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三十分作成小説(ベジタブル編)コミュの種子

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「これを大事に育ててね」と

一粒の種を

彼女は俺に手渡した。

それは黒くていびつな小さな種。

手のひらの中で頼りなく存在するその種が

一体何の種なのか僕にはわからなかった。

「何の種?」と聞くのも不粋な気がして

僕は疑問を抱えたまま

彼女とサヨナラをした。

別れ際に

彼女は微笑みながら

「それが育てば寂しくなくなるから」

と言った。



これが何の種か知らないのだから

育てる方法も当然わからなかった。

僕はとりあえず鉢と土と肥料を用意して

それに貰った種を植えて毎日水を与えた。

芽が出るのも

花が咲くのも

実がなるのも

別に楽しみではなかった。

彼女に貰った最後の贈り物だから

何となく生まれた義務感でそれを育てた。


一週間で

その種は芽を出した。

種自体は見たこともない奇妙なものだったが

顔を出したのは緑色のごく普通の二葉の芽だった。


特に何の感動もないまま

僕は引き続き水を与えた。


芽を出してからの成長は非常にわかりにくかったが

それでも時間が経つごとに確実に成長していた。

そして1ヶ月が過ぎた頃

その種だったものはようやくつぼみをつけた。



近くにいると日々の変化がわからず

それはまるで

俺と彼女が過ごした日常のようだなと思った。

ひょっとしたら

彼女は遠回しに嫌味を言いたかったのかもしれない。



髪をバッサリ切った彼女に

僕は気づくことはなかった。

その日1日中機嫌が悪い彼女に対して

「何かあったの?」と寝ぼけたことを尋ねるくらい

僕は鈍感だった。

そんな僕が

植物の繊細な変化なんかに気づくはずがない。

これをまた違う誰かが育てれば

もっと違った感動を味わえたのかもしれない。

嫌がらせ、というのは考え過ぎかもしれないが

少なからずそれを意味しているような気もした。



繰り返される日々の中で

つぼみはやがて花となった。

その花は派手で鮮やかと言うよりは

地味で力強く咲く花で、

淡い水色の花びらは

どこか上品な姿をしていた。


この花を眺めていると

何故か彼女の姿が鮮明に思い出された。

ちなみに彼女は

地味でも力強くもない、

普通の女の子だった。

服装には明るい色を好み

彼女自身はどこか透明感のある人だった。

容姿を『透明感』と表現してもわかりづらいかもしれないが

彼女の持つ雰囲気がそうなのだ。

薄いというか。

儚いというか。



彼女を色で例えるならば

僕の中では水色だった。

この花を眺めて彼女を思い出してしまうのは

きっとそこからくるのだろう。



花が咲いたことで

僕は前よりも真面目に育てるようになった。

わかりやすく結果が出たことで

ようやく楽しさを感じれるようになったというわけだ。

はっきりと目に見えなければ

そのものの良さがわからない。

それはとても情けないことではあるが

僕はまだ人として未熟なので

それは仕方がないことだった。



「『こんな世界なんか』と嘆く前に、もっと私を愛してよ」

彼女の言葉が蘇った。

あのときはその言葉をぶつけられても何も感じなかったが

今なら彼女が何を言いたかったのか

少しだけわかるような気がした。



彼女は1つだけ嘘をついた。

別れ際に

この花が育つことで寂しくなくなると言っていたが

この花が育つ度に

僕は今まで経験したことのない

寂しさを感じるようになっていた。



人が出会って別れるように

花も咲けばいずれ枯れる。


きっとこの花の命も

残り少ない。



でも花は枯れたあと種を生み

そして再び花を咲かす。



彼女に会いたいと伝えたら

もう一度会ってくれるだろうか?

今なら伝えられることが

たくさんある。



成長したとまでは言えないが

少しは

変われたと思う。


彼女に

僕の今を

見てほしかった。

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