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讃岐忌部コミュの讃岐忌部ゆかりの地探訪

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讃岐忌部に関係のある所を訪れたフィールドワーク、現地踏査などの
話題はこちらへお願いします。

コメント(7)

・忌部神社
所在地:三豊市豊中町笠田竹田(祭神 手置帆負命)

三豊平野南部を流下する財田川の右支流・竿川の左岸側に形造られる低位段丘、笠田台地(標高20m程度)に位置し、香川県立笠田高等学校に近接する。

忌部氏は居住する忌部の地に、五社明神(現忌部神社)を建てて、祖神の手置帆負命ほか、忌部の諸祖神(天日鷲命・櫛明玉命・彦狭知命・天目一箇命)を祀ったとされる。

なお神社前の道路を挟んで高校の生け垣沿いに2つの灯籠があり、かつては参道が高校の敷地内を通っていた可能性がある。

また本神社の北約400mの県道沿いに当神社の御旅所ならびに御本祖古墳がある。

アララト岩海氏が述べる讃岐忌部入植の海洋ルート説と山岳ルート説で分ければ、本神社は瀬戸内海に比較的近いことと、農業に優れた阿波忌部に関する史料が見られないとすれば前者であるかもしれないと考える。
手置帆負命は古事記では天の岩の宮殿の造営にあたり、社伝によれば出雲の笠縫として仕えたということですが、この笠縫がひとつのキーワードですね。
手置帆負命の随神として宇賀神社に祀られている笠縫神は、社伝では朝廷に笠を献上していたとされています。
全国でも笠縫神の名が見られるのは宇賀神社だけですが、今の感覚でいうと笠はそんなに重要なアイテムだとは思えません。
大和には元伊勢のあったとされる笠縫邑があって、こちらの方は「嵩日」(かさぬひ)つまり「重ね日」の意で、農耕儀礼において暦と占いを行なったとあります。
笠縫とは何れの意味なのでしょうか?
どちらにしても、阿波忌部とはかなり違うバックグラウンドを感じます。
・宇賀神社
所在地:三豊市豊中町笠田笠岡(祭神 宇賀魂神、笠縫神)

「手置帆負命の子孫此の地に永住するに依り、その追随の神に笠縫神あり。 」

忌部神社の北東約1.5km、同じく笠田台地に鎮座する。

背部には標高100〜200m程の花崗岩系丘陵が形造られ、周辺にはかんがい用ため池が多く点在する。

アララト岩海さんの仰るように、かつて笠縫神が笠を朝廷に献上していたことから、当地が笠岡と名付けられた。

また、境内にどぶ酒の由緒碑があり、どぶ酒というにごり酒が古代の醸造法によって、代々杜氏の口伝授により継承されているそうである。
>アララト岩海さん

笠は、雨雪・日光を防ぐために頭に直接かぶるものですよね。

笠縫神が当時献上していたのは、やはり竹笠ではないでしょうか。
・石船天満宮
所在地:高松市国分寺町新名

忌部ゆかりの遺構かもしれないとのアララト岩海氏からの情報を元に行って参りました。

石舟型、割竹型、くり抜き式といわれる石棺(全長約3.7m幅約0.9m、4〜5世紀)が境内に展示されており、地名の鷲ノ山と共に忌部っぽい感じがします。

同じく、鷲ノ山産の石英安山岩質凝灰岩(鷲ノ山石)が使われている磨臼山(すりうすやま)古墳(善通寺市)から出土した石棺が善通寺市郷土資料館に保管展示されているそうです。

ご参考まで。
空海そらうみさん

地名、社伝などからすると、竹笠状のものだった可能性が高いでしょうね。
ただ笠の祭祀における位置付けが疑問なのです。
現在の大嘗祭では大阪深江の菅笠が献上されていますが、元来日傘の他にもっと宗教的な意味合いがあったのだろうかということです。
京都の祇園祭に見られる、山鉾や綾笠鉾などがその名残りを留めているのかもしれませんね。
博多祇園山笠もありますが、これは比較的近代になって京都の祇園祭模したものだと思われます。
>アララト岩海さん

なるほど。そういうことですか。

その線も頭に入れておきます。祭り=祭祀ですもんね。

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