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小説置き場(レイラの巣)コミュの【恋愛】真夜中のローズ(2−1)

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 ギリギリ1万文字を超えてしまい、2話、長編になってしまいました。
 でも、ミクシィでは改行や空白も1文字と数えてしまうので、単純な文字数では9800文字なのです。
 一昔前の、少女マンガのようなお話。ベタなお話です。
  
                          ムード

 もう、かすかな記憶になっている。
 できたばかりの駅前の大型ショッピングモールに、毎日のように母に連れられて行った。

 1Fの広い通路の両側にはおしゃれな店が並んでいる。
 2Fは吹き抜けになっている。やはり両側に店がならび、店前の通路から柵越しに下の通路と店が見下ろせる。

 1Fの長く広い通路は、ところどころ店がとぎれ、小さな広場となり、時々イベントが行われていた。
 名前も知らないミュージシャンのライブ。太鼓の演奏。若手お笑い芸人のコント。

 なにも無い時には、グランドピアノがぽつんと置かれていた。
 ピアノの周りには、金色のポールと赤いリボンで柵が作られていた。
 けれど、一ヶ所リボンがとぎれ、中に入れるようになっている。
 だから、誰でも中に入ってピアノにさわってよかったのだろう。

 多分自分と同じ年頃。小学生低学年の男の子が中に入って行くのを、2Fの通路からみつけて、あたしは足をとめ、柵につかまった。
 蝶ネクタイに黒い上下のスーツ。丸いめがねに、きっちりと七三に分けた髪。
 すたすたとピアノに近づき、慣れた手つきでフタを開け、鍵盤に指で触れた。

 ポーン。

 澄んだ音が響いて、あたしはひやりとした。
 どこからか大人が飛んできて、あの子が叱られる。とっさにそう思った。

 母が振り向き「そこで待っていてくれる」と言った。

「うん」

 あたしは母のほうを振り向いて答えた。
 そして、そのまま立ち去る母の後ろ姿を見ていた。
 そのあたしの背中に、美しいピアノの旋律が聞こえてきた。

 振り返ると男の子が椅子に座り、演奏を始めていた。
 あたしは柵につかまり聞いていた。

 ひき終わり、男の子があちこちを見渡し、あたしをみつけた。
 目が合って、思わず拍手をした。
 音が出ないように、手と手を少し離し、ジェスチャーだけの拍手。
 男の子が笑って手を振り、また鍵盤に向かった。

 次に流れてきたキラキラ光る小川のような曲は、きっとあたしに贈られたものだ。
 小さなあたしはかってにそう思った。

 曲が終わる前に、二人連れの大人、多分その子の両親が近づき、男の子の肩に触れた。
 男の子が振り向き、曲が止まり、なにかを話している。

 夫婦連れが先に立って歩き、男の子がピアノのフタを閉め、あとを追いかけた。
 きっと迎えに来たのだろう。

 両親に追いつき、男の子が振り向き、あたしをみつけ、手を振った。
 私も手を振った。

 多分、それがあたしの初恋だ。
 それっきり、会えない。



 …目が覚める前に、二日酔いだと気がついていた。
 泥のような体。重い右手を顔に持っていって、目をこすった。
 はれぼったい目に朝日がひびく。

 額に手を置いたまま、さっきまで見ていた夢を思い出す。
 小さなあたしの小さな初恋。
 二十五歳の、今のあたしからは、ずいぶんと遠い。

 左手も顔に持って行って、両手で顔をこする。
 夕べ、かなり飲んだ。はっきりとした記憶が無い。
 なのに、朝のうちに目が覚めるなんてめずらしい。

 初恋の夢も久しぶりだ。
 ときおり悪夢のように見てしまう。純粋でかわいらしかった頃のあたし。
『どうかそのまま成長して欲しい』
 親じゃなくたって、ふと、そう思ってしまう。
 その自分の思いが、そのまま自分にはねかえる。突き刺さる。

 でも、あの頃だって、あたしは誰からも見つからないように、ひっそりと生きていた。そんな気がする。
 母に置いて行かれても、素直に従った。音が出ないように拍手をしていた。

 今、名前を聞かれると「ローズ」と答える。
 古臭くって安っぽい名前。今のあたしにはぴったりだ。
 しつこく聞かれると「真夜中のローズ」と答える。「真夜中の」をつけただけだ。
 あたしの答えを聞いた相手の、しらけた顔が笑える。
 それに、しらけて離れて行ってくれるから、楽でいい。
 あたしは夜の中で誰にも見つけられないように、ひっそりと咲いていたい。

