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小説置き場(レイラの巣)コミュの未完 クロウ‐抱きしめて-1

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 「ミクはまだ行ってるのぉ?」
 駅までの帰り道、同じ高校二年の友人、ゆんは聞いた。
 一週おきの土曜日。今日はその日だ。

「だって、最初はゆんが連れて行ってくれた会じゃないの?
 ゆんこそ、もう行かないの?」

「なんか、あきちゃったしぃ。
 それに怖くない?」

 自分達よりも年上の男の人ばかり。
 本名も住所も、何をしているのかもよくわからない。
 学生なのか、社会人なのか。
 どの人もどことなく貧しくて。なんとなく、反社会的な雰囲気が漂う。

 ゆんが言いたい事を、わかっているけど気がつかないふりをした。

「なにが?」

「う〜ん。なんかさぁ。わけわかんない事ばっかり話してるしぃ。
 ニートとかフリーターとか混ざってるらしいしぃ。
 ミクは平気ぃ?」

「さぁ、よくわからないけれど、話している事を聞いているだけでもおもしろいのよ」

「へぇぇ。私はもうパスだなぁ。それよりさぁ。今日はカラオケ行かない?」

 黙って笑って返事に代えた。

「はいはい。行ってらっしゃい。
 けがをしないようにネ。
 あんたは老舗のお嬢さんなんだからさぁ」

 老舗と言えるほど長い歴史を持っているわけではない。
 けれど、父の代までは何代か反物の染付け職人をしていた。
 下の兄、英治郎兄さんが高校へ行かず、父の跡をついで染付けの職人になると言い、上の兄、義太郎兄さんが経済関係の大学へ行き、二人で家を大きくした。

 私が中学を卒業する頃には、二人ともりっぱに父の跡をついでいた。
 きちんと会社組織にし、反物のデザインや販売もするようになった。
 私は真綿にくるまれて、両親と歳の離れた二人の兄にかわいがられて育った。
 毎日が静かな水槽の中のようで、自分が観賞魚になったような気がしている。

 あの会は、たったひとつの外の世界とのつなりだ。
 怖くて、危ない、外の世界。けれど、いつかは踏み出して行かなければならない世界。そんな気がしている。

 青い桜と書いて、青桜(せいおう)の会。
 若い自分達を青春の桜になぞらえたのかもしれない。

 小説を書く人。イラストを書く人。マンガを書く人。詩を書く人。
 ようするに駅裏のファミレスに、一週おきの土曜日に集まって、話しをする。
 ただただくだらない話しをする会。
 笑って、みんなの持って来た作品を読み、絵を回し、いつかは誰かが有名になると話す、そんな夢の空間。

 不定期に作品をまとめ、今までに何冊か同人誌を作っているという。
 そのためのこまごまとした作業は丸さんが一手に引き受けていた。
 本当の名前はわからない。丸い顔。丸いめがね。丸いお腹。
 二十歳をちょっとすぎていて、学生らしい。
 青桜の会の、会長のような役回りを引き受けている。
 人が良くって雑用を引き受ける丸さんが居るから、きっとこの会は続いている。

 そんなぬるま湯のような会で、でもみんながクロウを怖がっていた。
 クロウは、私をのぞけば一番若いと感じられた。本当の歳はわからないから。多分。
 なのに、彼の居るそこだけ空気が冷たい。
 ほとんど誰とも口をきかない。
 彼の書く物は他の人の書く物とは次元が違う。
 いつかは何かがはじけて、彼は有名になるかもしれない。
 みんなが心のどこかで、そう思っている。

 そして、みんながクロウを愛している。
 誰もが心のどこかにクロウと同じ物を飼っていたから。

 暗い目と、閉じた口と、人の心にナイフを突きつけるような視線。
 誰もが心に飼っているそんな物。でもクロウはそれだけで生きているようだ。
 それでは血を流してしまう。傷ついて壊れてしまう。だから、みんなでクロウを愛している。
 みんなでクロウを大事に守っている。

 クロウはいつでも黒い服だ。
 夏は黒いTシャツ。冬は黒いセーター。
 パンツも黒。
 ボサボサの髪の毛も黒。

 何よりも、誰よりも、その瞳は黒々としている。
 まるで、底の見えない沼のようだ。

 彼の本名には黒がつくらしいと聞いた。でも、本当の名前は誰も知らないと思う。

「クロウって烏(カラス)? いつも黒だから?」

 そう聞く私に

「スケアクロウ(かかし)さ」

 ぽつりと答えた。
 意味は知っていたが、もっと深い意味があるような気がして、わからないふりをした。

「スケアクロウって?」

 クロウはのどの奥で笑って、私のほうを見なかった。

「ミルク。そいつは放っておけ。だれとも口をきかん」丸さんが言った。
 ミルク。ミルクちゃん。
 私の名前は未来(みく)。 だけど、この会の人たちは私をミルクとよぶ。
 誰がつけたのかはわからない。いつのまにかそう呼ばれるようになった。この会だけの私のあだ名だ。

