが

僕は真面目に答えた。

「いや…。普通に都内に住んでいたよ」

「都内!?ってことはトーキョー!?凄いじゃん!」

何が凄いのかはよくわからなかったので

僕は曖昧に頷いた。

このやりとりが終わった後も

三穂は「へぇ…東京か…」と

口の中でブツブツつぶやいていた。


僕と三穂は

町唯一のお店の中に入った。

そもそも

三穂はこの店に買い物を頼まれて

自転車を走らせていたらしい。

店内は店の外以上に

物が乱雑していた。

部屋端の冷蔵庫には

肉や魚など生モノの食料品が並べられており、

一応その近くには野菜や果物も置かれていた。

そしてそのコーナー以外に目を向けてみると

生活に必要な洗剤や文房具、

さらには虫とり網から変な人形まで置いてあった。

この町唯一、と言うのは視覚からでもわかった。

狭い店内に山積みされた商品の数々から

売れるものは何でも売っておけという

この店の経営方針が伝わってきた。


小麦粉と醤油を購入した三穂は

僕のとこに戻ってきた。

「お待たせ。行こうか」

相変わらずその表情は笑っていた。

何がそんなに楽しいのだろうかと

不思議に思う。

あっちで暮らしていたときには

人はたくさんいたけども

こんなに楽しそうにしている人は一人もいなかった。



再び自転車の旅が始まった。

前のカゴに小麦粉と醤油が入れられ

自転車が揺れる度にゴトゴトと音をたてた。

先程よりも気温が上がってきたらしく

風が通り抜けないと少し暑いくらいだった。


買い物を終えたので戻るのかと思いきや

自転車はそのまま先へと進んだ。

景色は再び自然豊かなものになり

視界の先には木々の群が見えてきた。

気のせいかもしれないが

微かに潮の匂いが漂い始めた。

「祐一ってさー」

景色に見とれていると

ふいに三穂が話しかけてきて

そしてまた

僕が反応するよりも先に話を乗せてきた。

「何でわざわざこんな田舎に引っ越して来たの?」

三穂の質問に

僕はどう答えようか迷った。

ごまかすことも考えたが

手頃な嘘も思い浮かばず

沈黙が気まずい雰囲気を生む前に

正直に答えた。

「…僕、あっちで苛められていたんだ」

「へぇ。大変だったんだね」

三穂の口調は棒読みで

それほど興味がなさそうだった。

僕は三穂のその反応に少しムッとした。

「僕の母さんはひどくヒステリーな人で、僕は小さい頃、理由のない暴力を受けていた。それを可哀想に思った父さんは、母さんと別れたんだけど…」

僕は聞かれてもないことを話し始めた。

三穂は前を見て自転車を漕ぐだけで

何の反応もない。

聞こえてないのかなと思い

僕は声を大きくして話を続けた。

「母さんがいないことと、体に残った暴力の痕跡を理由にみんなから苛められた。悪口を言われたり、物を隠されたり、仲間外れにされたり、単純に殴られたり。あっちでは人はたくさんいたけど、友達なんて一人もいなかった」

三穂は相変わらず反応がなかった。

だいぶ声を張ったので

聞こえてないはずはない。

僕は『可哀想』なのに

三穂はなんて冷たいんだろうと

心の底から思った。


僕達の間にしばらく沈黙が続いた。

緩やかな坂を下り

木々の群を抜けると

それまで軽快に走っていた自転車が止まり、

三穂は振り返って僕に言った。

「着いたよ」


目の前にあるのは

ただひたすらに広がる海だった。

目に映るものは

本当に海と空しかない。

切り崩された崖から見えるその景色は

壮大にシンプルで

それは圧倒的な迫力だった。


青と青がぶつかり合う

海と空の境界線を初めて見た。

海の広さも

空の高さも

まるで知らなかったことを

今ここで初めて知った。

僕はしばらくの間

心を奪われたまま

ただ目の前の光景を眺めていた。


「私は父さんも母さんもいないよ」

「え?」

三穂のふいの言葉に

僕は視線を海から彼女に移した。

「どっちも、生きてるのか死んでるのかもわからない。何があったのかも知らない。物心ついたときから、私の側にいるのは婆ちゃんだけだった」

三穂は穏やかな表情で海を眺めていた。

「でも祐一と違って、虐待もいじめも受けたことはないけどね」

三穂は再び

楽しそうに笑った。

でも今度の笑顔は

けして心から笑っているわけでないことくらい

僕でも理解できた。


僕は視線を

再び前の方に向けた。

三穂のその横顔を

ずっと見ているのは失礼な気がしたからだ。

目の前の海は

相変わらずただ大きかった。

「本当に辛いことだったり、悲しいことなら、同情を求めて人に言ってはいけない。…ウチの婆ちゃんの言葉なんだけど、私もそう思うな」

三穂はそう言った後

僕の背中をバンと叩いた。

「友達がいなかったのは昨日までだよ。今日から私が友達。それに月曜日からは学校だし、もっと友達が増えるよ。全校生徒で十人だけど」

そう言うと三穂は無邪気な笑顔を見せた。

その表情は

寂しさを微塵も感じさせない

『楽しさ』そのものだった。

どういう生き方をすればこんな風に笑えるのだろうかと

そんなことを考えながら三穂の笑顔を眺めた。



自分のことを可哀想と思う人が

一番可哀想な人だよ



三穂は帰り道、

自転車を漕ぎながら僕にそう言った。

その言葉を聞いて

何となく

両親がいないことで

三穂も少なからず

心に傷を持っているんだなと

そんな風に感じた。



ここは日が沈むのが早く

そして昼夜の気温の差も激しかった。

少し薄暗くなった世界を通り抜ける風は肌寒く

そのことで三穂の肩に触れた両手から

先程よりも一層と

彼女の温もりが伝わってきた。



タイヤの回る音と

一面から聞こえる虫達の鼓動が

何とも心地良かった。


人がほとんど住んでないこの町で

僕は生まれて初めて

人に出会えたような気がした。

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