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ハーバード白熱教室コミュの命の価値は平等か

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今,2人の患者がいる。一人は皮質が崩壊し,脳幹は機能している。意識が回復する見込みはなく,呼吸器と栄養チューブにより生きてはいる。
 もう一人は心臓病であり,意識もあり,思考も我々同様に問題なくできるが,このままでは3ヶ月以内に死んでしまう状況にある。ドナーも見つからない。
 この場合,まだ生きている前者から心臓を取り出して,後者に移植することは正しいのか。本人の同意は不明確であるが,家族は同意している。
 法哲学でよくあるテーマみたいですが,どう思いますか?
 

コメント(5)

私は賛成です 本人にとっても治療を続けるメリットはない,延命措置にかかる費用も膨大である,心臓病患者が助かる,
この辺が理由ですが,あまりに単純ですね
 生とは何かとか,死の解釈とかそのへんも考えてみたいです
 
はじめましてです。

自分自身がどちらの立場になったとしても僕は賛成です。僕にとって、自分が前者の状態になった場合、それは生きているとは言えないからです。家族や友人に精神・肉体・金銭的にも大きな苦労をかけ続けることは僕にとって耐え難い苦痛ですし、多くの人にとってそうだと思います。
また、家族も賛成しており、当人が意思表示出来ないのであれば、当人を最もよく知るであろう家族が当人の代わりに意思表示をする権利と責任があると考えられます。
生前に当人の意志が明確に表明されていたか、残されることとなる親族始め関わり深い人々の思いはどこにあるのか。
他人事として抱く「べき論」とは一線を画し、個々の状況を鑑みコンセンサスを可能な限り得つつ、画一的ルールと無縁な最適解をその度に模索する、という以外の答えが果たしてありましょうか。

感情に強く支配される強健なエゴイストに哲学的意義を説くことの無力さをみる。
そこから目を逸らさずに、(美しさの有無にかかわらず)策を練ることが、責任を負う者の果たすべき義務なのかも知れませんね。

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