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小説置き場(レイラの巣)コミュの【神話夜行】 6 皇居東御苑

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 イラストはエーカさん。カラーバージョンと同人誌用の白黒バージョン。

 元のパターンに戻しました。というか戻りました。そろそろ、ネタがつきて…。

 6500文字

                 満月桜

 二・三日雨が続いたためだろう。大気中のホコリやチリが洗い流され、大都会東京の空も澄んでいる。
 雲の無い春の夜空には、ざっくりと切り取ったような満月が浮かんでいた。
 その月を横切るように一羽の巨大な鳥が悠然と飛んでいる。

 その鳥の足には十七・八歳の若者がぶらさがっていた。
 若者は、楽しそうに鳥に声をかけた。

「ついてきてるみたいだね。はあちゃん」

 若者の名はコウ。

 コウ(蛟・みずち)蛇と龍の中間体。
 角と赤い髭と四肢、背中には青い斑点があり、尾の先にはこぶを持つという想像上の生物だ。
 日本ではみずちだが、中国ではコウ。水神あるいは水霊。そのためか雨竜とも呼ばれている。
 あやめに似た杜若(かきつばた)の花を食べて、口から気を吐き蜃気楼を作るとも言われている。
 コウはその蛟(みずち)が気に入り、コウと名乗っていた。

 黒い瞳に肩までの黒い髪。見かけは十七・八歳の日本人だ。
 身長はやっと百七十センチ。筋肉などお世辞にも無いと思えるほどの細身。
 そして、男なのに美少女と言いたくなる端正な顔立ち。
 けれども、コウはその見かけとは違い、ゴルゴンの三姉妹、ステンノー、エウリュアレー、そしてメドゥーサの三人の神が産み出した、最強の戦士に育つはずの若者だった。

 声をかけられ、鳥が柔らかな女の声で答えた。

「ええ、ぼっちゃま。ついて来ておりますね。
 で、どちらにまいりましょうか?」

 体は鳥だが、顔と胸は女性だった。
 マリリンモンローの妖艶さと隠微さを保ちつつ、そのままアジア人にした。
 そんな形容がピッタリの美しさだった。薄い眉。厚い唇。濡れたような瞳。
 栗色の艶やかな髪がゆるやかなカーブを描き肩のあたりで揺れていた。
 羽鳥(はどり)と名乗っている。コウと一緒に住み、コウを育てている。

「江戸城がいい。皇居東御苑」

 唄うようにコウが答えた。

 豊臣秀吉がその政敵徳川家康を京都や大阪から遠く離れた関東、江戸になかば島流しにした。
 湿地帯で人家も、畑すらもまばらな地で、徳川の経済的基盤をそぐ事が目的だったとも言われている。
 しかし、家康はその目論見を逆手に取った。わずか五十年で、江戸を当時の地球上で五本の指に入る経済都市に育て上げた。
 だから、江戸城は国家のナンバーワンが、その権力を誇示するために作った城では無い。堅固な要塞として作られた。城下の道はせまく迷路のような路地がはりめぐらされ、しばしば行き止まりになっている。
 堀を作るために掘られた土は盛り土され、その上に城を築いた。
 攻め寄せた敵は、城下で迷い、深い堀にさえぎられ、運良く数も少なく細い橋を渡れたとしても、急な坂道を左右の高い石垣の上から攻撃されながら進む。

 江戸末期の無血開城は有名な話だが、行って見ればわかる。石垣に残された砲弾と無数の銃弾の痕。
 ささやかな小競り合いは、多くの名も無き雑兵の血を吸っている。

 その江戸城の天守閣跡には今も石垣が残る。足元の本丸跡はただの広い芝生だが。
 入園料無料だから、昼には観光客だけではなく近くのオフィスからも昼休みを憩うサラリーマンが来る。
 もちろん、深夜の今は人影は無い。

 天守閣跡の石垣の上にコウが着地をすると、羽鳥もその横に舞い降りた。
 羽鳥は降りると同時に男の姿になった。
 黒い皮のジャンパーのジッパーを開け、鍛え上げた分厚い筋肉を誇示している。
 ジャンパーとセットの黒い革のパンツ。鋲を打った厚底の黒い靴。サングラス。
 三十歳になったところか。短い黒髪に、片耳にだけシルバーのピアス。太い、やはりシルバーの指輪。

「じゃあね」

 軽く片手を上げて羽鳥に声をかけるコウ。いつものジャケットは姿を消し、薄いハイネックのセーターに変わっている。髪も瞳も真っ赤に輝いて、コウはすでに戦闘モードになっている。その瞳の色はピジョンブラッド。鳩の血の色と言われる最高級品のルビーの色だ。

