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讃岐忌部コミュの手置帆負命というご神名

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讃岐忌部の祖神は、手置帆負命(たおきほおいのみこと)です。

この手置とは、古語拾遺(岩波版、西宮一民校注)や林先生によると「手を置いて物を計量する」と解釈されています(帆負は解釈が困難、、云々)。
別の書物では手置帆負を「たきほひ」と読むとすれば、“手競ひの神”ではないかという指摘もあります。

また、古語拾遺の「日神の石窟幽居」条には、手置帆負命と紀伊忌部の祖神、彦狭知命(ひこさしりのみこと)の二神が天御量(あまつみはかり)で材木を伐採して瑞殿(みずのみあらか)と呼ばれる神殿や御笠・矛・盾の祭具を作ったとありますが、

もし「手置」が“手を置いて物を計量する”ということであれば、この天御量というのは天上界の物の長短軽重を計る道具、計量器またはその技術を指すとされることから意味がつながってきますね。

ご神名の由来は、何か必ず意味があるものと思いますし、またさまざまな説があるようですので、トピックを作成してみました。

コメント(3)

神名解釈は讃岐忌部の根幹に関わるポイントとなるのかもしれませんね。
アララトは平井会長の金毘羅船々説が一番フィットするような気がします。
金毘羅船々説は、本当っぽいです。帆がちょうさ祭りにもつながっていきますね。
先日アララトさんのご紹介で、香川ペトログラフ協会の集まりに参加して平井会長や大西事務局長と歓談しました。

いま同協会では、香川県における巨石祭祀遺跡の地図を作成しており、たいへん興味深く拝見しました。

それは海水面を現在より標高レベルで15m、60m上げたときの海岸線を加えたもので、それぞれ1400年頃、4000〜5000年前頃を想定しているそうです。

特に後者の地図は、海岸線と祭祀跡が合っているものが多く相関性が明らかに認められ、平井会長の讃岐忌部の祖神である手置帆負命=帆掛け船、海洋民族説からすると、船で石を運んできたという説明もつきそうです。

今後、大林成行先生(国土情報技術研究所顧問、東京理科大学及び香川大学の名誉教授等を歴任)も、今度これを発表する場を作りたいとのことで、これも注目したいと思います。


写真は、仁尾八朔まつり(2009年9/19〜9/21)で初公開された「香川県巨石祭祀遺跡の地図」(15m、60m標高地図)
※薄い水色が当時の海岸線、濃い水色が現在の海岸線を示す。

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