 ぼんやりとベットの中で考えていて、違和感に気がついた。
 二日酔い以外の体の違和感。
 なにより、隣からくる気配。

 布団をめくって、自分が全裸な事と、隣に男が寝ている事を確認した。
 起き上がりひざを立て、唇をかんでいたら、隣の男も起き上がった。

「失礼します」

 誰に言うともなくそう言い、もそもそとベットから出て行った。

「お借りします」

 そうドアの前で言い、丁寧にお辞儀をして、バスルームに入っていった。
 礼儀正しいと言うべきなんだろうが、あたしも相手も全裸だ。笑える。

 布団の中で足を組んであぐらになり、バリバリと頭をかいて、二日酔いの頭で昨夜の事を思い出そうとする。

 最初の店で変な飲み方をして、変な酔い方をした。
 次の店では一人で踊った。だが、すでに記憶はあいまいだ。
 何軒かはしごをした。…ような気がする。
 家に帰ろうと歩いていて、道端のゴミ袋の山が、ふかふかの雲のように見えた。
 ここで寝よう。寝たい。そう思った。とても温かそうに感じた。
 ひざをつきそうになって男の声がした。
 なんて言ったか、覚えていない。支えられて歩いた事は覚えている。

 そいつの手を引っ張って、家の中に連れ込んだ。その事をうっすらとだが思い出した。
 つまり、引きずり込んで押し倒したのはあたしだろう。

 シャワー室からきちんとしたくを整えて男が出てきた。
 まだ腰にバスタオルを巻いただけだけれど、髪はぴったりとした七三になり、 ひげも剃ってある。
 黒縁のめがねをかけている。だが、バスタオル一枚だ。
 笑える。

「おはようございます」

 ていねいに言い、またお辞儀をした。

「…はよう」

 あたしは口の中で答えた。
 だれかと朝のあいさつを交わすなんて、いつ以来だろう。

 年はあたしと同じくらいだろう。多分二十五歳ぐらい…。
 すらりと伸びた手足。身長もあたしと同じぐらいだろう。
 あたしは女のくせに背が高いと言われているが、男なら…長身とは言えないだろう。

 床から服を拾い着ていく。その身のこなしが優雅だ。
 惜しいなぁ。あと十センチ高かったらモデルだってできるだろう。
 白のワイシャツ。ダークなスーツ。渋いネクタイ。
 公務員? にしては品がいい。

 ネクタイの形を整えながら、窓辺に近づき、そこに置かれた写真立てに手を伸ばした。
 顔を近づけて、ぼんやりと見て、それから眉をひそめて、振り返りあたしを見た。
 そのままなにも言わない。

「なんだよ。それはあたしの子供の頃の写真だ。悪いか」

 大嫌いな写真だ。あの初恋の頃の写真。親が無理やり置いていった。
 つい、声がけんか腰になる。
 男はもう一度写真を見て、それから言った。

「今日の午後、お時間はありますか?」

「はぁ? あぁ、年中ひまさ。
 あたしは親の金で遊び歩いている。ニートだよ」

 ニートの単語に、だろう。一瞬、男の表情が消えた。
 そのまま、当人も消えてくれりゃあ、ありがたい。

「僕の両親に会ってください。紹介します」

「はぁ?」

 あたしは返事をしなかった。
 だが、抜けられない会議があるからと、男は急ぎ足で出て行った。

 出て行く前に名刺を置いていった。
 一部上場企業の部長の肩書きがついていた。
 広報とか渉外とか、ややこしくて長ったらしい名前の部署の部長様だ。
 その名前のままに、きっとわけがわからない部署だろう。
 あの若さで部長の肩書きはよほど優秀なやつでも無理だ。
 きっと、親の威光があるのだろう。

 だれもが、あいつがミスをしてエリート街道から滑り落ちるのを待っている。
 もしくはめでたくそのまま支配者階級に収まるか。
 どっちにしろ、大っ嫌いな世界の人間だ。

 両親に会え? 何を考えているんだ、あの男は。

 男が出て行ってしばらくたってから、ようやくあたしはベットから抜け出した。

 掛け布団をめくり、血のついたシーツをはがしてまるめる。
 掛け布団のカヴァーもはがしまるめて一緒に洗濯機に放り込んだ。

 行きずりの、名前も知らない男を引きずりこんで、処女喪失か。あたしらしい。
 むしろ、二十五の今まで処女だったなんて、そのほうが笑える。
 あの男が、気がついていなきゃいい。


 十二時をすぎて男は戻って来た。
 当たり前な顔をして、チャイムを鳴らし、あたしが開ける前に入ってきた。
 そして「無用心だから、一人の時はチェーンをかけるように」とひとこと言った。

 あたしは、さっさと引っ越す決心した。



 遅い昼食を駅前のショッピングモールでとった。
 男のおごりで、ちょっと高級めな店のランチだった。
 まだ二日酔いが抜けず、あまり食欲が無い。

 このショッピングモールには母親に連れられて以外来た事が無い。
 食事のあと、男は広場になった空間にあたしを連れて行った。
 二階の通路から、ちらりとグランドピアノを見下ろして、あたしは横を向いて言った。

「ここは嫌いなんだ」

 広場も、通路も、ピアノも、子供の頃の記憶よりも小さかった。
 そして小さかったあたしの、小さな初恋。

「僕はここが好きです。
 子供の頃の僕は不幸でした。しかも、不幸な事に気がついていなかった」

「ふうん。
 あたしも…かな」

 あたしも気がついてはいなかった。
 で、あたしは今もそのまま…だ。

「今、僕は幸せで、その幸せの始まりはここにある気がします」

「ふん」

 あたしは鼻を鳴らして答える。

 仕事が忙しいと言って、家によりつかなかった父。
 不安定になった母は、まだ一・二歳の弟を人に預けて、あたしを連れて買い物に走った。
 あの頃、母は買い物依存症になりかけていた。

 小さなあたしは壊れていく家庭を感じ取って、息をひそめて生きていた。
 気がつかないふりをして、小さな幸せにしがみついていた。

 私が中学に入った頃、母はカウンセリングを受け始めた。
 とっくにあたしも弟も、世の中をナナメに見るようになっていた。

 でも、弟は中学生の夏休みに父が工場長をしている会社でバイトをして、それから変わった。
 工業系の高校を選んだ。
 今は工業系の大学に進み、長期休みのたびに父親の工場で父を手伝っている。
 父親と二人で、あたしの知らない言語で、楽しそうに機械の話をしている。

 そんな二人を、昔の事を忘れたような母が、笑いながら見ている。
 母は自分を取り戻した。だが、幸せなのだろうか。
 弟も自分の居場所をみつけた。これからは自分の意思で自分の人生を生きていくのだろう。
 だけどあたしは? …あたしにはみつけられない。

『あの子がいなければ、離婚できた』

 そう誰かに話す母親の声が、今もあたしを縛り付けている。


「結婚前に話しておきたい事があります」

 あたしの思いを、男の声が断ち切る。
 結婚!? 誰と誰が!?

「僕には借金があります。
 正確には父の借金ですが。
 父と僕とで返しているところです」

「?
 …いくら、…ぐらい?」

 いや、それよりも、なぜそんな話をあたしに。

「十五年前には八億ぐらいありました。ざっとした計算ですが」

「は…ち…」

「あと一・二年で返せると思いますが、今は両親と三人で、木造アパートの八畳の一部屋で暮らしています」

「は…?」

「なので、新婚生活は夏見さんの部屋になります。
 すいませんが、よろしくお願いします」

「な…」

 脳がフリーズした。なにも浮かばない。

「あ、夏見さんのお名前は表札を拝見しました」

『夏見さん』か。その単語には脳が反応した。

 フリーズした頭でぼんやり考える。

『夏見さん』

 あたしの母は、あたしをそう呼ぶ。
 普通の母親はそんなふうには呼ばない。友達の母親はみんなそうだ。
『なっちゃん』そうじゃなければ、『夏見』って呼び捨てにする。
 弟がいる家は『お姉ちゃん』だ。でも、あたしの母は…。

 男の手が、あたしの右手を押さえたので、あたしは自分がタバコの箱を取り出した事に気がついた。

「な、なんだよ」

「子供を産むまでは、女性はタバコを慎むべきです」

「なんだよ、そりゃあ。女性は、って。差別じゃねえか」

 男はため息をついて、視線を宙に向ける。
 言葉を探しているのだろう。

「胎盤は…」

 なに!? なにを言い出すんだ?

「胎盤はフィルターです。
 ほとんどの有害物質は胎児には届かないようにブロックします。
 けれどニコチンは、ニコチンに限らずほとんどの依存症を引き起こす物質はそうですけれど、胎盤を素通りします」

「そ、それがどうした」

「夏見さんは、ご自分のお子さんが、ニコチンの溶けた水溶液の中で何週間も、何ヶ月もつかっている事をどう思いますか?」

「う」

「たまにあります。
 ヘビースモーカーの母親から産まれた子供がかさかさの肌をしている事が。
 特に柔らかい、目や口や、わきの下などは…」

「もう、…いい」

 ふうぅ…。ため息をついて、タバコごと箱を握りつぶした。
 同時にかすかに思い出した
 父が、あたしが産まれた頃に禁煙をしていたらしい事を。
 いつのまにかまた元のヘビースモーカーに戻って、その事を母になじられていた。

 父の禁煙は、あたしのためだったのだろうか。
 いや、いい。どちらにしろ、父にできた事ならば、あたしにだってできるだろう。
 父よりも、長く。まぁ、子供を産むまでだ。

 男の顔をちゃんと見た。

 八億の借金を持つ男。八畳間に親と三人で住んでいる男。

 こいつと結婚すると言ったら、あたしの両親はなんと言うのだろう。
 泣くのだろうか、怒るのだろうか、あわてるのだろうか。

 それとも、親の金で遊び歩いているニートの娘が結婚をするんだ。
 こんな男にだって喜んで渡すのだろうか。

 あたしの視線を受け止めて、男は悠然とほほ笑みを返す。
 絶対に女に慣れている。

「なんでだ?」

 思わず聞いていた。

「はい?」

「なんで、借金の話なんかするんだ?」

「?」

「そんな話をしたら、普通は逃げるだろう?
 あたしに逃げて欲しいのか?」

「確かに、逃げられました…何度も。で、話さない事にしました」

 八億か。当然だな。

「でも、夏見さんには、きちんと知っておいて欲しいからお話ししました。
 そして、一緒に立ち向かいましょう。人生の苦難に。
 夫婦とはそういうものでしょう?」

「ふっ。
 一緒に苦難に立ち向かっている夫婦なんているのかね」

 あたしは、両親の事を思い出していた。
 母の苦痛のどれだけを父は知っているのだろう。

「少なくとも、僕の両親はそうですよ。
 一緒に八畳間に住んで、楽しそうにめざしを食べています」

 あたしは手すりによりかかった。こいつはさっき言っていたっけ。
 昔は不幸せだった。つまり、今は幸せって事だ。

 その幸せに乗っかってもいいのかもしれない。
 八億の借金と込みだけれどな。
 なにより『真夜中のローズ』が八億の金額にびびって逃げ出すのはしゃくだ。

「あんたさぁ。
 なんで、あたしなんだ?
 あたしの事なんか、なんにも知らないくせに。
 なんで結婚なんかしようと思ったんだ」

「僕はあなたの事を知っていましたよ。
 真夜中のローズさん。
 あなたはけっこう有名人なんです」

「?」

「どんな男に声をかけられても、相手をしない。
 だれともつるまない。
 ひとりで飲んで、ひとりで踊る。
 気まぐれにふらりと現れる。ふらりとひとりで帰る。
 ナイスバディの、氷のような女」

「知らなかった…」

「なんとなく気になっていました。
 あなたはとてもさみしそうに、僕にはみえました」

「ふざけるな」

 ひっそりと、目立たないようにやっていたつもりだったが、かえって目立っていたのかもしれないな。

「知っていたのならなおさらだ。
 結婚相手にゃ不向きな女だとわかるだろう」

「あなたと結婚をする理由はいくつかあります」

「ふうん。言ってみな」

「なにより、僕はきちんと責任を取りたい。
 それに、あなたは処女で…」

 最後まで聞いてなかった。
 全力のダッシュで逃げ出した。

 振り返ったら、驚いた顔をして男が逃げるあたしを見ていた。

「バカヤローーッ!!」
                                                       …つづく

【恋愛】真夜中のローズ(2−2)はこちらから
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その他の長編・目次はこちらから
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=49963083&comm_id=4788856

コメント(1)

こちらの作品は、コミュにUPするさいに、下記のコメントをつけました。

前書きに代えて・ご挨拶
 以前、私が書いた「神話夜行」におふたりのかたがスピンオフを書いてくださいました。
 お礼に、私からも書こうと思いました。(スピンオフではないですが)
 おひとりには昨年の秋に書き上げ、UPしましたが、もうおひとりにはまだでした。
 今年の初めに退会するさいには、その事が心残りでした。
 お題に決めていた「初恋」そして「ファンタジー」が無茶でしたね〜。
 初恋? そんな昔の事は覚えちゃいませんよ〜。

 今回の「真夜中のローズ」は「初恋」だけです。「ファンタジー」はどこかへ行きました。
 はぴさん。お受け取りくだい。遅くなりました。

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