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インテンションコミュの第13話 「救いの術」

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立花威咲(たちばないさき)は学生の頃、医師を志すにあたって、『そもそも、命を救う術とはなんだろう?』と考えた。

外科手術?内科療法?薬?様々な方法があるけれど。

威咲はそれを考える時、どうしても実の亡き母を思い出す。

どうしたら、母が自ら命を絶たずにすんだのかを考えてしまう。

心を病んでさえいなければ、幼い威咲を独り残して逝く方法を選ばなかったのではないかと。

『元気な患者』とは変な言葉だが、体の何処かを患っていても、日々穏やかに、朗らかに暮らす人々がいる。

『無病息災』ならぬ『一病息災』と言って、まったく健康な人よりも、何処か具合の悪さを自覚しながら、自重し摂生しながら日々を過ごす者の方が、穏やかに長寿である例もある。

ホスピスに見学に行った時、死期を間近に向かえた末期患者たちの笑顔をたくさん見て来た。

子供や孫や、妻や夫、家族の笑顔。慰問に訪れた手品師や歌手や芸人たちに笑っていたりした。

そこには、穏やかに終末を待つ静かな、けれど暖かい時間が流れていた。

かと思えば、身体的には全く健康なのに、ストレスから心を病み、動けなくなる者、声を失う者、自らの命を絶ってしまう者がいる。そこに流れる空気のなんと殺伐とした事だろう?

威咲が、己が医師として進むべき道として選んだのは、心療内科だった。


その碧い瞳の女性はイセリナといった。

彼女は、威咲が留学した大学病院で研修医をしていた時の患者だった。

幼い頃から虐待を受け、心に傷を負ったまま育った彼女は、愛される事に不慣れで、薄い硝子細工の様な彼女の心の内側には、いつも不安と疑念がぴったりと強く張り付いていて、ミュンヒハウゼン症候群による自傷行為と、アルコールや薬物への依存傾向があった。

質の違いはあるけれど、不幸な生い立ちや、親の行動によって深く傷ついた幼少時代、何らかへの依存傾向など、少しずつの共通点の中に、威咲は少なからず、彼女に親身になれると思っていた。

何度もカウンセリングを重ね、やがて、そこからふたりが、恋に墜ちてしまうのに、それ程時間は掛からなかった。

けれど、その恋は決して健やかな恋ではなかった。

なぜなら、イセリナにとって愛される事は、暴力と表裏一体だったからだ。

威咲は自分でも気がつかないままに、医師としてではなく、ひとりの男としての想いをイセリナに寄せていくようになった。

イセリナもまた、威咲の好意と笑顔に癒されて、それに応えて微笑み返してくれるようになった。

威咲はもはや医師ではなく、ひとりの男だった。けれど彼女は、最期まで患者だった。

初めて結ばれて、『病気が治ったら、結婚しよう』と威咲が囁いた夜、月明かりの下のイセリナの碧い瞳がゆらゆら揺れて、

『今、世界一幸せなのは、あたしにちがいないわ』

と応えてくれた。

世界で一番幸せな夜が明けた時、世界で一番哀しい朝が、再び威咲を待っていた。

『………』

あの朝と同じだ、と威咲は思った。

目の前に広がる、最愛の人を赤く染める血の海。

『おかあさんが、まっかになった、あの、あさとおなじだ…』

世界一で一番幸せなまま、イセリナは、彼女は一人で、威咲を残して逝ってしまった。

この時になって初めて、威咲は気がついた。

イセリナは、威咲の笑顔に癒されて、その笑顔に応えて微笑み返しながら、けれど、その度に、彼女の胸の底に、カラリ、コロリと、永遠に溶けない冷たい氷の塊が落ちて積もっていった事に。

愛される事に不慣れな彼女には、それを素直に喜びとして受け入れ難かったのだ。

彼女を永遠に愛すると誓うのなら、威咲は、彼女の完治を、それこそ永遠にでも待ちながら、まずは医師であり続けるべきだったのだ。

威咲は服を着て、警察に電話をし、警官が到着するのを待った。

ありのままの事情を話し、目の前で警官や鑑識官たちが働く姿をぼんやり眺めていた。

嘘みたいに冷静な自分が不思議だった。

哀しいはずなのに、頭も、心も停止して、体だけが事務的に、常識にそった行動をしていた。

それから威咲は、研修先の大学病院に1度だけ出頭して、会議にかけられて、2度と赴く事はなかった。

担当にあたった指導医たちは、『また、やりなおせば良い』とかなんとか、言ってくれたような気がしたが、もはや、威咲はどうでも良くなった。

何の為に医師を志したのか?どうして、あんなに意地になって勉強したのか?

