ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

映画を語るコミュの「ロッキー・ザ・ファイナル」

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
*若干のネタバレがあります。

「ロッキー・ザ・ファイナル」は、シリーズの恒例である前作のクライマックシーンから始まらない、なぜならスタローン自身が「ロッキー5」を失敗作と認めているからだ(個人的にはラストのストリートファイトを除けば、そんなに悪い作品ではないと思う)。しかし設定はそのまま活かされ、財産と豪邸を失ったロッキーはイタリア人街にある小さな家にひとり寂しく住んでいる。最愛の妻エイドリアンをガンで亡くし、妻の名前を付けたレストランを経営しながら、過去に想いを馳せる日々を過ごしている。この作品では、第1作目で喫煙を注意された少女マリーや、同じく第1作目の冒頭で闘っていたスパイダーが再登場するが、巷で言われているほど懐かしいとは感じられなかった。むしろ「ロッキー5」の中盤までの展開の方が、キャラクターや台詞、フィラデルフィアの街を「ロッキー1・2」のように効果的に演出していたので、完結編に相応しかったように思う。さらに今回の物語は、妻に先立たれ、かつての思い出にすがりながら生きているロッキーの辛気くさいドラマが、スローなテンポと静かな音楽で延々と1時間以上も続くので、観ていて疲れてしまった。

しかし「ロッキーのテーマ」が流れ、かつてのようにトレーニングを始めるとやはり物語は盛り上がって来る。そのまま現役のヘビー級チャンピオン・ディクソンとの戦いに展開は移るのだが、会場にこだまするロッキーコールに思わず鳥肌が立ってしまった(ここで第1作目のジョー・フレージャー、第3作目のハルク・ホーガンと並ぶ格闘界のビックゲストがカメオ出演する)。PPVを模した試合場面の演出は現代風でも、打たれても前へ前へと突進して行く姿や、強烈なブローを放つ姿はまぎれも無く昔と変わらないロッキーであった。最初は無気力なチャンピオンだったが、ラウンドを重ねていく間に「虎の目」を取り戻していくディクソン、これは3作目の設定をそのまま活かしたファン泣かせの上手い演出であった。両者フラフラになりながらもフルラウンドを闘い抜く展開や最後の結果、さらにあの音楽がかかる定番のラストは、ファンの誰もが観たがっていた本物のロッキーの姿がそこにはあった。 仕切り直しの完結編は、本当の意味での物語の終わりを劇的に盛り上げてくれる。中年男性で埋め尽くされたほぼ満員の観客席からはすすり泣く声も聞こえてくる、思わず私も目頭を熱くしてしまった。

エイドリアン役であるタリア・シャイアの不参加は残念であるが、物語の展開上は仕方が無いことである。「ロッキー2」以降、応援こそしていたが、彼の健康を一番心配していた彼女が、今回の復帰を絶対に認めるはずは無いからである。彼女の為を思い、リングに上がれなくなった足枷があるからこそ「ロッキー5」のラストはストリートファイトになってしまったのだ。

「ロッキー・ザ・ファイナル」はまさに現在のスタローンの姿をそのまま描いた作品である。これは自らのどん底から這い上がる半生を描き、見事なまでに演じてみせてくれた「ロッキー1」と相通じるものがある。

スタローンはシリーズ完結編だったはずの「ロッキー5」を、あのようなストリートファイトで終わらせてしまい非常に後悔していた。批評家達には貶されたが、観客からは熱狂的に支持された「ロッキー4」とは違い、その双方から完全に無視された。かくしてロッキーシリーズは寂しい終焉を迎えたのである。

今回の「ロッキー・ザ・ファイナル」では、息子に「馬鹿にされるからやめとけ」と言われる場面がある、これは「スタローンは懲りずにまたロッキーを撮るのかよ」という世間の冷たい視線を描いたものである。さらにはロッキーのライセンス復帰を巡る委員会で「健康上は問題ないけど、悪いこといわないからやめとけ」と言われるのは、映画会社に企画を出した時に「ロッキーの新作を作ったらそこそこ観客は入るだろうけれど、いまさら過去の栄光にしがみついて恥ずかしくないのか?」と言われた事を暗示したものであろう、つまりスタローンの立場は昔と同じようにどん底であったのだ。

この作品を撮ることは、スタローンにとってかなり勇気のいることだったと思う。しかし周囲の反対を押し切り「絶対に諦めない」で作り上げた「ロッキー・ザ・ファイナル」は「何で今更ロッキーなんだ?」という疑問の声を見事なまでに払拭してくれた。アメリカでの成績は芳しくはなかったが、ファンの誰もが納得できる素晴らしい幕切れであった。本当の意味で物語が完結した事に素直に喜びたい、そして改めてスタローンに感謝の心を捧げたい。

私は3年前に友人と2人でフィラディルフィアを訪れた。目的はもちろんあの美術館の階段を上る為である。ロッキーと同じように一目散に駆け上がり、上の広場でシャドーボクシングをした後にガッツポーズをした。そんな私にとって、「ロッキー・ザ・ファイナル」のラストに流れるエンドクレジットは感動的であった。なぜならば自分の姿がそこにあったからである。

コメント(1)

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

映画を語る 更新情報

映画を語るのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング