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三十分作成小説(ベジタブル編)コミュの花畑(その26)

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市の涙が止まるまで、

カラオケ大会は一旦中止となった。

涙は

市の意志とは関係なく

流れ落ちるらしく、

落ち着くまでに

少々時間がかかった。


スズはハンカチを取り出し、

市の涙を拭いた。

こぼれる涙も

次第に流れるのをやめ、

スズが綺麗に拭き取ると

またいつもの

無表情の市に戻った。

「何だか、ごめんね。もう平気みたいだから、スズちゃん、また、歌ってくれるかな?」

泣き止むなり、

市はスズにおねだりをした。

スズはそんな市の甘えに優しく微笑み、

そっと市の頭に触れた。

「今度は、笑顔になれる曲を歌いますね」

市の周りが

喜びに包まれたが、

その表情は変わらなかった。


その後もスズは何曲か歌ったが、

市の表情が変わることはなかった。


結局、

俺や市は歌うことなく、

終了の時間を迎えた。

スズのワンマンショーだったカラオケを終えて、

俺達は店を後にした。


アパートに帰ってから、

俺達三人は借りてきた映画を見た。

少し前の話題作だった、

コメディー要素の強い恋愛モノだ。

内容が単純で、

気楽に見れるので、

一日の終わりに見るには

ちょうど良かった。

映画を見ている最中、

市は何度か「あはは」と声を出したが、

その顔は

無表情のままだった。


ふと、

壁にかけてある

時計に目がいった。

もうすでに、

日付は変わっていた。

まもなく終電の時間だが、

スズに時間を気にしている様子はなかった。

どうやら、

今日は泊まっていくみたいだ。


映画が終わると、

スズはうーんと両手を上にあげ、

背中をグッと伸ばした。

よほど疲れたのか、

珍しくあくびをした。

「そろそろ、寝ましょうか」

スズは俺の方を見てきた。

俺は答える代わりに、

テレビの電源を切った。


寝る前に、

スズは肩に乗ったピエロを

ベットの頭の部分にちょこんと座らせた。

そして、

恒例のお祈りを

ピエロに捧げた。

俺はそんなスズの姿を

すぐ横で眺めていた。


祈り終わると、

スズも布団に入った。

俺とスズの間に距離はなかった。

俺は天井を見つめたまま、

スズに尋ねた。

「俺のこと…どう思ってる?」

スズは天井に向けていた顔を

こちらに向けた。

「好きですよ」

「…どんなとこが?」

スズは少し笑った。

「答えを探そうと、一生懸命生きているところが好きです。冷めていたり、逃げているのはあくまで表面だけで、本当は誰よりも誠実に、生きることについて考えているところが素敵だと思います」

「…誠実かどうかは知らないけど、俺は人殺しだ」

俺はスズを見ることなく言った。

「たくさん、殺した」


薄暗い部屋の中、

スズは黙って俺の体を抱きしめた。

その行為は

恋人同士の愛の形というよりは

母親が子供を抱きしめる姿に近かった。

「どんなに罪が深くても、生きている限り、愛すること、愛されることは許されることだと思います。少なくても私は、自分の罪を認め、それに苦しむあなたを、見捨てることはできません」

スズから伝わってくる温もりに

涙が流れそうになった。

しかし俺は、

スズに背中を向けて

その言葉を拒んだ。

「…君のは、ただの万物に向けた慈愛だ。そして偽善だ。罪人で可哀相な俺を、愛することで君は聖母に近づこうとしている。平等な愛は立派だが、そんな愛を向けられても、俺は惨めになるだけだ」

「…嘘ばかり、つくんですね」

一度あいた隙間を

スズは再び埋めた。

背中が温かい。

スズは先程よりも優しく

俺を抱きしめた。

「本当は、偽善でも何でもいいから、誰かに愛されたかったんですよね。他人を認め、信じたい。でも、慣れてないから嘘をつき、失う怖さから他人を拒む。小さい頃からずっとそうだった。…素直じゃない人」

俺は

自分が小さく震えているのがわかった。

昔から

素直ではなかった。

「仲間に入れて」

「好き」

「愛してる」

「ごめん」

「またね」

こんな簡単な言葉が、

恥ずかしくて言えなかった。

本当はどうしようもないくらい人が好きなのに、

いつも遠くから

眺めているだけだった。


俺は、

俺の全てを知るスズの前でも

無駄に本心を隠そうとした。

俺は自分のつまらない見栄やプライドが

情けなくて仕方なかった。

「大丈夫ですよ」

背中で、

スズがつぶやいた。

いつものように

優しくて丁寧な声だった。

「私は、あなたのそんなところも含めて好きなんです。私はずっと、あなたの側にいます」

スズに背中を向けていて良かった。

俺は少し

泣いていたのかもしれない。


(つづく)

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