いや、それ以前に、そもそも自分が本当に望んだのは、いったい何だったんだ?

朝となく昼となく、酒を飲んだり、ドラッグを吸ってみたりして、現実から逃げながら数日を過ごした。

街の小さな劇場に足を運び、ビールを飲みながら、くだらないコントや芝居、パントマイムをぼんやり眺めていた。

舞台では、ピエロが自虐的なネタで笑いをとっている。

機械に巻き込まれて身動きが取れなくなるパントマイムで、観客がみんな笑っている。

『あれが、本当なら、死んでるか、運が良くても半身不随だ』と、冷めた目で眺めながら、威咲もクスクス笑ってしまった。

ふと、子供の頃、実の母親と見た、『新喜劇』や、姉のつつじと聞いた、落語のCDでゲラゲラ笑った事を思い出した。

舞台の上では、芸人たちが、ライトを浴び、拍手と歓声を浴びて悲しい事を笑いに変えて、昇華させて輝いている。

『笑い』によって、人体の免疫力が上がるという研究結果も出されている。

威咲の脳裏にもうひとつの記憶が蘇る。

高校時代に、1度だけ広告モデルの仕事、女物の赤い着物用下着を羽織っただけの半裸の姿で、映像や写真をとられた。

あれは、楽しかったな…と思い出す。

威咲は、

純粋に『今の自分が悔しい』と思った。

もう一度やりなおして、今度こそ、本当になりたい自分になりたいと、今更気がついた。


そして、医師を辞め、大阪に帰る決心をした。


立花の家から勘当されて、初めて威咲は翼を得た気がした。

当座の生活資金稼ぎ目的でやってみたモデルやホストのバイトが面白くてしょうがなかった。

話したり動いたりして、自分を見る誰かが笑うのが嬉しくてたまらなかった。



高宮家 幾佐の自室にて

威咲の話に、幾佐は、言葉もない。

座っていた威咲の体がゆらりと傾いで倒れた。

『威咲?』

威咲は自分の体を抱きしめて、『さ、さむい…な…』と、微かに笑いながらカタカタ震えている。

威咲の額に触れてみると、かなり発熱しているのが感じられた。




立花家にて

見合いの席をすっぽかした挙句、高宮家で遊んで深夜に帰宅したつつじは、当然のように両親にこっぴどく説教をされたが、『こころの耳栓(別名『知らんふり』)』をして、ひたすら耐えた。

ひとしきり説教を終えた後、ただひとつだけ両親に報告しておこうと思った事を告げた。

『お父さん、もう知ってると思うけど、威咲ね、今、病院抜け出して、くーちゃん…あ、高宮さんちにお邪魔してんねん』

父は黙って頷いて聞いている。

『あの子、病院にいる時より元気そうやったし、笑ってたし、ちょっとくらい、大丈夫やんね?』

『威咲には、もう、好きなようにさせてやりなさい』

父はメガネを外して、指で目頭を押さえてため息をつき

『可哀想だが、あの子にはもう時間がない…。威咲の人生は、威咲のものだ。自由にさせてやれば良い』

つつじはクラクラとその場に膝をついてしゃがみ込んだ。

母がつつじの肩に手を置いて

『つつじ…もう、今夜は休みなさい。ね?』と優しく声をかける。
だが、つつじは母の手を払い退け

『お母さんなんかキライや!!なんで、今まで、うちに優しくする半分でも威咲に優しくしてあげれへんかったん?!もっと、もっと、威咲に優しくしてあげてくれへんかったん?!威咲が、あんまり可哀想すぎるわ!!』

つつじは泣きながら部屋に駆け込み、鍵をかけ、振袖も化粧も、髪に挿したかんざしもそのままに、威咲のために泣いた。


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