「ああ」

 羽鳥も、片手を上げて答えた。
 コウは散歩に行くような足取りで前へ、何も無い空間へと進む。
 天守閣跡の石垣の上から、見えないエスカレーターに乗ったかのようにするすると空中を移動し、眼下の芝生に降り立つ。中央へと歩きながら、周りをさぐる。人は居なかった。

 半径三百メートル。結界を張り、中にはだれも入らないようにした。
 巡回の警備員もそこを回る事を忘れる。忘れた事も忘れる。
 植物も土も風も切り取り、その中だけ別の空間に移動させる。
 コウが切り取った空間の中でどのような破壊が行われようと、現実の世界では被害は無い。

 石垣の上に、肩ひざを立てて腰を下ろし、羽鳥はコウを見ていた。

 ずん!

 空気が一瞬重さを含み、風圧があった。
 羽鳥が片手をさしだすと、目の前三十センチほどのところに硬い壁ができていた。
 敵が張った力任せの結界。羽鳥がここに居る事を知った上で、目の前で張って見せた。

 コンコン。

 ノックをするように空間をたたき羽鳥はにやりと笑う。

『なめたまねをする。
 別に居る事を隠してはいないが、力の全てを見せているわけでも無い。
 この程度で俺を締め出せると考えているのだろうか…』

 バグッた画像のようにゆらめいてコウの目の前に敵が現れた。
 コウの三倍はありそうな背丈、バランスを無視するほどにつきすぎた筋肉。
 ほとんど裸で腰の周りにだけ申し訳程度の布が巻きついている。
 人目が無いのだから、効率だけを考えた姿なのだろう。
 顔つきまでがゴリラのような男。年齢は判別つかない。ふけた顔の高校生にも、若い五十代にも見える。
 コウが切り取った空間の中には無いはずの夜風に、白い髪がゆらめいている。

 コウが羽鳥を見上げ右手の指を三本立てた。羽鳥がうなづく。
 使う髪の毛は三本。そういう意味だ。相手の力を測ったのだろう。

 横を向き羽鳥を見上げるコウに、敵の右手のこぶしが飛んだ。
 羽鳥を見たまま、コウはそのこぶしを右手で軽くはたき、それを軸に回転しながら、ふところに入り込んだ。そのまま回転する勢いを乗せ、左手のひじを敵のみぞおちにたたきこんだ。
 三倍の背。高さが合わない。が、コウの体は回転しながら宙を浮き、硬い大地の上に立っているかのように姿勢を保っていた。
 ひじを引き、逆回転。身をかがめて敵の伸びた右手をかいくぐり、後ろへ。

「ひどいな。きみは挨拶ぬきなんだね」

 背中合わせの敵に、明るい声でそう声をかける。

「殺す相手に名乗る必要は無いっ」

 じれた敵が咆哮を上げコウにつかみかかる。
 軽くジャンプし、敵の右肩に片手を当て体重を支え、倒立前転。また敵の後ろに回りこんだ。
 コウが敵の肩に手を当てた瞬間に、敵の肩が落ちた。

 敵の体が縮んでゆく。大きすぎる体が小回りを効かなくさせている、と悟ったのだろう。
 コウとほぼ同じ身長に縮むと、その筋肉のアンバランスな大きさが醜悪さを増した。
 右手は力が抜けだらりと下がったままだ。
 さきほどコウが手を当てた時、その衝撃が敵の右肩の関節をくだいたのだ。
 残った左手のこぶしを大きく振りかぶり、コウめがけて振り落とした。
 軽くステップをし、ふわりと下がるコウ。
 敵の左手が振り落とされながら、元の大きさに戻った。
 腕が伸び、こぶしが巨大なハンマーとなり、下がったコウを追って直撃し、地面にめり込んだ。

 にやりと笑う敵。

「おうおう。ぼうずはまた楽しそうに遊んでおるなあ」

 急に声をかけられ羽鳥は飛び上がった。

「テツ爺…!」 『いつのまに…』

「我が家の庭先がうるさいもんだからの。のぞきに来た」

 杖をつき、紺の作務衣(さむえ)の上に茶色い半てんを着た、頭のはげた年寄りが羽鳥の後ろに居た。
 身長は百五十センチあるかないか。腰が曲がっているので、さらに小さく見える。

 コウの力に押され、敵の体からも徐々に力が解放され、結界を越えて漏れ始めてはいた。

『我が家の庭が騒がしいだと?』と羽鳥は思う。『狸ジジイ。どこに住んでいるのか、仲間にもあかさない。しかし、関東近縁はいつでもジジイの家の庭だ。どこにでもあらわれる』

 東京山手線内なら、ジジイの家の中かもしれない。
 
 ゆっくりと、敵の巨大なこぶしが上げられていく。いやコウが持ち上げている。
 両手で巨大なこぶしを支えるようにしてつかんでいる。
 敵の腕に太い血管が浮き上がっていった。コウにつかまれた手を引こうとして引けない。

 パン!

 敵のこぶしから先がはじけた。赤い血のようなものが空間に撒き散らされ、きらめいて消える。敵が後ろに下がる。左腕は普通の長さに戻っていたが、手首から先が無かった。

「むん!」

 敵がうなるように言い、力を込めると、失った左手が復活した。その手を右肩に当てるとだらりと垂れ下がっていた肩も修復された。
 両腕を試すように回し、もう一度コウをにらみつける。

 コウは笑顔を浮かべそれを見ていた。

「遊びすぎじゃなぁ」

 テツ爺が目を細めて楽しそうに言った。

「何度も言っているのですが…」

 言いながら羽鳥は身をすくめた。
 ネズミをおもちゃにする子猫のように、コウは戦いを楽しんでしまう。
 その上、敵に感情移入しすぎて、遊び仲間のように同調してしまう。
 どちらも戦士には不要な要素だ。
 その甘さを、未熟さを、つい愛してしまう自分を、羽鳥はテツ爺に責められたように感じた。

「知らせておく事もあってな。来た。
 あのクリスタルじゃがな。
 それほど大きな力を持った者が通れるほどの穴は開けられないようじゃ。
 まあ、お前さんか、コウあたりまでじゃな」

 自然に育ったクリスタルがあの大きさだったのなら、テツ爺クラスの上級者も、難なくくぐれる穴を開けられる。
 上級者がその能力で力任せに穴をあけたら、こちらにいる者はすぐに気づくだろう。宣伝カーに乗って、泥棒に入るようなものだ。
 しかし、クリスタルなら静かに誰にも気づかれないように穴をあけられる。
 そうやって、恐るべき能力を持った者が、密かにこちらに来ていたら…。
 その心配だけは無くなった。

 コウの潜在能力はすでに羽鳥を越えてはいたが、戦いのスキルも経験値も足りない。
 それもいつかは羽鳥を越えていくのだろうが、今はまだコウの戦闘能力は羽鳥の足元にもおよばない。
 だが、俺とコウあたりのクラスなら、くぐれる穴をあのクリスタルはあけられる。
 つまり、いずれもっと強い敵がコウを狙って来るという事だ。

「今、クリスタルを浄化させる方法を探らせておる。
 持ち主の気で色がついてしまっておったろ?
 あのままでは元の持ち主以外は使えないが、浄化できればだれでも使えるようになる。
 こちらからも行けるようになるんじゃないかと思ってな。
 おまえさんやコウあたりならなぁ」

 まさか…! 背中が冷えた。ジジイの狙いはコウを…。

「さて、わしは帰るとするよ。
 クリスタルはあとで送っとくれ」

 そう言うと、テツ爺の姿は消えた。

 羽鳥は右手の人差し指の力を解放した。目の前の敵が張った結界に指を伸ばす。
 そして障子に穴を開けるよりもやすやすと結界に穴を開けた。

 コウと組み合っていた敵が手を離し後ろに飛んだ。
 羽鳥が結界に穴を開けた事に気がついたのだろう。コウもまた気がついた。
 敵の姿がバグったようにゆらめく。
 羽鳥を甘く見ていた事に気がつき、自分の世界に逃げ帰ろうとしているのだ。
 しかし、ゆらめいた画像はそれ以上消えなかった。
 二箇所。右肩と、左わき腹にしっかりとした、ゆらめきの無い映像がある。
 いつのまにか、そこには、コウの髪が突き刺さっていた。コウの髪を中心に、じわりときれいな映像が広がって行く。
 空間の穴に逃げ込もうとした敵をコウの二本の髪が捕まえ引きづり戻そうとしているのだ。

「グァァ…」

 ゴリラのような声と共に、コウの二本の赤い髪をつかみ力を込める。しかし、コウの細い髪はびくともしない。敵とコウの綱引き。だがすっかりこちらの世界に引き戻され、その姿の全部が元のきれいな映像に変わった瞬間……

