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小説置き場(レイラの巣)コミュの【神話夜行】11 スカイツリー

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 今回の神話夜行は同人誌「夢見堂。」バージョン。
 しばりは公式キャラ「夢見童ちゃん」を登場させる事。
 実は同人誌に提出したものとは細かな部分が違います。
 でも、訂正や言い回しなどで、全体的には変更はありません。

 4500文字。初出は10/01/16


                 三日月夜


 二月の冷え冷えとした夜空に一羽の鳥が飛んでいた。大きい。
 鳥としては巨大と言えるだろう。
 大都会東京の空には不釣合いに巨大な鳥。
 鳥ではない。体は鳥だが顔と胸は美しい女性。正体はハーピーだ。
 人型をとる時は羽鳥(はどり)と名乗っている。

 羽鳥の足にはひとりの若者がつかまっている。
 おかっぱのような黒髪に黒い瞳。みかけは日本人だ。
 だが、男性なのに美少女と言いたくなるほどの美しい顔立ちをしている。
 十七・八歳にみえる。筋肉などひとかけらも無い、と思えるほどの細い体。
 ダメージジーンズに薄いハイネックのセーターを一枚。

 もちろん彼も人間ではない。

 名前はコウ。漢字では蛟(みずち)、コウは音読みだ。
 角と赤い髭(ひげ)と四肢、背中には青い斑点、尾の先にはこぶを持つ想像上の生物。
 杜若(かきつばた)を食べて口から気を吐き蜃気楼を作るとも言われている。
 そんなところが自分に似ている。コウはそう言ってこの名を使っている。

 けれども、コウは、そのきゃしゃな見かけとは違い、ゴルゴンの三姉妹、長姉ステンノー、次姉エウリュアレー、そして末妹のメドゥーサの三人が産み出した、最強の戦士に育つはずの若者だった。

 新宿高層ビル群の中でも、ひときわ高い百二十階建てのビル。その屋上にある彼らの住居のそばから、羽鳥は飛び立った。
 そして今、一直線に、墨田区押上のスカイツリーの工事現場へと向かっている。
 完成すれば高さは六百三十四メートル。文句なく日本一だ。完成している超高層ビルでは現在日本一のランドマークタワー横浜(二百九十六メートル)をすでにこの一月に越えた。

 新宿から押上まで。
 風を司る者と呼ばれる羽鳥だ。その気になれば一秒もかからないだろう。
 しかし、今は悠然と夜風を楽しむように飛んでいる。急ぐ旅ではない。

『自然にできた穴からこちらの世界に紛れ込んだ飢えた雑魚が、手当たり次第に食い漁っている。
 探し出してつぶせ』

 それがテュポエウスからの指令だ。

 少し前からスカイツリーの工事現場で、奇妙な事故が多発していた。
 激務でもないのに激しい疲労感を訴える作業員が続出した。めまいで転落する者までいた。
 診察をしてもただの疲労、衰弱だった。
 命綱をつけての作業だから、どれも大事にはいたらなかったが、いずれ大きな事故を引き起こしかねない。

 スカイツリーが見えてくる。
 コウは髪の一本を伸ばし、鉄骨にからみつかせると、羽鳥の足をつかんでいた手を放し落下した。
 伸ばした髪を縮めてその反動で、スカイツリーの中ほどの鉄骨の上に降り立った。それでも二百メートル近い高さだ。
 目に見えるビルは全て足元だ。

 羽鳥はコウのその行動に、コウのはやる心を感じて、愛しそうにほほ笑んだ。
 鳥の時には羽鳥の心は母親だ。コウの全てを許してしまう。甘やかす。

 羽鳥はコウの隣に降り立つ。
 男の姿に変わった。
 三十代に入ったところか。短い髪に黒のサングラス。
 身長は百八十センチを少し越えたあたり。ひと目を引く高さではないが、充分に長身と言えるだろう。
 鍛えぬいた厚い胸板を、前を開けた黒の革ジャンから、これ見よがしに誇示している。
 二月というのに革ジャンの下は襟ぐりを大きく開けた白いTシャツ一枚だ。
 指先を切った黒の皮手袋に、片耳だけのシルバーのピアス。
 一昔前の『漢』のスタイルと言える。
 男の姿の時の羽鳥は戦士だ。コウを戦士として育てる教師でもある。

「はやるな、コウ。
 相手はどこに潜んでいるのか、どんな奴なのか、わからないんだぞ」

「うるさいよ、はあちゃん」

「羽鳥と呼べ。何度も言ってるだろう?」

 羽鳥の言葉をコウは聞いてはいない。すでに、髪を伸ばし上へと移動している。
 その姿を見上げながら、羽鳥は苦笑する。男の羽鳥からも、充分に愛されている事をコウは知っている。

 すでにコウはこの空間を結界で閉じている。その結界は作りかけのスカイツリーを丸ごと包んだ。
 結界の中で、風が消え、都会のざわめきが消えていく。

 今、結界の中にあるスカイツリーをどのように破壊しても現実のスカイツリーにはひびひとつつかないだろう…。
 閉じられたこの空間の中に見える物体は、空間が記憶していた影にすぎない。
 そしてコウの作った結界の中に、すでに敵は閉じ込められている。逃げられない。

「ふん。やる事はきちんとやっているな。
 コウ、三本だ」

 つぶやくように言う羽鳥の言葉は、人ならぬコウの耳にきちんと届いている。

「OK。三本だね」

 やはりつぶやくように、コウが答える。

 コウの髪が赤く燃え上がり、その三本だけがするすると伸びて行った。
 おかっぱのような前髪の下の瞳も真紅に輝いた。その色はピジョンブラッド(鳩の血)。最高級と言われるルビーの赤だ。
 真っ赤に燃える髪と、ピジョンブラッドの瞳はコウの戦闘モードだ。

 コウは焦りを感じながら、周りの気配を探った。三本の髪が意思を持つ蛇のように空間をさまよった。
 羽鳥が三本と言ったのだ。羽鳥はすでに敵の能力を測ったという事だ。
 コウは自分の教師である羽鳥にさえ負けたくない。

 一本の髪がすばやく柱の影に回りこむ。

「きゃ〜ん! ですのぉ〜っ!」

 髪に右足を捕らえられた、小さな人影が高く持ち上げられる。
 逆さになったまま、じたばたと手を振り回している。

 柿色の作務衣(さむえ)のような服装。短い髪は同じ柿色の和手ぬぐいでまとめられている。
 エプロンではない。身に着けた和の前掛けには誇らしげに白く「夢見堂」と描かれている。

「し、失礼ですわのよぉ〜。撫子に対して何たる無礼な所業でございます事ですわぁ〜!
 は、恥を知りなさいですよの事よっ! 舌を噛んで死にさらせと申しますわのよっ!」

 逆さになる前掛けと髪を手で押さえながら、かわいらしい声で叫ぶ。
 自分が捕らえた相手を、驚いたように見るコウと女の子の視線が空間で交わった。

「あららのよぉ。あなたったら…まぁ、あのゴルゴンの…」

 逆さになったまま、女の子がほほえんだ。コウを知っているのだろうか。
 彼女の言葉が途切れるのと同時にコウが振り返る。
 上へと飛びながら、一本の髪を鉄骨にからみつかせ、その髪をてこに方向を変えて飛び、別の鉄骨の上に降り立った。

「きゃきゃきゃ〜ん。ぴえ〜んですわぁ〜っ!」

 コウの移動に振り回されて、女の子が叫ぶ。
 コウの視線の先に、緑色のゼリー状の物体があった。元はやはり小さな人型だったのだろう。
 崩れ落ちて、溶けかけた雪だるまのようだ。

「グググ…。食ベタイ…。食ベタイ…。クレ。…ヨコセ」

 テュポエウスからの指令の対象はこいつだろう。

 やはり雑魚。こちらの世界に順応できず、人型をとる事もできない。
 飢えにまかせ手近な生物、工事現場の人間からエネルギーを吸い取った。
 乱暴なその行為が、もともと弱かった自己をさらに崩壊させている。
 ゆっくりと、まわりから集まる気を自分の中で育てていく余裕があれば、ここで静かに生きる事もできた。
 やがて自己の精神を神へと育てていく事もできただろう…。
 コウはつまらなそうに息を吐いた。

「…ヨコセッ。…チカラ。食ベタイッ!!」

 ゴルフボールほどの緑色のつぶてがコウをめがけて飛んだ。時間差をつけて、二個、三個。四個。…。
 コウは髪でたたき落とそうとしたが、水のようなその物体はコウの髪を飲み込み、すり抜けて何事もなかったかのように飛び続けた。

