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小説置き場(レイラの巣)コミュの【神話夜行】 10 新宿パークタワー

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 このコミュに移すにあたって、今回少し手直しをしました。
 大きくは変わってはいないのですが、こまかな言い回しなどです。

 約5700文字。もう少し長くなる予定だったんですが…。

                         夜

 新宿は雑多な顔を持つ不可解な街だ。

 JR新宿駅の南側には高級デパート群がある。着飾った女性達が行きすぎる。

 そのそば、西口寄りには都庁とオフィス、そして高級ホテルが入った高層ビルが建ち並ぶ。
 そういった建物のロビーでは、常時パスポートを携帯しているビジネスマンが、億単位の会話を交わしている。

 そして東口側には歌舞伎町がある。
 日本の伝統文化の象徴、歌舞伎座があり、同時に闇を飲み込む歓楽街がある。
 もちろん健全な娯楽を提供する店もある。
 だが、国籍不明の人間たちが、違法な品物を売ってもいる。

 いや、南地区でも北地区でも、知らない者には美しい顔を見せ、知っている者には腐った喜びを与えている。

 それが首都東京の都庁がある新宿という街だ。
 文字通りの不夜城。深夜十二時をとうに回り、終電もすでに出た時間。
 それでも人影が完全に消える事は無い。
 急ぎ足で歩くビジネススーツの男がいる。いや深夜というのに女も歩いている。
 眠そうなホームレス。終電に乗り遅れた若者。シャッターの前に倒れている老人は眠ってしまった酔っ払いなのか、犯罪の被害者なのか。

 こうこうとあかりをともす店もある。
 中から小さく歓声がもれる。

 闇を押しのける人工の光が夜の底でよどみ、尋常ではない影をまとった人間たちが二十四時間活動を続けている。それが新宿だ。

            。.:+:゚☆゚:+:.。★。.:+:゚☆゚:+:.。★。.:+:゚☆゚:+:.。

「来た!」

 コウは敵の存在を、そして敵の襲撃を感じ、髪の毛の一本を伸ばし足元にたたきつけた。
 髪はさらに伸び、コウ自身を空高く持ち上げた。
 急激な上空への移動は、その場にいた人間たちに、コウが一瞬で姿を消したように感じさせた。
 しかし、その記憶は次の瞬間に消えた。
 コウがその場にいた人間たちの心に干渉し記憶を消したのだ。

 コウのみかけは十七・八歳の日本人男性。
 身長は百七十センチそこそこ。筋肉などお世辞にも無いと言えるほどの細い身体。そして、男なのに美少女と言いたくなる美しい顔立ち。
 肩まで伸びた黒髪は、おかっぱにも似た無造作なボブカット。
 ダメージジーンズに茶のハイネックのTシャツ。ベージュのジャケット。
 ラフな服装なのに、その全身から立ち上る雰囲気は絵本の中の王子様に似ていた。

 けれどもコウは、そのきゃしゃなみかけとは違い、ゴルゴンの三姉妹、長姉ステンノー、次姉エウリュアレー、そして末妹のメドゥーサの三人が力を合わせ産み出した、最強の戦士に育つはずの若者だった。

 コウ(蛟)、訓読みでみずち。
 想像上の生物だ。蛇と龍の中間体。角と赤い髭と四本の足を持つ。背中には青い斑点、尾の先にはこぶ。杜若(かきつばた)を食べて口から気を吐き蜃気楼を作るという。コウはその蛟という伝説の生物が気に入って、コウと名乗っている。

 新宿駅西口から歩いてほぼ十二分。
 高層ビルが群れを成す中に、独特な三角屋根を持つ、高さの違う三棟が寄り添っているかのように見えるビルがある。
 それが新宿パークタワーだ。
 五十二階建て。高さにして二百三十五メートル。高層ビル群にあっても都庁に次ぐ高さを誇っている。
 三十九階から上は高級ホテル。九階から三十七階はオフィス。東京パークタワーは首都東京の高層ビルオフィスのシンボル的存在だった。

 その壁際を歩いていたコウは、敵に襲撃され、その壁にそって上昇した。
 上昇しながら、もう一本の髪をタワーの屋上へと伸ばし避雷針の一本に巻きつけた。その髪を使ってさらに上昇を続け、地面にと伸ばした髪を縮め何かを攻撃した。

 小さなパチンコ玉のような物体がいくつもコウをめがけて飛んできていた。
 コウを追ってその軌跡を変える小さな球体は、コウの髪に攻撃されてはじけて消えた。
 同時に攻撃したコウの髪がちぎれてビル風にあおられて飛んだ。
 小さなシャボン玉のようにも見えるその球体は、実体を持った物ではなかった。
 何者かによって、極限まで小さく練り上げられた結界だった。
 こちらの世界と別の世界との境目がそこにあった。
 触れた物は結界が消える衝撃と共にはじけて消える。
 コウが消さなければ、つまりただ避けただけだったのなら、その球はパークタワーの壁に当たり、大きな穴を作ったはずだ。
 そこから地上に落ちる無数のかけらは、深夜とは言え歩道を歩く人間たちに被害をおよぼしただろう。

 戦いの場では結界を張り、現実世界に戦いの被害が及ばないようにする。
 それが暗黙のルールだった。
 今度の敵はそれさえもせずに、コウに戦いを挑んできた。
 その乱暴なやりかたにコウは腹を立て、必要以上に大きく広く結界を張った。
 そして敵を閉じ込めて、空間を閉じた。

 パークタワーの一番高い三角屋根の頂上に、コウが降り立った時、その高さ二百三十五メートルの建物は半径が三百メートルにも及ぶコウの張った結界の中に、丸ごと閉じ込められた。
 そして、結界の内側の空間は現実世界とは切り離される。
 風が消え、音が消えていく。

 コウが降り立ったパークタワーも、もう現実のものではない。
 空間の記憶が生み出した、言わば影だ。
 どれほどの破壊が行われても、現実世界のパークタワーには傷ひとつつかない。

 コウの作った結界を見る事のできる者がいたら、空間に産まれた半径三百メートルの巨大なシャボン玉がふわりと上空へと浮かんで行く姿を見ただろう。そしてそのシャボン玉の中に対峙するふたりの若者の姿を見ただろう。
 三つの三角屋根が一直線に並ぶパワータワーの屋上の両端にふたりは立っていた。

 一番高い三角屋根には、真っ赤な髪とピジョンブラッドと呼ばれる最上級のルビー色の瞳を持ったコウがいた。
 ハイネックの長袖のシャツ。動きやすい程度の細身のジーンズ。戦いのモードに変身したコウだった。

 そして、もうひとり、反対側の一番低い三角屋根の上に立つ若者もまた人間ではなかった。
 水色の髪の下のブルーの瞳。白い服に銀のサンダル。その両手の作る空間に次々と小さな結界の球が産まれ踊っている。

「きみはアポロンの眷属かな? 冷酷で残忍な疫病神」

 幼い子供のような、少し舌足らずな話し方でそう聞くコウは、しかし戦いの場に似合っている。

「ぼくのこともアポロンと呼んでくれていいよ。
 ぼくらは彼を誇りに思っているからね。

 彼は理性と知性の導き出す結論に忠実なだけだ。
 愚かな者たちにはそれが冷酷にみえる。
 コウ。きみは蛇の髪を持つ醜いゴルゴンの息子だね」

「お母様がたは美しいよ。
 嫉妬をしたきみたちがそんな噂話を流すほどにね」

 コウの口調はおだやかだが、その瞳に怒りがにじんだ。

 コウは結界の中の時間を自分の力で引き延ばし、ゆっくりと結界の底へと自然落下をした。
 その周りでコウの髪がくるくると踊っていた。
 そして、同じように自然落下を始めたアポロンが、コウをめがけて放つ無数の小さな結界の球を叩き落していた。
 ちぎれたコウの赤い髪が飛ぶ。

 結界の壁を通し、足元にコウが目を向けると、そこに羽鳥が居た。
 現実世界のパークタワーの壁に寄りかかり、ゆっくりと上昇して行く結界と、その中のコウと敵を見ていた。
 本来なら視線をさえぎるはずの結界を通し、羽鳥は意識的に自分の姿をコウに届けている。

「まだ呼んでいなかったのに、羽鳥が居る?」コウは羽鳥をみつけ、そう思った。
 視線が合って、結界越しにコウはほほ笑む。羽鳥もまたコウにほほ笑みかける。


 羽鳥はコウと共に暮らしコウを戦士として育てている。
 みかけは三十才を少し過ぎたあたりの日本人男性。
 短く黒い髪。サングラス。丈の短い黒の革ジャンのエリを立て、同じ黒の皮のパンツ。
 大きく襟ぐりの開いた白いシャツからは、鍛え上げた胸板がはちきれそうだ。
 片耳だけの銀のピアスが新宿の夜の底でにぶい光を放っていた。

 羽鳥もまた人間ではない。本体は鳥の体に美しい女性の顔を持つハーピー。
 羽鳥がコウの作った結界を、空へと持ち上げている。
 結界が上昇して行き、無意識によけていたビジネスマンが、酔った足取りでフラフラとまた元の道へと戻って行く。

 結界はコウとアポロンを閉じ込めたまま、さらに上昇していく。

「きみと戦うならこんな大きな結界は要らないなぁ」

 物憂げにつぶやいて、コウは半径百メートル程度に結界を縮めた。

「このぐらい近ければ、ぼくにひとつぐらいは当てられるだろう?
 いや、無理かな。…じゃあ、これでどうだい?」

 トン。軽く結界の床をけって、コウは一直線に敵に向かって飛んだ。驚いたアポロンが軽く後ろに飛び、両手の中で踊っていた無数の小さな結界をいっせいにコウに向けて飛ばした。

 その球がコウに到達する前に、コウの姿が揺らいで消える。
 敵を見失った球が軌道をそれてコウの作った結界の壁にぶつかり、はじけ、壁にいくつもの穴を開けて消える。

 もうひとりのコウがアポロンの後ろに現れ、アポロンに向かって飛んだ。
 さらにもうひとりのコウがアポロンの右手に現れる。
 さらにもうひとりのコウがアポロンの左手に。後ろに…。右に…。
 次々と何人ものコウが現れる。

 そして、そのすべてのコウたちがいっせいにアポロンに向かって押し寄せる。

 アポロンが産み出した無数の結界の球が迷うように空間を飛び交い、何人かのコウにあたり、コウの姿が揺らめいて消える。
 しかし、それよりもたくさんのコウが産まれ、すでにアポロンのすぐ目の前にせまっていた。
 アポロンが押し寄せるコウの集団をよけるように上に飛んだ。
 そして、コウの結界の天井付近に貼りついた。

 次の瞬間、アポロンは動けなくなる。

 結界の向こう側から赤い髪が何本もつきささり、アポロンの体を縛り付けていた。

 結界の上にコウが立っていた。
 アポロンがコウの髪に捕らえられると同時に、結界の中に居たたくさんのコウが、ひとり残らず揺らめいて消えた。
 結界の上に立つコウの、ピジョンブラッドの瞳がさらに赤く輝いた。

「ねえ、アポロン。理解できない現象が起きた時や、自分に対処できない事態が起きた時、誰でも高いところに上りたがる。
 何かが見えるような気がするんだろうね。でもね、それは戦士の取る行動じゃあない」

「コウ…」

 ギリギリとコウの髪がアポロンの体を縛りつけ、貫いていった。

「本能の導き出した結論を、理性と知性の導き出した結論だ、なんて、笑えないね」

「くぅっ」

「もう気がついただろう。この小さな結界はぼくの作った幻さ。
 本当の結界の大きさはさっきのままだ。半径300メートル。
 ぼくが結界を縮めた。きみにはそう見えただろう? あの時からきみはぼくの幻の中に居たのさ」

 コウの言葉が終わる前に、アポロンの体がきらめいて消えた。
 次に幻の結界が消え、そして本当の結界が消え、コウがこちらの世界に戻ってきた。

 パークタワーの避雷針に巻きつけた髪をゆっくりと伸ばし、コウが地面に降り立ち、足元の青いクリスタルを拾った。

 冷たい目をした羽鳥がコウに近づき、コウの手からクリスタルを受け取った。

「やりすぎだ、コウ。あんなふうに自分の力をみせつける事はない」

「……」ふてくされたように口をつぐみ、コウが羽鳥から目をそらせる。

「遊べばそれだけスキができる」

「遊んだんじゃない。あいつは嫌なやつだった」

「それはわかるが…」

「わかんないよ! あいつは母様がたを侮辱したんだ。一瞬でなんか殺すのは嫌だ。
 死ぬんだって。ぼくに殺されるんだって。そうわかってから死なせてやる!
 何度だってぼくはそうする!」

「……。
 しかし、全力を使い切れば、お前は眠ってしまう。違うか?」

「いや…だっ」

 そう言いながら、コウはひざをついた。押し寄せた睡魔に立っていられなくなったのだ。
 ため息をつき、羽鳥が鳥に姿を変えた。
 その背にもそもそとコウが乗った。ふわり。羽鳥が離陸する。

「ぼっちゃま…」

 美しい。その声だけで充分に男を誘う美しい女の声で、羽鳥がコウに話しかけた。

「羽鳥はぼっちゃまに死んで欲しくないのです。敗れる時は一瞬ですよ。
 そして取り返しはつかないのです」

「う…ん。わかってる…よ」

 眠そうにコウが答える。そして、まだなにか言いたそうな羽鳥をさえぎって、コウがつぶやくように聞いた。

「ねえ。はあちゃん…。
 ぼく、狙われてる…よね。今度のアポロンだってさ…。
 ぼくたち、またどこかへ移動する…の?」

 八百年前。羽鳥がコウをコウの母親たちから預かり、東洋の東はじの小さな島国に来たのは、コウを敵から隠すためだった。

「いいえ。テュポエウス様はその必要は無いとおっしゃっていましたよ」

「そう…。良かったぁ…」

 羽鳥の首にしがみついていたコウの手から力が抜け、羽鳥の背中からずるずると落ちていった。
 羽鳥の片足が糸のように伸び、落ちて行くコウを捕まえた。
 ついで布のように広がり、眠り始めたコウを包んだ。

 移動しなくてすんで良かった。コウはそう言った。
 でも、良い事だけでは無い。

 テュポエウスが移動しなくても良いと言ったのは、コウが充分に戦えるように育ったからだ。
 もう身を隠す必要は無い。そう彼は言った。
 だが、それだけではないだろう。コウを敵をおびき寄せる餌にする。
 その敵との実戦の中で、コウをさらに強い戦士に育てていく。
 そういう意図もあるはずだ。
 つまり、コウを狙う敵がこれからも現れる。コウは命がけのやり取りを続けなくてはならない。

 それを想い羽鳥は重いため息をついた。

 テュポエウスはしかし、常にコウに監視をつけているようだ。
 今夜は、コウがひとりで戦いを始めた事を、家に居る羽鳥に知らせてきた。
 それはまた、羽鳥の居場所をテュポエウスが常に把握しているという事でもある。

『あの狸ジジィのクソジジィ』

 毒づきながら、羽鳥は不愉快さと心強さを同時に感じた。


 腕に抱くわが子が熟睡するのを待って、そっとベッドに降ろす。
 そんな母親のように、ゆっくりと旋回しコウが熟睡するのを待って、羽鳥は彼らの家がある百二十階建てのビルの屋上に、静かに降り立った。

…終わり

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