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小説置き場(レイラの巣)コミュの渦雷 第2章 6話

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 そうじゃない。一番最初に撃ち殺したいのは僕自身だ。
 僕はまた間違えた。
 また、シュリエは、柊は、逃げていった…。

 激しい雷雨が行き過ぎ、小雨になった。
 街がけむったようにかすんで見え、僕の肌の上ではまだ雷雲がその存在を告げていた。
 僕はあの公園で、シュリエの帰りを待ち、空間のひずみを探していた。

 異世界から持ち帰った柊の3粒のダイヤの原石は、磨かせ、2粒は指輪になり僕の左手の薬指で輝いていた。
 1粒は十字架のペンダントになり、今も僕の胸にかけられていた。

 公園の入り口から、黒い傘をさした人影がまっすぐ僕に向かって歩いて来ていた。
 意識のはじでは気がついていたその人影が、シュリエだとわかったのは、かなり近づいてからだった。

 シュリエは僕に持っていた傘をさしかけて、聞いた。


「父さんはなぜ傘をささないの?」

「お前を捕まえるために、両手は空けておきたいんだ」

「そう言えばこの前会った時も、傘は持っていなかったね」

 僕はベンチのはじにより、シュリエの座る場所を作った。
 傘を閉じながら、シュリエはその場所に座った。

「いつ来ていたんだ」

「もう半年以上たつよ」

「そんなに前だったのか…」

「ごめん」

「ちゃんと食べているのか」

「うん。
 父さんが教えてくれたから、ずいぶん楽になったよ。
 父さんの世界で休んで、また行って…。
 2回に1回か、3回に1回は父さんの世界だった」

「……」

「でも、時間が合わない。
 本当に僕は涼をみつけられるのかな」

 コテージから逃げて、多分1年か2年後のシュリエ。
 2度目に柊が僕の前に現れた、その年齢になっていた。

「もうすぐだ。もうすぐ会える。
 お前達は呼び合っている。運命は何度でも引き合わせるんだ」

「会わなくてもいいんだ。
 涼がどんなふうに暮らしているのか。それだけわかれば」

「知りたければ、話してやるぞ」

「ううん。自分の目で確かめたい」

 そうだろう。本当は確かめるだけではなく会いたいのだ。
 高校時代に心で見つけた半身に。そして、ふたりは必ず出会ってしまう。

「……もし、お前が涼に会ったら、全てを話せ。
 話して、手を借りて、ふたりでお前の故郷へ帰れ。
 涼の意思は強い。
 彼の力を借りてふたりで願えば、一度で故郷に戻れるだろう」

「僕がそうしたらどうなるの。父さんはもう母さんに会えなくなるよ」

 気づいていたのか。

「いいんだよ。それはいいんだ」

 息子が彼女の元に帰る。
 僕は左手に光る2粒のダイヤに目をやった。
 大丈夫だ。リュイは強い人だ。

「それに、お前が涼をつれて戻り、若い頃の母さんと会わせなければ…」

「うん。僕は生まれない…」

「そうだ」それも気づいていたか。

「僕が生まれなければ、涼は僕と出会えない」

 しかし、そんな事が可能だろうか。
 何を選んでも堂々巡りの矛盾が立ちはだかる。

「父さんは僕を説得して、ふたりで故郷に戻ろうとしていたよね」

「ああ」

「運命を出し抜けるかもしれない。父さんはそう思っていた」

「ああ、そうだ」

 シュリエが僕の肩に頭を乗せ、大きくため息をついた。

「そろそろ、行こうかと思ってるんだ。
 その前に父さんにあやまりたかったから、声をかけた。
 なんにも言わずにコテージから逃げて、ごめん」

 僕はシュリエの肩に手を回し、昔のように抱きしめた。
 大きくなり戻って来た僕の息子。

 シュリエの顔を僕のほうに向け、唇にキスをした。

 ざまあみろ。心の中で、僕は昔の僕に毒づいた。
 柊はくれてやる。しかし、キスをしたのは俺のほうが先だ。

 シュリエが問いかけるように僕を見ていた。

「行ってきますだろ、シュリエ。行ってらっしゃいのキスだ」

「うん。父さん。
 父さんとは何百回もキスをしたね」

「いいや。何千回もだ」

 再会した時に柊は言った。
『おはよう、行ってきます、ただいま、おやすみ。
 …あれは、さようならのキス…』

「行ってきます。そして、戻ってくるから。待っていて」

「ああ、うまくやれよ。ここで、待ってるからな」

 使ってと言って傘をベンチに置いて、シュリエが立ち上がり、少し離れて、こちらを向いた。

 僕は笑いながら言った。

「お前は王子様になるんだ。眠り姫をキスで起こす」

「?」

「今にわかる」

 シュリエの周りで空間が揺らぎだしていた。
 揺らぎの中で、小さく手をふるシュリエ。

「いろいろとありがとう、父さん」

 そして姿が消え、声だけが届いた。

「ありがとう。涼」

 ばかやろう。気づいていやがったのか。
 親父のキスなんかじゃない。
 だが、涼なんてよぶな。涼だったら、ぶんなぐってでもお前を止める。

 父親だから、行かせるんだ。
 父の後を追いかけていた小さな息子が、ひきとめる父の手を振りほどき、自分の足で歩き始めたのだ。
 黙って行かせるしかないじゃないか。

 父親にできるのは待つだけだ。
 父の助けが必要になった時に、戻って来るのを。
 戻って来い。シュリエ。戻って来い…柊。

 涼を見に行くというメモを残し、コテージからシュリエが姿を消した時に、僕は思い知らされた。
 2度目に僕の前に現れた柊は、全てを知っていたのだ。
 僕が父親だという事も、ふたりで旅をし、最後に自分が死ぬ事も。
 全て知っていたのだ。

 父の元に戻ろうとしていた柊を引き留めたのは僕だ。
 そして柊は僕の為に旅を繰り返した。
 守ると誓った柊に僕は守られていた。

 柊の最後の言葉の意味。

『すまない…。でも…ぼくが…いなくなっても…』

『また…あえる…』

 すまない。でも、僕がいなくなっても、また会える。

 ベンチに体を預けて雨を降らせる空を見た。小さな雨粒が僕の頬を流れていく。

 これからも僕は待つだろう。雷雲が来るたびに。
 旅立ったばかりのシュリエを、涼と別れたばかりの柊を。そして、戻ってくると約束した僕の息子を。
 その手を取るために。

 だが、今日はもう戻るまい。帰ろう。
 柊が置いていった傘をさして、僕は歩き出した。

 今度の休みが晴れだったら、母に会いに行こうか。
 生きている間、疎遠だった。葬儀の知らせにも出席しなかった。

 母が死ぬまで、その時々に送られてきていた小切手。
 それは母の想いだったのかもしれない。
 母も僕を待っていたのかもしれない。

 繰り返し打ち寄せる波の様に、何度も出会う。運命は何度も繰り返す。

                                               ……続く

渦雷 第2章 7話 はこちらから ↓
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