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讃岐忌部コミュの房総半島にも讃岐忌部

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古語拾遺では、黒潮に乗って房総半島に渡来したのは天富命(あめのとみのみこと)と阿波忌部族とされています。

しかし、実際には讃岐忌部の祖・手置帆負命と、紀伊忌部の祖・彦狭知命を祖神とする忌部族も渡航しているようです。

・莫越山(なこしやま)神社
所在地:南房総市丸山町沓見、及び宮下(祭神 手置帆負命・彦狭知命)

---沓見「莫越山神社」由緒---
「神武天皇元年、天富命が忌部の諸氏を率いて東土の開拓に安房の国に来臨し、東方の開拓をなされた時に随神として来られ、工匠の職に奉仕した天小民命(あめのこたみのみこと)・御道命(みじのみこと)が、その祖神である手置帆負命と彦狭知命を当社に祀り、祖先崇敬を示されたことに始まる。手置帆負命・彦狭知命は、天太玉命に従って宮殿家屋機械器具の類をつくりはじめた神で、工匠の祖神であった。」

すなわち、天小民命は手置帆負命の後裔、御道命は彦狭知命の後裔ということですね。

宮下「莫越山神社」の周辺には、林先生ご指摘のように渡度、狐座、御木の三官林とともに、名草、麁香、斎戸、禰宜澤、斎部屋敷などの紀伊に居住した忌部族に関係すると思われる地名もあります。

さらに、南房総市には金比羅山(標高208.5m)、安房郡富山町には伊予ヶ岳(標高336.6m)という山も存在したりします。

讃岐忌部と房総半島の関係、また渡来以後の足跡を探るべく、トピックを作成します。

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