 あらためて髪に気をまとわせ、回転させて、緑のボールをはじきとばす。
 ボールがコウをめがけて飛ぶ、そのわずか一・二秒の間にその判断をコウはした。

 はじかれたいくつもの緑のボールがべチャッリと音を立てて鉄骨にはりつく。
 そしてその場に広がり、泡を吹いて、触れた物を腐食させていった。

 一本の髪で立て続けに飛ばされるボールをはじき飛ばしながら、もう一本の髪を敵に向けて伸ばす。飛んでくるボールをよけながら敵に到達した髪が敵を刺し貫く。
 しかし、水のように感触が無い。切り刻んでも手ごたえは無かった。

「ググッ。グェッ…!!」

 怒りともあざけりともとれる叫び声をあげ、大きく体をゆすると、緑のボールが大量に空間に現れ、コウをめがけて飛んだ。

「生八橋っ! ですわぁ〜!」

 まだコウの髪に足を取られて逆さまになったままの女の子が叫ぶ。
 前掛けの影からたくさんの生八橋を取り出すと、敵に向かって撒き散らす。
 たくさんの小さな生八橋がひらひらと広がり、大きくなり、ひとつひとつ緑のボールを包みこむとポンと音を立てて消えた。

 女の子がコウに視線を向けてにこっと笑う。

「じゃあ…」

 コウがつぶやくと、女の子をつかんでいた髪がしなり、女の子を敵に向かって投げつけた。

「まかせたよっ!」

「きゃきゃきゃい〜ん、ですわぁ!」

 前掛けの影から、また生八橋を取り出すと大きく広げ、彼女自身を包みこむとそのまま敵にぶつかって行く。一瞬、敵の動きが止まる。
 その一瞬で、コウの三本の髪が敵を突き刺し、切り刻んだ。
 水のように攻撃を吸収する敵の特性も、一秒に満たない間にミリ単位で切り刻まれ、核をむき出しにされては持ちこたえられなかった。
 核もまた切り刻まれ、一片一片が金の砂のようにきらめき、光りながら消えていく。

 鉄骨のあちこちを腐食させられたスカイツリーの上半分が、ギシギシと音をたてて、ゆっくりと崩れ始める。
 コウの髪が再び女の子をつかみ、引き寄せた。

「きゃ〜んですのぉ」

 女の子を抱きしめるとコウは崩れる鉄骨をよけて飛び降りた。
 崩れていくスカイツリーが揺れる。
 結界が消えると、元のままの傷ひとつ無いスカイツリーがコウの後ろに現れる。

 ふわりと大地に降り立つコウに、女の子がほほ笑みかける。

「はいですわ」と前掛けの影から何かを取り出しコウに手渡す。

「もうひとつですわぁ。こっちは向こうの居るおじ様に、ですわのよ」

 そう言うと、もうひとつ何かをコウに手渡し、するりとコウの腕の中から抜け出した。
 コウににっこりと笑いかけるとポンと空中に消える。

「なに、今の? はあちゃん」

 つぶやくようにコウが聞く。
 コウに近づきながら羽鳥が答える。

「羽鳥だ、コウ。それより、遊びすぎだ」

「うるさいよ、はあちゃん。
 あんまりに雑魚だから、やる気が失せた。
 それよりあの子…」

「夢見童だ」

「夢見童?」

「ああ。
 ひとつは俺のだったな」

 そう言いながら、羽鳥はコウの手の中の物をつまみあげ口に入れた。

「なっ! 食べて大丈夫なの? そんな…」

「和菓子だ。なかなかうまいぞ」

「へえ。食べられるんだ。
 半分ピンクで半分緑色だ…。小さな桜の花みたいのがついてる…」

 手にした丸い小さな和菓子を見ながら、コウがつぶやく。
 羽鳥が答える。

「鶴屋吉信の弥生(やよい・三月)菓子『都の春』だ。桜の花をイメージして作っているんだな。
 …夢見童も研究熱心な事だ」

 恐る恐る口に入れたコウが、にっこりと笑う。

「おいしい。ほんのり甘い!」

「さあ! 帰るぞ、コウ」

 鳥に変身した羽鳥が飛び立ち、その足にコウがつかまる。
 春はもうすぐそこだ。

                                 終わり

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