「ガアァァ…」

 大きく口を開け、のけぞり、敵がはじけた。
 髪を通じて注ぎ込まれたコウのエネルギーが敵を内部から崩壊させたのだ。
 きらきら光る赤い霧が空間に広がり、消えて行った。

 コトン。

 落ちた白くくすんだクリスタルを拾い、コウは軽くジャンプし、石垣の上の羽鳥のそばに戻った。
 ふわりと鳥の羽のように降り立ったコウを、羽鳥は立ち上がり迎えた。
 そしてクリスタルを硬い表情で受け取ると、もっと硬い声で言った。

「髪の毛をほどけ」

 コウはイタズラがみつかった子供のように肩をすくめると右足にからみつかせていた一本の髪の毛をほどいた。そして、痛そうに顔をしかめた。
 巨大化したこぶしをたたきつけられた時、コウの右足首は砕かれていた。
 それを髪の毛をまとわせサポートしていた。
 痛みも抑えていたのだろう、髪の毛がほどかれ、痛みが刺すように襲ってきた。

「家に戻るまでは治療はしない。治癒のために体力を使ったら、おまえは眠ってしまう。
 眠ったおまえを抱えて敵に襲われる危険は冒せない」

 口をとがらせてコウが横を向いた。目にうっすらと涙が浮かんだ。

「一本を足に使ったから、攻撃のための髪は二本しか使わなかったんだよ…」

「遊びすぎたその結果だ」

「だって力まかせの奴はめずらしくってさぁ」

「帰るぞ」

 会話を打ち切るように、羽鳥は鳥に変身した。
 コウはその羽鳥の首にしがみついた。

「はあちゃん…」

「なんです? ぼっちゃま?」

「痛い…」

「自業自得でございますよ」

「治すのに力を貸して」

「私が力を貸しても、結局はぼっちゃまの体力を使うのですよ。
 それだけのケガです。ぼっちゃまは眠ってしまわれますよ」

 羽鳥の首に両手を回したまま、見上げるようにコウは羽鳥をみつめる。充分に自分が愛されている事を知っている子供のしぐさだ。
 ずるいとわかっていても、女の羽鳥は心が動いてしまう。

「だめですわ。敵に襲われたら危険だと申し上げましたでしょう?」

「大丈夫だよ。テツ爺が居る。助けてくれるよ」

「!」

 羽鳥の後ろで、ジジイの身をすくめる気配がゆれた。

『あのクソジジイ。帰るなどとぬかしたくせに』

「さようでございましたねぇ。テュポエウス様がいらっしゃれば安心でございますねぇ。
 ではここで治療をいたしましょう」

 たっぷりといやみを込めて、羽鳥は言った。
 コウの手当てをする、その言い訳を探していた自分に羽鳥は気がついていない。

 テュポンまたはテューポーンまたはテュポエウス。
 多くの風の神々の父でもある彼は、羽鳥とも縁続きだ。星にも届く巨体で肩からは百の蛇が生えていると言われているが、その実体を羽鳥は見た事が無い。不死の魔人とも呼ばれ、羽鳥でも足元にも寄れない上級者だ。

 羽鳥がコウの右足首にその翼をあてると、コウは幸せそうに目を閉じた。

「安心しておやすみなさいませ。羽鳥がお運びいたします」

 子守唄に似た、とろけるような甘い声で羽鳥がコウに声をかけた。

「やれやれ、年寄りを使う気かい」

 羽鳥が黙ったまま、横を向く。

「色っぽい目でにらむんじゃない。羽鳥。
 ぼうやの頼みじゃ、断れんよなぁ」

 戦いの後の研ぎ澄まされた感覚で、とは言え、羽鳥の気がつかなかったテュポエウスの気配にコウは気がついた。戦うたびにコウは成長している。
 しかし、まだ向こうの世界に放り込まれるのは早い、と羽鳥は思う。羽鳥はテュポエウスがコウを向こうの世界に行かせるつもりではないのかと案じていた。
 その不安を振り切るように羽鳥は飛び立つ。
 羽鳥は布状に広げた両の足で、コウをしっかりと包んでいた。そのゆりかごの中でコウはすでに寝息を立てている。

 家へと急ぐ羽鳥の後を、杖をついた小さな老人は散歩をするような足取りで、離される事なくついていく。

 もし、春の夜空を見上げる者がいたら、そして見る事のできる者がいたら、あざやかに冷たい光をはなつ満月の中に、赤ん坊を運ぶコウノトリとその後をついていく小さな人影を見るだろう。

 …終わり

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