 ミルクを入れるとコーヒーはカフェオレに、紅茶はミルクティーに変わる。ミルクが入ると、柔らかくなる。
白い温かな子供の飲む飲み物。
 ミルクというあだ名はくすぐったくて、好きだ。

 めったに自分の書いた物を持って来ないクロウが、今日は短い小説のような物を持って来た。
 短いけれど言葉が響きあって、まるで詩のようだった。
 ナイフのように言葉が積み重なって、手を入れたら切れそうだ。

 白い花を集めた小さな花束を、ただ描写しただけなのに。
 ひとつひとつの花が、美しく、みずみずしく、丁寧に書かれていた。
 クロウが花達を愛していて、とても愛していて、クロウが花に食べられてしまいそうで怖かった。

 みんなも感じたのだろう。これは違う。これはすごいって。
 なんと言ったらいいのかわからないけれど、クロウがそこに居た。

『こんな物が書けるから、クロウはいつか開花する』
 みんなが黙っていたけれど、目が言っていた。
『僕が書く物は遊びだけれど、クロウの書く物は血を流している』

 最後に私に回ってきて、読み終わってノートを閉じた。
 すぐにクロウが来て、私の手からひったくるようにノートを取って、何も言わず自分の席に戻って行った。

 丸さんが、丸さんだけが素直に「すごい作品だ」とクロウに話しかけている。
 聞いているのかいないのか、クロウは黙って前を向いている。
 何も見ていないような目をしている。

 クロウの書いた物が私の中で沈んでいく。

 英治郎兄さんは、高校よりも職人を選んだ。
 自分の行く道を自分で決めて、十年たって一人前と認められている。
 義太郎兄さんも、会社を大きくしている。
 染物しか知らない父も、今では兄達を信頼してまかせている。

 私は? 私には何も無い。クロウのように書く事もできない。書きたい事も無い。
 何をしたいのかもわからない。
 水槽の中の熱帯魚のように、ただ泳いでいる。
 思わずため息をついた。

「どうしたのさ? ミルクちゃん」

 誰かが聞いた。私は下を向いたまま答える。

「もう、あまり来れないかもしれません。
 次の会には来れません」

 私はなぜこんな話を持ち出したのだろう。

「何かあったの?」

 何人かが、こちらを向いて話に加わる。

「二週間後、次の会と同じ日に、私、お見合いをします。
 …それに、父が、私がこの会に来る事を、あまり良く思っていません」

「お見合い?
 まだ、高校2年生でしょう?」

「相手は反物の織りをしている職人さんのおうちで、何人も職人さんを抱えています。
 今は職人さんの数も減っていて…。私の家にとっては…大事な取引先なんです」

「えっ、それって政略結婚って事?」

 うそは言っていない。でも、本当でもない。

 クロウが立ち上がり、何も言わずに出て行く。
 いつもの事なので、誰も気にしない。
 私はなんとなくがっかりする。

「お見合いと言っても、相手もまだ大学生で19歳です。だから、ただお付き合いを始めましょうというだけなんです」

「だって、やっぱり政略結婚じゃない?」

「あの、どこかで私を見かけて…。
 19歳の、その息子さんの、本人の希望なんです」

「えぇ! ミルクちゃんて、もてるんだぁ!」

 笑い声が起きる。

 解散となって、
『お見合いの近いお姫様に何かがあったら大変だ』
 誰かがそう言って、駅までみんなで、私を送る事になった。

 駅近くの裏通りを通った時に、誰かが「クロウだ」と言った。
 みんなが指差す方角を見るとクロウが居た。小さなバーの裏口近くだ。
 バー勤めらしいはでな服とお化粧の女の人と一緒だった。

 クロウはちらりとこちらを見て、いきなり彼女にキスをした。
 女の人は驚いたようだったが、自分も目を閉じて、クロウの腰に手を回し、そのまま長いキスをした。

 ヒューヒューと誰かがはやしたてる。
「あの彼女と一緒に暮らしているらしい」と誰かが耳元で言う。「生活費なんかは彼女持ちだそうだ」

 離れる瞬間に、クロウがこちらを見たような気がした。
 私は何も見なかったように、前を向いて歩く。
 嫌悪感で胸の中がいっぱいになる。

 クロウの本当の年齢は知らない。
 でも、まだ未成年のはずだ。
 いえ。誕生日がすぎて17歳になったばかりの私と、そんなには変わらないと思う。
 なんだかとても汚い物に触れたように、鳥肌が立った。

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